砂時計
砂時計の砂が落ちきるまで、その商人は話しまくった。ガラス絵師との契約で払いすぎたと思って、再契約をしたいが、何かいい手がないかというわけで、契約時期、金額、公証人の名前といった訴訟に必要な情報をペラペラとしゃべる。訴えなれているのだ。
砂が落ちきるギリギリまでしゃべり、砂が落ちきると、しゃべるのをやめる。こうなったら、赤く燃える火掻き棒を押しつけても、何も話さない。ここからひと言でもつぶやけば、追加料金が発生するからだ。大きな銀貨を一枚置いて、商人は去っていった。太った腹のなかにはこれから訴える人間たちへの呪詛めいた訴えが詰まっている。使っている弁護士は自分だけではないのだ。
金は儲かるが、仕事は退屈で単調だ。依頼人は自分たちの運命を砂に握られていると思っているが、砂の奴隷になっているのは他でもない弁護士だ。水車が水で動くように、弁護士は砂で動くのだ。
昼食の時間になったので、助手に命じて、ドアに昼食中の札を掲げる。ドアから続く行列も昼食を取り始める。その場に座って、チーズをはさんだパンをむしゃむしゃやるのだ。依頼人はほぼ例外なくチーズをはさんだパンを食べる。訴訟は時間と金がかかる。値段が安くて、体力の落ちない食べ物というと限られてくる。
弁護士と助手は裏口から外に出た。すると、表のほうの曲がり角から痩せた中年の男がひょいとあらわれた。座り屋だ。依頼人のなかにはまともな昼食を料理屋でとることができるものがいる。そういう比較的裕福な依頼人は座り屋を雇って、列に自分の代わりに座り屋を座らせる。
「いやあ、先生。相変わらず大盛況ですなあ」
「そうですね」
弁護士の返事はそっけない。座り屋は今日は仕事にあぶれたらしく、弁護士から何かしらの酒手をもらえないかと思っているらしい。実は座り屋はその職業上、金になる依頼人をよく知っている。だから、それなりに大切にするといいが、この座り屋がこの二件、紹介した客はただ金があるふりをした吝嗇家で苦労ばかりでまったく金にならなかった。媚びるような顔で顎を少し引いて、上目遣いに見てくるが、弁護士は黙って、目を見返すだけで指も動かさない。結局、金を引けないと思ったのか、座り屋はあきらめて、どこか別の弁護士をあてにしようと去っていった。
モルトビネガー通りで助手は串焼き魚の屋台へと曲がっていった。助手と弁護士は同じものを食べることができない。収入の面もあるが、この職業の伝統であり、助手と同じテーブルで同じものを食べると正気を疑われる。弁護士はいつもの料理屋に行き、いつもの定食を頼もうとした。すると、赤いシャツを着た色黒の給仕がやってきて、同じテーブルで食事をしたいと言っている紳士がいる、と言ってきた。こういうことはときどきあり、食事の時間まで訴訟の内容を話したがる依頼人がいる。そして、そういう依頼人用の砂時計を弁護士は持ち歩いていた。ただし、いつものものよりも小さい。当然だ。人の昼食にお邪魔するなら料金は割高になる。
依頼人は料理屋のなかで一番いい部屋、つまり、一番日当たりのいい部屋を借りていた。弁護士が入ったとき、茸獣の傘のフライをもぐもぐと噛んでいるところだった。
「どうぞ、先生! そちらに座ってください! 何でもお好きなものをどうぞ!」
そこにはこの料理屋で金に飽かせたらしい料理がずらりと並んでいた。ケルベロスのステーキ、幻獣とキャベツ・スープ、フライド・コカトリス。依頼人は皿に音が鳴るほど雑にナイフとフォークを置き、バジリスクの卵の塩漬けはサワークリームと一緒にスコーンの上にバターナイフでのせて、カリカリと頬張った。
弁護士が砂時計を取り出そうとすると、バターナイフをふって、給仕を呼んで、小さな袋を弁護士のそばに置いた。
「砂時計は必要ありませんよ、先生。これは大きな話です」
小さな革袋にはL・Oと焼き印がされていて、なかには金貨が六枚入っていた。
弁護士は砂時計をポケットに戻した。
依頼人は小男だった。尖った鼻の下に尖った口髭があって、薄く尖った口があって、尖った顎と尖った顎髭。体を見る限り、この大量の料理を食べきれるようには見えないが、食べっぷりから判断すると、それぞれの料理を二皿目を持ってこないといけないだろう。
「どちらでわたしの名前を?」
フライド・コカトリスをかじって肉を咀嚼しながら、
「ホルマルドのカルアノという弁護士から。直接の知り合いと伺いましたよ」
「ええ。カルアノなら知っています」
コカトリスの骨をサラダ鉢に突っ込んで、小さなのこぎりのようなナイフでケルベロスのステーキを切り始めた。分厚い肉から真四角に切り取り、それを口に放り込むようにフォークで運び、脚付きの銅杯に注がれた葡萄酒を慌ただしく飲んだ。それが空になると、すぐ横の給仕がお代わりを入れ、また飲み干した。
「カルアノ先生からあなたならわたしが抱えている土地利用上の法制度に関する問題を解決してくださると伺いまして」
「お話を伺っても?」
「その前に、先生も召し上がってください。ここの食材はダンジョンから直送だとか。モンスターを食材として捕獲して血抜きして供給するパーティがいるとか。やはり王都は違いますな」
「普段はどちらでお仕事を?」
「あちこちですよ。あちこち。仕事上、いろいろまわらないといけないものでして。このバジリスクの塩漬け卵、非常においしいですよ」
どうも食べないと話が進まないようなので、スコーンを手で割って、小さな銀のさじで鉢に盛られたバジリスクのごく小さな紫色の粒状の卵をすくって、スコーンに塗った。食べると、ひどく癖のある塩味がした。
「サワークリームと一緒に食べるんですよ」
「お話を伺いたいんですが」
「ざっくばらんに言うと、地下墓地をダンジョンにしたいんですよ」
「……は?」
依頼人はナプキンで髭についたパン粉をぬぐい、スコーンを手で割り、さじで卵をすく、むしゃむしゃやった。
「場所は言えないんですが、ある場所にかなり広大な地下墓地を見つけたんです。で、そこには大量の死体があるので、それらをアンデッド系モンスターとして蘇らせ、ダンジョンということにして、集客するんです。もちろん、宝物をそれっぽく配置します」
「……それは詐欺になるのでは?」
「エンターテインメントを提供するんですよ。ダンジョンがあれば、武器屋、防具屋、それに大量の宿屋と酒場が立ちます。街道を曲げるほどの価値ある町が出来上がり、地価はうなぎのぼり。ああ、大丈夫です。そこの墓地はとても広くて、とんでもない量の死体が眠っています。そいつらに剣なり杖なりを握らせて、蘇らせ、パーティと戦わせる。ちょっとやそっとじゃ狩りつくされないほどの死体がいるんです、本当に」
「……その墓地はどのくらい前に作られたものですか?」
「そう昔じゃないですね。せいぜい二百年。遺族だってそこに埋めたことを忘れていますよ」
給仕が持ってきた揚げたてのフライド・コカトリスをつかみ、かぶりつく。
「もう、そろっているんです。資金、ギルドの初期設置に必要な人員、それに屍術師! 相当な金になる話ですよ、先生。後は土地利用に関わる法律上の問題を解決するだけです。そして、カルアノ先生がそれにはあなたが適任だと言ったんです」
「墓地の上にあるのは教会ですか」
依頼人の口が止まった。また、口を拭い、コカトリスを飲み込み、葡萄酒を飲み干す。
「教会と言っても、もう何十年も放置されています」
「所有は教皇庁です。放置された教会も地下墓地も」
依頼人は杯を置き、そして、初めて食べたり飲むのをやめた。
「さすが、カルアノ先生が認めるだけの人だ。話がはやい。教皇庁が所有している土地にアンデッド系モンスターを主力にするダンジョンをつくったら、破門です。それはあまり愉快なことではありません。もちろん、聖職者たちは金でなびきますから土地の取得は可能でしょうが、相当吹っかけられるでしょう」
「地下墓地ではなく、古代遺跡ということにしましょう」
「……と、言いますと?」
「古代遺跡なら、教皇庁ではなく、世俗諸侯の所有権になります。そのまわりには何がありますか?」
「森が少し、川もあります」
「鉱石は?」
「おそらく出ていませんね」
「材木の伐採と川での漁をするという名目で、周囲の土地を地下墓地ごと諸侯から借りましょう。ここ二十年、鉱物資源が出ていなければ、特に記載されない限り、地下にあるものも自動的にあなたに権利が移ります。ただ、二十年以内に鉱物資源が発見されていれば、地下まで借りるという特記が必要で、多少勘ぐられて、借用権の値段は上がりますが、これは交渉次第でしょう」
依頼人は椅子が後ろに倒れるほどの勢いで立ち上がり、百年に一度の名演を見たように拍手した。
事務所に帰ると、助手が最初の客をなかに入れていた。
伊達に襟を立て、派手なシャツが見えるよう切れ目だらけの袖をつけた外套を着て、見覚えのある突き出た額――製図工房の転売について、ギルドともめている男だ。
弁護士は部屋じゅうに、案件別にぶら下がっている書類袋のなかから必要な資料を引っ張り出し、
「では――」
椅子に座って、
「ご用件を伺いましょう」
砂時計を返した。




