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23. もう一度ここから


「では、先ほどの件は次回。南方の街への視察の資料に、目を通しておいてください」

「ええ。では、また」


 政務官と笑顔で別れ、シオンは城内を歩く。すれ違ったメイド達に挨拶を返し、衛兵達の背後を抜ける。背後から聞こえるささやき声は、意味を聞き取れずとも隠し切れない好奇心が滲んでいる。

 穏やかな光が降りそそぐ、平和な午後。


「あー……くそ」


 平和でないのはシオンの心の中だ。

 人気のない廊下までやってくると、張り付けた笑顔の仮面が一瞬で剥がれ落ちる。「顔色が真っ黒ですよ」とリオルトに評された、疲れと苛立ちで染まった顔で、重たいため息をつく。幸せが逃げるのは分かっているが、それでも自然と出てしまうのだ。


「あいつら……」


 痛む胃を抑えて壁に寄りかかる。

 先ほどの会議は、まさに地獄だった。出席者の大多数はヴィッツを聖騎士にと望んでいた者で占められていた。彼らに棘のある言葉で刺されながら、自分の意見をやんわり否定され続け、取り決まったものには納得できない部分も多い。分かりやすく嫌ってくれた方がよっぽど楽だ。彼らはあくまでも表面上は自分を尊敬するようにふるまうので、よりたちが悪い。

 こいういうやっかみのたぐいには強いと思っていたのに、一人になった瞬間に、蓄積されていくダメージを思い知る。


 美月がいなくなって一週間。

 彼女との思い出をたどることが、シオンの支えだった。


「……元気でやってんのかな」


 目を閉じれば思い出す。少し困ったように笑った顔や、春の花のような甘い香り、夜空のような漆黒の濡れた目、柔らかな声。全部、体に染み込んでいる。

 けれどそれをいつまで思い出せるだろうと、少しだけ怖くもなる。それが全部体から抜けきってしまった時、自分はどうやって生きていくんだろうか。




23.




 城の地下深くにある祝福の間の扉の前に立って、シオンはため息をついた。

 気が付いたらここに来ていた。けれど来てどうなるというのだろうか。重厚な扉に触れて項垂れる。鍵がかけられた扉は動かない。


「……ミツキ」


 居もしない人物の名前を女々しく呼んで、返ってこない返事により落ち込む。後悔なんかしていないと言い切った言葉に嘘はない。けれど寂しさを感じないわけではないのだ。


「……なに女々しいことしているんですか」


 突然背後から声をかけられて、シオンは弾かれたように振り返った。呆れ顔のリオルトが、ちょうど階段から降りてくるところだった。


「リオルト様か……びっくりした……」

「びっくりしたのはこっちですよ。まさか本当に、こんなところでめそめそしているとは」


 リオルトはそう言って、分厚い本を見せた。以前貸してほしいと言った魔術書だった。


「どこにもいなかったので、困りましたよ。メイドのリリアに尋ねたら、“最近聖女様のことを思って寂しそうなので、祝福の間ではないかと思います”なんて言われましてね。まさかとは思っていましたが……」


 メイドにまで自分の思考がだだ漏れになっているのかと思うと恥ずかしくて、シオンは小さく咳をした。本を受け取って、ごまかすように「どうも」と視線を逸らす。


「で、リオルト様の用事は? まさか本を貸してくれるためだけですか?」

「ええ。そうですね。そして、思考がだだ漏れの哀れな弟子に施しをと思いましてね」


 リオルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべ、懐から一本の古い鍵を取り出した。


「なんだと思いますか?」


 シオンしばらくその古い鍵を見ていたが、突然はっと息を飲んだ。その反応が見たかったんだと言わんばかりに笑みを深くし、リオルトは鍵を扉の鍵穴に挿し回した。がちゃりと音が鳴る。扉を押すと、ギギ……と音を立てて扉が開いた。

 漏れ出た、廊下の薄暗さを忘れるような光に、シオンは目を細めた。


 ――ああ、最初の日もこうだったな。




「聖女様を召喚する儀が無事に終了したようです」


 衛兵のその言葉を聞いて、「そうか」と目を輝かせて部屋を出たヴィッツやその子分達を見送り、シオンはやっと静かになった執務室で息をついた。

 ヴィッツは無能ではないが、その子分は忠誠心は強いが馬鹿ばかりだ。ヴィッツがあまり優秀な者を従えたがらないので、仕方がないといえば仕方がないのだが。

 おかげで溜まった書類仕事は、結局副隊長の自分がやるはめになるのだ。ヴィッツの評価はどうなろうと知ったことではないが、適当な仕事をして第3隊の評価が下がるのは困る。

 机の端に追いやられた書類を回収して、シオンははたと気が付いた。


『召喚の儀が終わったら、聖女様はしばらく祈りの間でお眠りになられます。そして、その間に魂の中に刻まれた魔力の使い方やこの国のことを思い出されるんですよ。ですから、魔導士達が呼びに行くまでは部屋には立ち入らないでくださいね』


 前日にリオルトから告げられたその言葉を。


「――っ、ヴィッツ隊長!」


 慌てて廊下に飛び出すが、そこにもうヴィッツの姿はない。シオンは舌打ちをして、全力で駆けだした。

 咄嗟に止められなかった自分も悪いが、浮かれてリオルトの言葉を忘れたヴィッツは最悪だ。万が一儀式に問題があったら大問題だぞ!

 祝福の間へ駆け下りながら、シオンは祈った。どうか、まだ部屋に入っていませんように!


「ヴィッツ隊長!」


 最下層までやってくると、まさに祝福の間にヴィッツが入ろうとしているところだった。見張りの制止の言葉を受け流し、「将来的には俺の妻になる娘だぞ」と扉を押す。


「まだ開けちゃ――」


 伸ばした手は間に合わず、開いた扉の隙間から光が漏れる。

 最悪首が飛んでもいいので、一発くらい殴ろうかと思っていたが、中の光景を見て体が動かなくなった。


「なんだここは……」


 動きが止まったのはヴィッツも同じだった。

 部屋の中には窓も灯りもないのに、なぜか昼間のような明るさだ。部屋の奥には青く光る滝。そしてそこから流れ出た水路が部屋の中央に円を描き、その上には淡い光を放つ青い水の球が浮かんでいる。


 そしてよく見れば、その水球の中には人影があった。


「あれが……」


 聖女様なのだろうか。

 そう思った瞬間、水球の輪郭がぐにゃりとゆがみ、はじけるように割れた。散った水はまるで蒸発したかのように一瞬で消え、中からボトッと何かが落ちる。

 ――人だ。

 そう思った瞬間に、足が動いていた。

 水路を超え、その人物に駆け寄る。後ろから「おい! シオン!」とヴィッツの声が聞こえたが、関係ない。元言えばお前のせいだろうが。


「……大丈夫、ですか?」


 しゃがみ込んで、その人物を見下ろした。

 見たことのないくらい短いスカートと、白いシャツに上着を着た、若い女の子だった。歳は自分よりも少し下だろうか。鎖骨あたりまである長い黒髪が顔に張り付いている。それを払うと、閉じた瞼が微かに動いた。よかった生きている。


「……ん」


 小さなうめき声の後、ゆっくりと、長いまつ毛に縁取られた目が開く。

 夜にも似た真っ黒な瞳が、自分を映した。




 リオルトは、ぼんやりと遠くを見つめるシオンを見た。

 どうせ、彼女と初めて会った日を思い出しているんだろう。口には出さなくとも、懐かしさと寂しさで染まった目を見ればすぐに分かる。

 シオンは遠慮がちに一歩だけ足を進め、しばらくそこで宙を見ていた。


 ――馬鹿ですね。


 リオルトは思う。

 そんな顔をするくらいなら、無理やりにでも自分のものにしてしまえばよかったのに。自分ならきっとそうした。せっかく得たものをわざわざ丁寧に捨てるなんて、どうかしてる。


 静かに流れ落ちる水の音だけが、しばらく聞こえていた。


「……ありがとうございました」

「もういいんですか?」

「はい」


 シオンはそう言って、振り返った。こんな短い時間でいいのかとも思ったが、振り返った表情はそれなりに満足そうだ。


「では――」


 振り返り、シオンに続いて部屋をでようとした、その時だった。

 強い風が吹いた。


「ぎゃん!」


 窓のない部屋にどうして風が、と振り返ったと同時に、ぼとりと何かが落ちた。

 ――人だ。

 それはしばらくその場に蹲り「いたたた……」と、腰の辺りを押さえている。けれどすぐに思い出したように顔を上げ、周囲を見渡す。


「や、やったー! できた! やっぱり夢じゃなかった!」


 すごいぞ私ー! と頭の悪そうな誉め言葉を自分に振りかけて、彼女は立ち上がった。

 初めてこの国に来た時のように濃紺の短いスカートに、白いシャツにスカートと同じ色の不思議な洋服を着た彼女は、黒い髪をなびかせて、振り返る。

 黒い目がその人物を捉えると、星空のように輝いた。


「シオン!」


 彼女は泣きそうな顔で、けれど太陽のように笑った。


「来ちゃった!」

「――ミ、ツキ?」


 ぽろりと落ちた言葉は、夢と現実の境目でぽっかり浮かんだ。隣を見れば、シオンの目がこれ以上ないほど開かれている。

 シオンは一度瞬きをしてからゆっくりと足を進めた。信じられないものを見てぽかんと開いていた口は、「……ばか」と小さくつぶやいて、唇を噛む。彼女が待ち構えるように両手を広げると、足のスピードはぐんぐん速くなった。

 シオンが抱きついたときには、彼女は勢いに負けて姿勢を崩したが、それごとシオンは抱きしめた。「わっ!」と重みに耐えられず地面に座り込むが、シオンは回した腕を解こうとはしない。


「……なんで……ばか」


 彼女の肩に押し付けられた頭から、こもった声が聞こえてくる。


「どうして」

「どうしてって……会いたかったから?」

「そういうことじゃなくて!」


 シオンはようやく顔を上げた。彼女の両肩を持ち、咎めるような声を出すが、その表情を見て力が抜けたように頭を下げる。

 ミツキは笑っていた。けれどその目からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれている。なんて忙しい表情だ。まるで彼女の性格そのものだと思えて、リオルトは少しだけ口の端を緩めた。


「っていうかどうやって……」

「それは私も興味がありますね」

「リオルトさん!」

「ずっとそこにいましたけど」


 久しぶりに会いましたね! と言わんばかりの声色に釘を刺すと、ミツキは「あ、え、ええ、もちろん気が付いてました」とへらへらと笑った。下手くそな嘘に呆れつつ、「で、どうやったんですか」と促す。

 かつて、異世界から召喚された聖女が元の世界へと戻った話は聞いたことがある。だが、自力で戻ってきたという話は聞いたことがない。


「……シオンが、私の中に残してくれた魔力のおかげで戻ってこれました」

「魔力……? でも僕はミツキを元居た世界に送るときに使いきったと……」

「うん。でも、残ってた。最初に助けてくれたときの、魔力が、まだ」

「最初って……」

「言語を理解させるための魔力ですね」


 ミツキは「はい!」と大きく頷いた。

 確かにあれは、通常の魔力の使い方とは違う。魂に刻まれた記憶を、自らの言語知識を乗せた魔力を使って無理やり呼び起こさせるためのものだ。その魔力は一番深いところに触れる魔力。残っていても、不思議ではないが……


「私の魔力は、マナを正しい場所、正しい形に戻す魔力だって教えてもらしました。だから、自分の中に残ったシオンの魔力やマナも、正しい場所に戻せないかなーって、思って。で、やってみたらできたんですよ!」


 鼻息荒く説明する美月の言葉を聞いても、「はぁ」という気の抜けた返事しかできない。

 無茶苦茶だ。そんなこと、誰も思いつかないだろう。そして実際にやって、成功してしまうのも無茶苦茶だ。多分、彼女が何の記憶も、魔力の使い方も知らなかったからこそ思いついた発想。


「何というか……褒めるべきなのか、呆れるべきなのか……」

「褒めてくださいよ!」


 ミツキは涙を拭いて、シオンに向き直った。


「シオン」

「……ミツキ」


 いまだ目の前の現実を受け止めきれないシオンが、弱々しく名前を呼ぶ。

 ミツキはシオンの手を強く握った。


「一人じゃだめでしょ」

「……え?」

「一緒じゃなきゃだめだよ」

「ミツキ……」

「最後まで側にいるって、あの時、約束したから」


 強く握った手に、小さな口づけを一つ。


「二人で行こうよ」


 ミツキは愛おしそうに、その手を撫でる。彼の努力の跡が残る、節の目立つ手を包み込むようにして。


 すべてを受け入れほほ笑む彼女の顔は、聖女の名前にふさわしいと、リオルトは思った。


「大変なときも、楽しいときもさ、一緒にいるよ」


 シオンは目を見開き、彼女を見た。「ね」と小首をかしげた笑顔で、泣きそうに歪んだ表情を隠すように顔を下げる。そして、大きな深呼吸を一つ。

 次に顔を上げた時のシオンは、いつものシオンだった。


「ありがとう、ミツキ」

「うん……私も、ありがとう」


 強く抱きしめ合った二人を見て、リオルトはつい笑みをこぼした。

 これから、二人に待つのは平坦な道ではないだろう。けれど、この弟子二人なら、なんとかなりそうな気がしてくる。


「いい雰囲気のところ悪いですけど、さっさと行きますよ」

「えー。リオルトさんって、本当にリオルトさんですよね」

「なんですかその馬鹿みたいな言い回しは。いろいろ報告しなければならないことがあるんですよ、聖女様」

「あはは、なんか懐かしい会話だね」

「またこんな小娘の相手をすることになるとは」

「こんなこと言ってるけど、リオルト様もミツキがいなくなって寂しかったんだよ」

「え? そうなんですか? 抱きしめてあげましょうかっ、痛い! た、叩きましたね! 私一応聖女様なんですよね?!」

「あなたなんてまだまだ半人前ですよ。明日からまた厳しくいきますよ。覚悟しておいてください」

「ひぇっ……」

「僕もいろいろ助けるしさ、大丈夫だよミツキ」


 笑い声は続く。

 きっと、未来は明るい。




 異世界出身の聖女はその後、異世界とローゼリア王国を器用に行き来しながら、多くの困難に打ち勝ち、無事に40年の間聖女としてこの国に仕え、聖騎士と添い遂げることになる。が、それはまた別のお話。



END




お付き合いいただき、ありがとうございました。

長編を書くのはとても難しかったです。そんな中、感想やブックマークはとても励みになりました。本当に嬉しかったです。


また別のお話で会いましょう。本当にありがとうございました。

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