王太子の日の水泳解放
この国では歴代全ての王太子の誕生日を祝うので、一年の五分の一が王太子の日だった。特に夏の時期の王太子の日になると、宮殿公園の池が解放されるので、わたしたちはキャンバス地の袋を手に青銅の門へ集まり、袋を夾竹桃の幹に結びつけ、池に飛び込んだ。わたしたちの水着は粗末なもので袋に足を出す穴を開けただけのものだった。水泳は大人にも健康にいいとして小便見の医者たちが言っていて、最上は海水浴だが、無ければ公園の水でもいいという処方があり、三十歳くらいの女性でも毛織の水着をまとって、腰くらいまで水に浸かっていた。池のそばでは屋台もあり、炒った木の実や葱のスープ、シチューに混ぜた卵入りのヌードルも売っている。顔の長い衛兵が時折あらわれては女性に変なことをする男がいないかを見張っていた。
わたしたちは池のなかでも特に大きなルプレヒト王太子の池で鯉を追いかけた。葦生えに追いつめた鯉に尾びれで叩かれて、我々はすっかり蹴散らされると、池から上がり、植木の根元に隠しておいた荷物から砕いたナッツを引っ張り出して、口に入れ、池の岸辺の芝生に寝っ転がって甲羅干しをした。
「チンポコ切りって知ってっか」
そう言い出したのはアンジェロだった。
「なんだ、そりゃあ」
ヴァンネがこたえた。
「こうやって寝っ転がってるガキを狙って、チンポコを切らないかって言い寄ってくる変態野郎がいるんだよ」
「気色悪い!」
「オエーッ!」
「マジだって。きみはチンポコを切るべきだって言いながら寄ってくるんだって」
「で、そいつ、ほんとにチンポコ切るのかよ? 騎士は何してるんだ? そういうのの首を刎ねて見せびらかすのがさ、騎士の仕事ってもんだろ?」
「てか、そいつ、宮殿公園にも出るのか? だってさ、宮殿なんだぜ?」
「殺しちまったほうがいいよな。そういうやつは」
「でも、そういうやつにはバックがいるんだ」
「なんだよ、バックって」
「すげーえらいやつだよ。そいつが言えば、有罪も無罪になるんだ」
「チンポコ切りだぜ? 人殺しよりひでえじゃねえか!」
「げーっ!」
わたしたちは公衆の正義について話し合った結果、そのような変態は可及的速やかに潰してしまうべきだという結論に至った。この崇高な目的の実現のためにわたしたちは打撃と攻撃範囲に優れる棒切れを拾って武装し、変態を見つけた暁にはこれを取り押さえ、チンポコを切り取って口に突っ込んでやろうといい、興奮したヴァンネは夜中、裸になった母親が父親のペニスをくわえていたと証言した。わたしたちはそんなことはありえないと彼を嘘つき呼ばわりし、ヴァンネは顔を真っ赤にして、神と母親に誓って本当だと言って、弟のサリドンに証言を求めたが、サリドンは寝ていて見ていないと言っていた。
「まさか、お前の母ちゃん、飲んだんじゃねえだろうな? 父ちゃんの小便をよ」
「げーっ! きったねーっ!」
「お前の母ちゃん、しょんべん飲みーっ!」
ヴァンネは明らかにこの話題を口にしたことを後悔していた。彼の名誉を挽回するには変態を見つけ出して、一番槍の手柄を取る以外になかった。
わたしたちはサリカ王子の池からフェーロン王子の水路を下り、焼いたトウモロコシを食べる大人たちが休んでいる楡の木陰を経由して、カルニンガルム王子の池のあたりを探した。この池は岸辺の形が複雑で葦に囲まれた小さな入り江のようなものがたくさんあった。その入り江もどきは互いに細い水路でつながっていて、それが葦や蒲で視界が阻まれているので、探検ごっこにはもってこいだった。わたしたちはいつの間にか変態討伐のことを忘れて、葦を棒切れでぶちながら、子どもの肩幅しかない秘密の水路をざぶざぶ歩いて回った。そうして、葦と竹に囲まれた小さな水場でわたしたちは去勢踊り子を見つけた。大きな海綿のスポンジで少しくびれて引き締まった体を拭いながら、口にくわえた水草の茎を一定のリズムで上下に動かしていた。当時、わたしたちは中性の美貌というものを知らず、去勢踊り子なる職業があることを知らなかった。だから、わたしたちは男の体に性器がついていないのを見て、彼をチンポコ切りの被害者と見て、本来の目的を思い出した。いま思えば、好奇心にさらされたくなかったので、植物が密生するカルニンガルム王子の池で沐浴をしていたのだと思う。
わたしたちはカルニンガルム王子の池の葦原を強引に横切り、庭園の散歩道へと戻った。しばらく変態はいないかと目を光らせながら歩くうちに何かが割れる音がして、その後に怒号が続いた。園内の小さな石の家を怒り狂った暴徒が取り囲んでいた。
「魔女が池に毒を流しやがった!」
「出てこい! ぶち殺してやる!」
男も女も棒切れを手に騒ぎ、悪ガキたちはどこで手に入れたのか、小石の入ったヒョウタンをガラガラ鳴らしている。大人たちの顔は悪鬼そのもので、誰ひとり毒でただれた皮膚はなかったが、大人たちは恐ろしい直感で、その家の老婆が毒を流したとわめいていた。暴徒はぐるぐると家のまわりを犬のようにまわり、壁や格子窓を叩いて威嚇的な音を鳴らしたが、そのうち、飽きたのか、棒を捨てて、去っていった。老婆の石の家のまわりにはひと冬分はもつであろう棒切れが転がっていた、というのは誇張であるが、そういう表現を使いたくなるくらいの棒が散らばっていて、暴徒の数はすごかったと言いたいだけだ。わたしたちは老婆が叩き潰されるところを見たかったと口では言っていたが、正直なところ、見ずに済んでよかったと思っていた。実際にそれを目撃して、男らしく胸を張って――、つまり、ビビらずにいられるかがわからなかったからだ。
「おれ、知ってる」アンジェロが言った。「リンチってんだぜ、あれ」
「きっと、あいつら、ババアを殺っちまう気だったんだな」
「そりゃそうだ」と、ヴァンネ。「殺すまでがリンチだ」
「でも、こないだ、うちの近所のおばんどもがさ、身持ちの軽ぃあばずれをさ、勘弁しねえって裸にひん剥いてさ、道のど真ん中で柱に縛りつけてタールをぶっかけて、鳥の羽根をぶちまけたことがあったけど、あれもリンチに入るんかな?」
「入るんじゃね。リンチは殺すばかりじゃねえのかもな」と、ヴァンネは自分の意見に修正を加えた。「でも、そういうリンチは正当なリンチじゃねえな」
「なんで?」
「そういうことしでかすおばんに限って、救いようがねえブスだからだ。そういうのはその軽い女に旦那寝取られた女がすべきなんだよ」
「ブスの旦那なら寝取るのは簡単じゃね?」
「あ、そっか」ヴァンネはまたリンチの概念の軌道修正を行った。「なら、正しいリンチだな」
「おれたちの変態討伐だって正しいリンチだ」わたしは言った。
「だいだいさ」と、ヴァンネの弟のサリドンがたずねた。「正しくないリンチってあんの?」
ある。わたしはそれを十六年後に知る。




