色欲の悪魔
し、視線が痛い……。
私はアスモデウス様からの視線を避けるようにトレイを顔のわきに添えた。座っていた下級悪魔をほかの席に追いやり、アスモデウス様が窓際の海が見える特等席でひじ掛けに肘をついてこちらを睨む様子は、いくら美貌の持ち主といえどひどく醜悪に見えた。
下手をしたら、視線で射殺されそうまである。
「エリィ、アンタはあのテーブルには近寄らなくていいわ。代わりにアレウス、行きなさい」
マギーさんがきっぱりと言い放った。
「オレっすか!?」
アスモデウス様の気迫にアレウス君も気圧されたようで素っ頓狂な声が上がった。
「せいぜい役に立ちなさい!」
そう言ったマギーさんがバシンとアレウス君のお尻を叩く。アレウス君が情けない悲鳴を上げた。
アスモデウス様は上級悪魔の中でも上位で、その魅了で悪魔たちを狂わせる。だから魔王城勤めはしていなくとも、格別に恐れられていた。そもそもわがまますぎて、魔王城勤めができないのだ。魅了の力を使い、自身の取り巻きを作って好き勝手し放題だと聞いたことがある。まさか、そんな恐ろしい悪魔が下級悪魔の自分と関わりができるとは。
「なんであんな下級の小娘に……」
呪詛のように垂れ流される言葉に肝が冷える。
「あ、あのぅ……ご注文は何にいたしましょう?」
アレウス君がぎこちなく、お冷を置きながら注文を取りに行った。
「貴方もあんな下級悪魔の小娘ごとき、アタシの足元にも及ばないと思わない?」
「えっ、でもエリィは可愛いし……」
「ハッ! あんたみたいな格下に聞いても仕方なかったわね」
そう言ったアスモデウス様の水色の瞳が光った。その瞬間。
「アスモデウス様こそ、この魔界一の美女だ!」
「エリィは土下座してアスモデウス様に詫びろ!」
店内の下級悪魔たちが口々にアスモデウス様を称賛し、私を罵る。
そして、それはアレウス君も例外ではなく。
「エリィ、アスモデウス様に泣いてお許しを乞え!」
詰め寄られ、罵られる。
――怖い……。
今まで、冷たくされたことはあってもここまでの悪意に晒されたことは無かった。
どうしよう、私じゃどうにもできない。お客さんたちの野次はヒートアップして殺されそうな気すらする。
と、そこへ。
カランとドアベルが鳴った。
「ルシファー様!?」
ドアにはルシファー様の姿があった。そしてパチンと指を鳴らす。途端、静けさが訪れた。怒鳴っていたお客さんが全員気絶している。
「エリィ、大丈夫か?」
ルシファー様は私に駆け寄ろうとしたが。
「あらぁ、ルシファー! アタシを追って来てくれたの?」
その腕を絡めとるようにアスモデウス様がルシファー様に抱き着いた。瞬間、ルシファー様が電撃魔法を放ち、青白い光が走る。
「随分なご挨拶ね!」
「お前程度、これで十分だ」
二人が攻撃態勢を取ると。
「はい、ストップ」
両者の間にマギーさんが割り込む。
「ルシファー様、うちの愚妹が失礼しました」
マギーさんはそう言うなり、アスモデウス様にデコピンを喰らわせた。どうやらそれには魔力がこもっていたようで、くらったアスモデウス様がよろける。
え、妹? 妹って言った?
「マギー、その香水臭い女をちゃんと躾けておけ」
「できるものならしていますよ、それに、今回はルシファー様が近くにいるとわかっていましたから」
そっか、だからマギーさん何もしなかったのか。でも、あれは本当に……。
「怖かった」
ぽつりと口から本音が小さくこぼれた。
「すまない、怖い思いをさせたな」
そう言ったルシファー様が私の目じりに滲んだ涙を指先でふき取った。
「言ったそばから、約束を破ってしまった」
「いえ、そんな!」
「上級悪魔と下級悪魔? ハンッ、全く不釣り合いな組み合わせだこと!」
そんな私たちを見たアスモデウス様が嫉妬に狂って喚き散らす。
「アスモデウス、アンタは出禁よ!! うちの店に何してくれてんのよ!!」
しかしそれを上回る腕力で、アスモデウス様はドアの外に投げ出された。ドア越しに何か喚いているのが見えたが、魔法で入れなくなっているようだった。
兄、いや、オネェ強し。




