悪だくみ
「私と取引しない?」
アスモデウスはにっこりと魅了を含んだ笑みでアレウスを見つめた。
この女、エリィのことをまた苦しめるつもりか!
「あいにくお前みたいな女は好みじゃないんでね」
魅了の力で頭がぼーっとする。それでもオレはエリィを想って抗っていた。
ぱちん、とアスモデウスが指をはじいて魅了が急に止められた。
呼吸が乱れる。自分の意志とは関係ない行動を取らされそうになった代償が動悸になって表れた。
「何を企んでいる?」
「アンタの恋路のお手伝いをしてあげようっていうのよ」
「は?」
「アンタはあの小娘が好きなんでしょう? ね、手を組まない?」
「アレウス、なんだか変な顔してない?」
厨房に帰ってきたアレウスは少し落ち着かない様子だった。マギーは何かあったと見抜いてカマをかけてみる。
これ以上エリィの身に何かあったら、ルシファーが黙ってはいないだろう。それに、エリィを拾った身として最後まで責任は取りたい。あわよくば、幸せな姿を見たい。
「え、オレ変っすか?」
明らかににやにやしだしたアレウスを見たマギーは、アスモデウスの魔力の残滓を感じ取った。
あの愚妹、また何かしようとしてるわね……。
だが、あえて泳がせておこうとふと思いついた。その方がエリィの恋が前進するなと予感がしたからである。と、そこへ。
「マギーさん、やっと匂い取れました!」
「それはよかったわ、エリィ」
湯上りのいい香りをさせて、エリィが顔を出した。アレウスは顔を真っ赤にして、エリィから顔をそらす。
全く、わかりやすいことこの上ないわァ! あの愚妹!
「エリィ、もう大丈夫か?」
「心配してくれてありがとう、アレウス君」
下心むき出しのアレウスに全く気が付かないエリィに、アタシは眉間にしわを寄せそうになった。
「そ、それでさ。今夜、気晴らしにオレのバンドのライブ観に来ねえか?」
「ライブですか?」
「曲がわかんなくても他の奴らに混ざって、ノってればいい気晴らしになるから!」
「エリィ、行ってみたら?」
「へ?」
「あの堅物と一緒に、ね」
「ルシファー様と!?」
エリィは顔を輝かせ、アレウスはあからさまに嫌な顔をした。どうやら、ルシファーが来るのは想定外だったらしい。
「いや、あいつにはバンドの良さなんてわかんねぇと思うぜ?」
「でも、一人で出歩くのはちょっとまだ怖いというか……」
押し問答になる前に、マギーは手を打つことにした。
「それならアタシが保護者としてついていくわ」
「わぁ、じゃあ安心です」
さて、あの堅物はどう対処するやら。
「ライブハウスって、こんな騒がしいんですね!」
エリィは大声でマギーに叫んだ。
観客は満員。皆ラフな格好で手にはマフラータオルやドリンクが握られていた。
そして――
アタシには隠しきれてないわよ、アスモデウス。
魔力が微量に漂っている。
アタシはこれから起こる茶番を考えて、少し頭が痛くなった。
「マギーさん?」
「あぁ、聞こえなかったわ、ごめんなさいね」
今日は対バン形式で、今ちょうど前のバンドが終わった後だった。
インターバルを挟んで機材を運び込み、アレウスの『ドランク・ケルべロス』が演奏を始める。
「歌うアレウス君って、ちょっと違って見えますね!」
「そうね、これだけフロア沸いてればインディーズじゃなく会社との契約とれちゃうかもね」
さて、どう仕掛けてくるのか。
そう思った瞬間。
照明が暗転して演奏も止まり、ピンライトがステージに当たっている。
そこにいたのは。
「アスモデウス様!?」
「わ。初めて間近で見ちゃった!」
「お美しい!!」
観客が次々とアスモデウスの魅了に掛かっていく。
「みんな~、今日はアタシの歌声に酔いしれて」
アスモデウスが歌いだした。すると。
「金髪翠眼……アンタがエリィ?」
「この女だ!」
「アスモデウス様の邪魔をする女よ!」
「お前もこの女の仲間か!」
一気に周りを取り囲まれた。
エリィは怖いだろうにアタシの前に出て、この人は関係ありません、などと言ってアタシを庇っている。
と、そこに。
「エリィたちを放せ!」
現れたのはステージから降りてきたアレウス。
想像通りの茶番のようね。




