第22話~第24話
第二十二話:目覚める意志と、地底からの巨獣
暴走する馬車が猛烈な速度で街道を駆け抜ける中、上空の『有翼の魔猿』どもは鋭い爪で馬車の屋根を何度も引き裂き、ついに木端微塵に破壊しやがった。
その瞬間、エナリルは恐怖のあまり金切声を上げ、目を丸くして完全にパニックに陥った。頭が真っ白になっている。
俺は迫り来る魔猿の爪撃を**剣**で弾き返しながら、必死に叫んだ。
「エナリル! エナリル、しっかりしろ! お前の『コントロールの魔法』で馬たちを落ち着かせ、進路を制御するんだ! 早くしろ!」
「だ、だけど……私、上手くコントロールできない……!」
エナリルは怯えた声で叫び、その瞳から涙が溢れ出た。
馬車の床に必死にへばりついていたヴァリックも、声を振り絞る。
「エナリルさん、本当に絶体絶命の危機だ! 馬たちを落ち着かせるんだ、リョウガ君を信じて……!」
御者がどれほど手綱を引いても、狂乱した馬たちは一向に止まらない。その時、一頭の魔猿が御者台の男に襲いかかった。肉を引き裂く不気味な音が響き、男の身体は無残に切り裂かれ、鮮血が周囲に飛び散った。その凄惨な光景を目の当たりにし、エナリルは完全に精神の限界を迎え、「できない、私には無理よ……!」とただ叫び続ける。
「思い出せ、エナリル!」俺は声を張り上げた。
「お前はあの川辺で、何百匹もの魚を完璧に操ってみせたはずだ! お前ならできる、自分を信じて思い出せ!」
(……私は強くなりたい。みんなの足を引っ張りたくない。私は、やらなきゃいけないんだ。エナリル、あなたならできる……!)
彼女は心の中で必死に己を鼓舞した。そして、両手で耳を塞ぎ、強く両目を閉じて静かに詠唱を始めた。
「――月と大地の間に慈悲を紡ぐ女神よ、我が導きに従い、この駿馬たちの意志を我が手に委ねたまえ……! 『コントロール』!」
その瞬間、暴走していた馬たちの呼吸が、劇的に穏やかなものへと変わっていった。
ふと前方を見つめると、数人の守備兵たちが立ち塞がり、必死にこちらに向けて叫んでいた。
「止まれ! 止まれ! そっちへ行ってはダメだ!」
しかし、馬たちは完全に静止したわけではない。エナリルもまだ馬車を完全に制御しきれていなかった。
周囲を伺っていたヴァリックが、顔を青ざめさせて叫ぶ。「しまっていった……! 大変だ、この先は南門の外壁だぞ!」
俺は右目の【分析の魔眼】を上空の有翼の魔猿どもに向ける。視界には、奴らのステータスが直接テキストとして弾き出された。
『対象:有翼の魔猿。ステータス:ブロンズ・Cランク』
奴らは怒りと飢えの混じった眼差しで、再び馬車へと牙を剥いて飛びかかってきた。だが、俺がそれを許すはずがない。
俺は容赦なく【影魔法】と【最速スキル】を発動させた。
世界が完全に停止する。
俺は一瞬の跳躍で宙へと身を躍らせ、馬車に肉薄していた三頭の魔猿の首を、神速の一閃で一網打尽に切り刻んだ。
時間が再び動き出した瞬間、血飛沫とともに魔物どもの死体が雪原へと転がり落ち、ようやく馬車は完全にその動きを止めた。
ヴァリックと俺は、息を切らしているエナリルを振り返った。
「見事だ、エナリル。お前ならやれると信じていた」「素晴らしい、さすがです、エナリルさん!」
俺はヴァリックに向き直り、「怪我はないか?」と問いかけようとした。――だが、その瞬間。
ズズズズズッ……!!
凄まじい地響きとともに、大地が激しく揺れ動いた。
突如として、馬車の真下から凄まじい衝撃が突き上げられ、数トンの重量がある馬車が虚空へと数メートルも弾き飛ばされたのだ。
「うわああああっ!?」
凄まじい土煙を巻き上げながら、大地の底からその悍ましい『本隊』が姿を现した。
それは、本来なら遥か遠方の山岳地帯にしか生息していないはずの、ドワーフの天敵――悪魔の系譜に連なる**『岩食い蟲(ストーン・イーター / 石喰いワーム)』**だった。
地土と同じ灰褐色の、柔軟でありながら強固な外骨格に覆われた巨大な肉体。その中心にある頭部には、三層に重なり合った円形の巨大な顎があり、中には岩石すら瞬時に粉砕する数千本の鋭い牙がびっしりと生え揃っている。地面を容易く穿ち、地下を自在に蹂躙するその巨獣が、俺たちの目の前でその禍々しい全貌を現したのだった――。
第二十三話:無力への焦燥と、赤き進撃の烽火
激しい土煙が四方に立ち込める中、俺――ハナシ・リョウガは【最速スキル】を限界まで駆動させ、馬車が地面に激突する寸前でエナリルとヴァリックの二人を抱え上げ、間一髪で救出した。
俺はヴァリックの背を押し、エナリルに向き直った。
「ヴァリックさん、すぐに避難所へ! エナリル、お前はヴァリックさんを護衛して一緒に避難するんだ」
「嫌よ、私も残るわ! リョウガ、あの怪物相手にあなた一人じゃ……!」エナリルは必死に食い下がる。
「お前の『コントロールの魔法』はこの巨獣には通用しない! 避難所で負傷者の手当てをする方がよっぽど役に立つ!」
それでも動こうとしないエナリルに、俺は激昂して怒鳴りつけた。
「お前がここにいれば、俺の足手まといになるんだよ! お前を守りながらじゃ戦いに集中できねえ! さっさと行け、早くしろ!!」
俺の怒声に弾かれたように、エナリルは涙を拭い、ヴァリックを連れて走り去った。
俺は正面から地響きを立てる怪物を睨みつけた。右目の【分析の魔眼(レベル5)】を起動する。
『対象:岩食い蟲。ステータス:ゴールド・Bランク。弱点:解析不能(レベル差が大きすぎるため、詳細な弱点を表示できません)』
「チッ、弱点が見えねえか……。なら、俺自身が奴の弱点を作ってやるまでだ」
俺は剣を固く握りしめ、【最速スキル】で目にも留まらぬ連続斬撃を放った。しかし、キィィン! と高い金属音が響くだけで、奴の強固な骨の皮膚には傷一つ付かない。
「なら、これでどうだ……!」
俺は【影魔法】を重ねて発動した。肉体が漆黒の影へと溶け込み、手にした剣もまた黒く染まる。影の切断力を上乗せし、全力を込めて奴の頭部へ一撃を叩き込んだ。だが――それでも、奴の骨皮を貫くことはできなかった。
その時、地響きとともに街の守備兵たちが駆けつけ、巨獣の周囲を包囲した。
「総員、武器を構えろ! 壁に到達される前にここで仕留めるんだ! 我らが生きている限り、一匹たりとも魔物を街へ通すな!」守備隊長が声を枯らして叫ぶ。
「放てぇっ!」
彼の合図とともに、数百本の矢が雨あられと巨獣の巨体に突き刺さった。しかし、それらは奴の皮膚に弾かれ、何の効果ももたらさない。
かえって激怒した巨獣は、人間の常識を超える速度で巨大な尾を薙ぎ払った。凄まじい衝撃波とともに、数十人の兵士たちが木の葉のように虚空へ吹き飛ばされ、血反吐を吐いて地面に叩きつけられた。
俺は影に潜みながら何度も突撃し、切り裂いては後退を繰り返した。だが、奴の強固な身体には掠り傷すら付かない。
焦燥感が、胸の奥から黒く湧き上がってくる。
(クソッ……何なんだよ、この感覚は。あの忌々しい『弱さ』の感覚が、また俺の身体を支配しようとしてやがる。前の世界で、毎日毎日踏みにじられ、奴隷のように扱われていたあの無力な時の感覚と同じだ。畜生……ふざけるな……!)
兵士たちが血を流し、次々と命を落としていく中――。
ゴォォォォォォォォンッ!!!
突如として、天と地をも引き裂くような、凄まじく禍々しい咆哮が街の外、つまり南門の外壁の向こう側(城外)から響き渡った。
その声を耳にした瞬間、岩食い蟲の巨躯がピタリと動きを止め、音のした方へと向き直った。そして、驚異的な速度で「南門の外壁」へ向かって内側から猛進を始めたのだ。まるで外にいる魔物の本隊からの咆哮が奴を誘導しているか、あるいは街の防壁を内側から破壊して外の大軍を招き入れろと命令を下しているかのようだった。
「まずい! 奴め、内側から外壁を破壊する気だ! 外の連中と呼応していやがる!」
守備隊長が血相を変えて叫ぶ。「命に代えても防壁を守り抜け! 我らは王の盾の誓いし騎士だ、誇りを見せろ!」
隊長は即座に一人の兵士に怒鳴り散らした。
「おい、壁の上の防衛部隊に『緊急信号』を送れ! 街の内部に魔物が侵入し、壁へ向かっていることを知らせるんだ!」
指示を受けた兵士が、魔力を込めた特別な『魔導矢』を天高く放った。
シュウゥゥゥッ……ドォン!
空が、鮮烈な『赤色』に染まり、眩しく弾けた。それを見た全ての兵士が、魔物が防衛線を突破し、市街地に侵入したという最悪の事態を察知した。
一方、城の軍事会議室。領主ガレス・ウェルガードは、窓の外で不気味に赤く輝く信号の光を捉えていた。
「……市街地に侵入されたか」ガレスの表情が険しく引き締まる。
彼は即座に居並ぶ将軍や指揮官たちへ、威厳に満ちた声で命令を下した。
「会議はここまでだ! 各員、ただちに持ち場へ戻り、作戦通りに部隊を指揮せよ! 市街地に侵入した怪物を完全に討伐したならば、速やかに『緑色の信号』を天へ撃ち上げろ。それが完了するまでは、壁の上の全戦力を防衛に集中させる。行くぞ!」
「はっ! 領主陛下!!」
指揮官たちは一斉に敬礼し、激戦の渦巻く戦場へと向かって走り出していった。
第二十四話:命懸けの二重取り込みと、焔を纏う孤狼
地響きを立てて猛進する『岩食い蟲』は、南門の外壁へと向かう道すがら、立ち並ぶ民家を破壊し、防ぎにいく守備兵たちを次々と蹂躙していた。
無力感のショックから抜け出せずにいた俺――ハナシ・リョウガは、それでも命を賭して戦う兵士たちの姿をただ見つめていた。彼らは自分の攻撃が効かないと知りながらも、勇敢に立ち向かっている。
俺は両拳を血がにじむほど強く握りしめ、己に言い聞かせた。
(俺は圧倒的な力を求めてここへ来たんだ。他人のことなど考えるな。あの無力だった過去の自分とは決別したんだと、今ここで証明してみせろ! だが、どうやってあの化け物をブチのめす……?)
その時、脳裏をよぎったのは、先ほど【合成の魔眼(レベル3)】で作り出した**『翡翠色の魔石』**の存在だった。
俺は懐からその魔石を取り出し、手のひらの上で見つめた。
(クソッ……以前、低ランクの魔石を初めて取り込んだ時でさえ、あの凄まじい激痛に耐え切れず意識を失ったんだ。これはプラチナ・Bランクの魔石が二つ合わさった代物だ。取り込めば、今度こそ命はないかもしれない。……だが、クソ喰らえだ。目標に届くためなら、何度死にかけたって構うものか!)
俺は覚悟を決め、翡翠色の魔石を右の魔眼へと近づけた。
瞬間、濁流のような魔力が体内に流れ込み、俺の心臓は破裂せんばかりに激しく脈打ち始めた。肺から空気が消え、呼吸ができない。全身が地獄の業火で焼かれるように熱く、俺はその場に両膝をついて激痛のあまり絶叫した。視界が急速に霞み、今にも意識が闇に呑まれそうになる。
ガクッと身体の均衡が崩れ、俺は顔面から地面へと倒れ込んだ。意識が完全に途切れる寸前、俺の脳裏に、あの翡翠色の魔石とどうしても融合しなかった『黒い魔石』の存在が浮かび上がった。
(拒絶反応を起こしていたあの黒い石……今なら、この暴走する魔力とぶつけ合わせられるかもしれない……!)
俺は残された最後の力を振り絞り、ポケットから黒い魔石を取り出すと、必死に右眼へと押し当てた。不気味な漆黒のエネルギーが体内に侵入してくる。しかし、そこが限界だった。俺の意識は深い闇へと沈み、完全に気絶した。
まさにその時、激しい地響きと赤き信号の光に導かれ、キングラッドとタリンが現場へと駆けつけた。
巨獣が兵士たちを蹴散らす惨劇を目にし、キングラッドは目を見開いて絶叫した。「おいおい……何だ、あの化け物は……!?」
タリンは両拳を固く握りしめ、その分厚い胸を怒りで震わせた。
「あれは……山の呪い、悪魔の系譜『岩食い蟲』だ! 我らドワーフの血肉を啜ってきた数百年越しの不倶戴天の敵だぞ、あの忌々しい野郎が……!」
二人が怒りに燃える中、少し前方で地面に倒れ伏している俺の姿を発見した。
「リョウガ!」
助けに向かおうとした瞬間、倒れていた俺の身体から、突如として凄まじい嵐のような魔力が噴き出した。
だが、それはただの魔力ではなかった。
燃え盛る『鮮烈な紅蓮の炎』と『凍てつく蒼き炎』が、まるで巨大な二頭の蛇のように俺の身体の周りをとぐろを巻いて猛烈に回流し始めたのだ。
ゆっくりと、俺は立ち上がった。
その姿を見た二人は、驚愕のあまり開いた口が塞がらなかった。
俺の右の魔眼は、半分が紅蓮の炎、もう半分が蒼き氷の炎に染まり、妖しく静かに輝いていた。そして衣服が破れた肌の表面には、漆黒の闇のエネルギーと、黄金の魔力が複雑に絡み合った『黒と金の紋様(脈)』が不気味に浮かび上がっていたのだ。
周囲の兵士たちも、俺の放つ圧倒的かつ異質なハザード級のハザード(マナ)に気づき、恐怖に震え上がった。
「な、なんだあのガキは……別の魔物か!?」
「俺たちを襲う気か!?」
守備隊長すらも、その場から一歩も動けずに硬直していた。
「た、隊長! 指示を! どうすればいいのですか!?」兵士が悲鳴を上げる。
隊長が答えるよりも早く、全身に狂暴な二色の焔を纏った俺は、【最速スキル】を発動させ、地響きを立てる岩食い蟲に向かって、地を割るほどの凄まじい速度で突撃を敢行した。




