銀の心臓
「お茶をありがとうございました」
スースランが立ち上がり、ドアのそばに立てかけたクロスボウを手に取ると、リリア伯母さんとフェリア伯母さんが立ち上がり、型通りの、あら、もうお帰り? まだ時間はありますよ、をやって、慣れないお茶会は終わりとなった。
スースランは七フィートに少し足りないくらいの背丈があった。きっとスースランはクロスボウを肩に背負いたかったが、リリア伯母さんとフェリア伯母さんが見ているだろうから、仕方なく王室の兵士がするように両手でしっかり持って、胸の前で斜めにして引き寄せる持ち方をしなければいけなかった。
「ルデンタ。ちょっとこっちに来て、クッキーを一緒に食べなさい」
わたしはリリア伯母さんに呼ばれて、テーブルについた。クッキーを食べたくなかったし、ふたりの伯母がスースランについて、あれこれ話すのをきくのが嫌だったが、それでも席につかなければいけなかった。
「本当に気の毒よねえ」リリア伯母さんが青いティーポットでわたしのお茶を注ぎながら言った。
「ひどい話よ。だって、聖騎士団をやめることになったのはアマーリタのせいだったんだから」
「せいっていうほどのものじゃないでしょうに」
「でも、やっぱりアマーリタと所帯を持つためには聖騎士団をやめないといけなかったわけじゃない」
「そうだけど、でも、そこまでひどいことじゃないでしょう。いま、起きてることに比べれば」
「でもやっぱりねえ。聖騎士団にいたら、きっともっと高い位になれたわよ」
「愛ってもんよ、愛」
「そりゃあ、そうかもしれないけど、でも、やっぱりねえ。聖騎士団をやめたのがよくなかったのよ。騎士さまが石弓なんか使うようになったら」
「ダンジョンで生計を立ててるんだから仕方ないでしょう」
「でも、やっぱりねえ。望まれない結婚だったのかもしれないわよ。人狼狩人の奥さんが人狼になっちゃってたんだから」
「本当なの? わたしにはさっぱり信じられない」
「アマーリタの心臓は銀に変わってたって」
「スースランも気の毒ねえ」
「でも、やっぱり聖騎士団をやめることになったのはアマーリタと一緒になるためだったんだから、やっぱりねえ」
わたしは会話に参加しなかった。もう我慢できなくなりそうだった。ふたりの口からは錬金術師の研究室の硫黄のにおいがした。
「ルデンタ? どうしたの? 冷める前にお茶を飲んじゃいなさい」
「で、フェリア。スースランは自分でアマーリタを、やっちゃったわけ?」
リリア伯母さんはクロスボウを打つ真似をして、「殺した」という言葉を使わずに済んだ。
「そうだって。でも、人狼ってのは簡単には死なないでしょ? アマーリタを苦痛から救う唯一の道はさっさと止めを刺すことで、銀の心臓をこう、抉り出さないといけなかったって」
「ああ、フェリア。やめてちょうだい。恐ろしい」
「でも、スースランは自分でやったって。やっぱり、ほら、聖騎士団をやめたのがよくなかったのよ」
「でも、そんなことってある?」と、リリア伯母さんは膝の上に散らかったクッキーの食べかすを手で散らして床に落とした。
「きいた話じゃ、スースランはその心臓を売らないで自分で持ってて、旅に出るときも持ち歩いて、寝る前にキスをして――」
「やめてよ、フェリア。そんな怖い話」
「でも、ねえ。本当のことだって。見たんだって」
「誰が?」
「みんなよ。みんな」
その夜、わたしはふたりの伯母の俗物さ(特にフェリア伯母さんの『でも、ねえ』にうんざりさせられた)に怒りが収まらず、なかなか寝付けなかった。わたしは十六歳になったら、家を出て、冒険者ギルドに自分を登録するつもりでいた。ふたりの伯母や望まぬまま勧められるクッキーと手を切るのだ。毛布を頭からしっかりかぶる。ところが、ふたりの伯母のおしゃべりが頭のなかに木霊していて、わたしの魂を放してくれなかった。そして、そのうち、そのおしゃべりが熟れ過ぎた果実が腐るようにして落ちていくと、どこかの旅先で星空の下で野宿をするスースランがリュックから取り出した、銀の矢じりが刺さったままの銀の心臓にそっと口づけをする想像がわたしを悩ませた。そんなことを考えるなんて、わたしまで伯母たちのように俗物になってしまったようで、いよいよ眠れなくなった。
翌朝、残り物のパンを温めなおしたスープに突っ込んだ。ふたりの伯母は歯が折れるのを恐れて、用心深くパンの皮にスープを染み込ませた上に木のスプーンでぐじゃぐじゃに突いて崩していた。納得の崩れ具合まで来ると、ふたりの伯母が話し出した。
「ティウス伯爵さまの宴でね、ウナギが出たんだってさ」
「うん」
「そのウナギがウツボみたいに大きくて幅があって肉がぶよぶよしてて――」
「それはウナギじゃなくて、ウツボじゃないの?」
「いいえ、ウナギなのよ。アランター沼で捕れた、本当に大きなウナギでね、そのウナギを焼いて、プディングでつくった火山をぐるりと包囲させて、ニンニクと玉ねぎの熱いソースをかけたんだって」
「ウナギはどれくらい長かったのかしら?」
「四フィートを軽く超えるそうよ」
「やっぱりウツボよ、それ」
「ウツボはアランター沼にいないじゃないの。いやね」
「ソースは何をかけたの?」
「ニンニクと胡椒のソースだって」
「さっき、ニンニクと玉ねぎって言ったわよ」
「そうだった。でも、どっちでも一緒じゃない」
伯母はソースの話に夢中になっていた。
なのに、わたしのなかではいまだにアマーリタの銀の心臓が口づけを受けていた。
武器屋街の炉に火が入ると、熱く輝く鉄に槌を打つ音が休みなく響き始める。額が禿げ上がり、袋に銀貨をがちゃつかせた男たちがダンジョンから発見された鉱石の買い取りや大口の剣の納入契約をまとめ、飛脚に文書を運ばせるために大声を出していた。わたしは他の女の子のように美男の騎士たちに夢中になる代わりに、この町の金属でできた気迫に当たるのが好きだった。ここではため息までが鋼でできていた。炉の前に座り、汗が干からびて額の皺に塩の跡が残っている男たちが炎のなかから取り出した輝く鉄を打つ姿は神話のなかの出来事のようだった。
わたしは親の手伝いやこっそりやっていた裁縫の仕事で稼いだお金で剣を注文していた。諸刃の、血流しのない重い剣で刺してねじるよりも兜ごとたたき割る、豪快な剣だ。わたしが注文をしたサムソンの刀鍛冶は道に面して石造りの大きなカウンターを設けていて、そこから炎と石から剣をつくる全行程を見ることができた。カウンターの上には鉄の棒が一本わたしてあって、そこには象牙や黒檀など様々な材料で柄をつくった短剣が鞘ごとベルトでぶら下がっている。サムソンが背を向けるほうには両手持ちの刺突剣が並んでいるが、きらびやかな近衛兵よりも辺境の警備兵のためにつくられた実用重視の剣だ。ここには安っぽい装飾がない。無骨な実力の世界だ。
サムソンがわたしに気づくと、分厚い手袋を外して、テーブルに放った。その大きな顎鬚には鉄鉱石の燃えカスが何十年分も絡みついていて、老人のように白かった。その反面、顔は赤く、目は浴び続けた熱のせいで乾きかけ、サムソンはときどき目を長くつむることがあった。
「注文した剣のことか?」
「ああ」
わたしは『はい』ではなく、こうした狭苦しい街で使われる女剣士口調の『ああ』を使った。サムソンはその意味するところを汲むことはなかった。伯母たちのように深追いしてこないところがわたしの望みだ。防水油を念入りに引いた古いマントで巻物にした何かをカウンターに置いた。マントを縛っていた紐を解くと、わたしが注文していたロングソードの刀身があらわれた。わたしの期待をそのまま写し取ったような素晴らしい剣で、まだ鍔も柄もついていないのが、剣としての無垢をあらわしているようで愛らしく、その刀身は鏡となって、上気するわたしの顔を映していた。
「いつ、持っていける?」
「明日だな。拵えと鍔をつくる職人に見せて、使い物になるようにする」
わたしはそれまでベッドの下の鍵付き箱に隠していた後金を支払った。
「じゃあ、明日」
サムソンはうなづくと、わたしの剣をまたマントで巻いて、カウンターの下にしまった。
武器屋街を出ると、そこに見えるもの全てが未熟に見え、心には寛容が芽生えていた。わたしはあの剣で勝ち取る栄光の数々を夢想した。前人未到のダンジョンでわたしがパーティの道を切り開くのだ。それを思えば、伯母たちの噂話も許すべき気晴らしであり、わたしはスースランやサムソンのような多くを語らずに結果を残す人びとの仲間になるのだ。
この幸福と寛容は翌日、サムソンが夜逃げし、全ての剣を持ち去ったことがわかるまで続いた。彼の店は洗い流されたように何もなく、金てこや薪、鉄鉱石のかけらまで持ち去られていた。
もちろん、わたしの剣も。
店には近所の武器屋や冒険者が大勢集まっていた。そのそばでは弓を背に負って、額に巻き毛をひとつ垂らした若い男が相棒らしい剣士とあれこれ意見を交わしていた。噂話に前のめりにならないよう体を突っ張らせないといけなかった。
「サムソンのやつ、このあいだ、かなり負けたからな」
「あいつはいつも負けてる」
「いや、今度という今度はだめだ。額がでかすぎる。未開のダンジョンで手に入れた宝を全部換金しても間に合わないくらいの負けだ」
「いつの話だ?」
「先週だよ。ロッドの店で」
「あいつはサイコロふり始めると、カッカしだすからな」
「ペラペラしゃべるし」
つまり、大きな借金があった時点でわたしの剣の引き渡しを明日に伸ばし、持ち去ったのだ。無骨で仕事ひと筋のはずのサムソンが。最初は何かの間違いだと思おうとしたが、起きたことがことなので、自分をだましきることはできなかった。何度考えても結論は同じ。わたしはまんまとだまされたのだ。だまし取られたお金を工面するために、これまでどれだけかけたか、節約をしたかを思い出したくないのに思い出す。心が冷たい金属の塊になってしまいそうだった。
群衆のなかに高利貸しらしい重そうなローブの男たちがいて、悔しそうに顔をゆがめ、蠟のカスがついた羊皮紙をふりまわした。
「絶対に捕まえるからな!」
――と、大声をあげていた。




