消息
ルデンタは四年ぶりに王都に戻ってきたが、あったはずの店が消えて道になり、道だったはずの空き地に劇場が建っていたりして、知っている街並みを探すのに苦労した。ようやく甲冑職人街の行き止まりにダンジョン冒険者ギルドを見つけたときには太陽は南中から西へと傾き、クエストを張り出す掲示板はまっさらになっていた。仕事にあぶれたことで急に空腹を意識した彼女は近所の料理屋でよそに移動していない店を探し、ようやくデイジーの店を見つけた。
「驚いた」女将のデイジーが目をぱちぱちまたたかせた。「あんた、生きてたんだね?」
「ごあいにくさま。生きてたよ」
「いつ、街に戻ってきたんだい?」
「今の今よ。何か作ってくれない?」
「魚でいい?」
「うん」
デイジーが香辛料をたっぷり詰め込んだ鯉を焼いているあいだ、ルデンタは剣吊りベルトを外して、剣をカウンターに立てかけた。壁際の席で老人がふたり、額がぶつかるくらいに寄り合って何かをひそひそ話していた。ふたりの顎のすぐ下には食いつくされしゃぶりつくされた鳥の骨が転がっていて、噛みタバコで汚れた黄色い顎鬚がその上に垂れていた。
デイジーが戻ってきた。
「魚は?」
「調理係が焼いてる」
「人が雇えるようになったんだね」
「五年も経てばね」
「四年よ。わたしがここを離れたのは」
「どこで稼いでたんだい?」
「ウォードローフ、キヌア、ヒーリー。方々まわって」
「ダンジョンは? 北のほうは干からびたってきいたよ」
「ウォードローフはまだいける。キヌアとヒーリーはもうだめだね」
「鉱石くらい出ないの?」
「出るけど採算が取れないから誰も行きたがらない」
「じゃあ、何で暮らしてたわけ?」
「商隊の護衛とか用心棒とか。闘技場にも出たよ」
「あんた、剣闘士が嫌で都を出たんじゃなかったっけ?」
「そうだけど、食えないんじゃしょうがないでしょ。それに田舎の闘技場はそんなにハードじゃないよ。払いはしょぼいけど。キヌアでカプランにあったよ。こっちにはまだ帰ってない?」
「帰ってないね。来たら、ここに寄るだろうし」
ワイン壺を出して、葡萄酒を注いだ。
「飲みなよ。一杯までならおごるよ」
「お言葉に甘えて」
辛口の葡萄酒が喉を流れ落ちると同時に酔いが少しだけ頭へと昇った。
「で、デイジー。あんた、まだミリオケファリアとできてるわけ?」
「とっくに切れたよ。それからは付き合ったり、一発やってそれで終わったりだったり」
「ミリオケファリアはいま、何してんの?」
「知らないよ。別れた後、南に行ったってきいてる。それとヴァンドーンが死んだよ」
「当ててみようか? 寝取られ男にやられたんでしょ?」
「まあ、クイズにもならないね。ズボンで前を隠しただけのやっこさんが空から落ちてきたことがあるよ。ホップを卸しで売ってる男のヨメさんとねんごろになって、イイコトしてたら旦那に踏み込まれて、窓からジャンプする羽目になったのさ」
「で、結局、やつをしとめたのは誰?」
「医者」
「あいつだって素人に負けるような腕じゃないでしょうが」
「きいた話じゃ女がきつく締めすぎるもんだから、あれが抜けなくてあたふたしているあいだに自分の剣で背中から刺されたらしい。淫乱女房もろとも」
「ここを出るまでの二年、あいつとパーティ組んでたから、何度も忠告はしたんだけどね。いつかバラされるぞ、殺っつけられちまうぞって。でも、ききゃしなかったな」
「あんたとあいつのあいだにはなんかなかったの?」
「ないよ。だって、あいつ、人妻専門だよ?」
「まあ、遅かれ早かれって話だよね」
「好きな女と死ねたんだから本望なんじゃないの?」
焼いた鯉がやってくると、フォークで身を崩して口に運び、ケッパーをひとつつまんで、葡萄酒を飲んだ。デイジーも自分の脚付き杯に葡萄酒を注いで半分くらい飲んだ。
「北のほうをうろうろしてたならさ」と、デイジー。「ブレヴフルってパーティに出くわさなかったかい?」
「知ってる」
「僧侶が死んだのは知ってる?」
「現場にいたよ。あーと、つまり、ダンジョンじゃなくて、ギルドにくっついてる酒場で。ひとりで飲んでたんだ。そうしたら、運び込まれたときは虫の息でさ。カウンターの上に寝かせて、医者やら薬草師やら大急ぎで連れてきたけど、ダメだった。知り合いがいるの?」
「従弟の子が斧闘士として参加してる」
「わたしが知ってるのは僧侶だけだったよ。斧は見てない。それよりさ、伯母さんたちが死んだって本当?」
「ああ、本当だよ」
「どうしたもんかな。いや、さ、行かなきゃいけないんだけど。地下墓地なんでしょ」
「アンデッド系のモンスターを思い浮かべな。で、それが動かない。しかも、自分の伯母さん」
「殺しても死にそうにない人たちだったんだけどね。最近の闘技場はどうなの?」
「パトロンの成金に困らないよ。最近じゃ人間と魔獣じゃなくて、魔獣と魔獣、人間と人間を戦わせるんだ」
「悪趣味」
「けど、客入りはいいのさ。いまの剣闘士たちの稼ぎをきいたら、腰を抜かすよ。でも、ただ勝てばいいってだけじゃダメなんだ。スタイルが必要でね。そいつさえ、押さえておけば、男だろうが女だろうが、ファンがつく。このファンどもがすごい金を落とすんだ。人気剣闘士はお守りや人形、イニシャルを焼き印した革製の腕輪といろいろなアイテムをつくって売るんだ。本人が使っているのとまったく同じ剣がそこいらじゅうの鍛冶屋で大量に打たれてる」
「鍛冶屋は懲りたよ」
ルデンタはコインをカウンターに置いて、もう一杯葡萄酒を注がせた。
「最低でも年に一千ポンド」
「でも、人と人で死ぬまでやりあうんでしょ?」
「まさか。再起不能な怪我する前に止めるよ。興行主にとっちゃ金の卵を産むアヒルなんだから」
一シリングを払うと、教会の小使いは白い上等の蝋燭を灯して、扉を開けた。
地下墓地には生前の生業を示すものをまとったミイラが針金と木の釘でうまく引っかけられて、立ったままの姿勢で壁に並んでいた。槌を握った大工、帳簿を抱えた商人、高い帽子の司祭、抜身の剣を上に立てて両手で支える騎士。漁師は肩に漁網をかけ、法服をまとった判事は公平のシンボルである青銅の天秤を手にしていたが、法廷を静かにさせるときに使う小さな木槌のほうが似合っている気がした。
「教区でも、これぞって方だけなんですよ。ここに葬られるのは」
埃ひとつひとつに静寂が染みついていた。外は昼で天井に近いところに細い窓もあるのに、なかを歩くのには蝋燭が必要だった。というのも、ここには死体以外に何もないのだから、何かにつまづくとしたら、間違いなく死者を冒とくすることになる。
「伯母さんたちはそこまで熱心に教会に通うタイプじゃなかったけど」
「はあ。でも、司祭さまが根絶丁寧にご説明をされたんです。こういうのは、ほれ、きょーでーたい?みたいなもんで」
「共同体のこと?」
「それです。そのきょーでーたいは本物の兄弟みたいなもんだから、参加しても損はないし、神さまの覚えもめでたくなるってもんで」
死者はどれも首をがっくりと下げていて、死体を通り越して埃になりかけたものたちの渇きが伝わってくる気がした。身分職業を問わず、死ねばみな骨になるという陳腐な寓意を作りたいだけに死人が付き合わされているように見えた。
「ほれ、あそこを見てくだせえ」
蝋燭の光で闇から浮かび出たのは土埃にまみれた、低い椅子だった。
「わしが死んだら、あそこに座らせられるんで」
「場所は予約済み」
「そういうことでさ。もちろん、わしみてえなチンケな人間と違って、伯母さん方はもっといいやり方で埋葬されましたよ。へえ」
幼児の骸が横になって何十体と並ぶ廊下を歩いた先に大きな明り取りがあり、その光のなかに伯母たちがいた。ふたりの伯母リリアとフェリアは骨に干し肉の切れ端のようなものをつけたまま、茶会用の色褪せたドレスを着ていた。テーブルには愛用していた青い釉のティーポットと粘土でつくった焼き菓子の模型が置いてあった。貴族、舞姫、人狼、そして庶民たち。あらゆるものを噂にして乗せた、その舌は閉じられた顎のなかで石灰のように褪せて、粉々に朽ちているだろう。
「ほら、ごらんのとおり」と、老人は顎でしゃくってから、手を衝立のようにして口に寄せ、ひそひそと言った。「ご立派な死体ってわけです」




