第16話から第18話
第十六話:孤狼の気配と、王の盾
馬車に揺られながら、タリンは自分が大好きな料理について熱っぽく語っていた。そして、いずれは自分の鍛冶屋を立ち上げ、かつての仕事に戻りたいのだと言い添えた。
その時、キングラッドが首を回し、ニヤニヤとした笑みを浮かべながらタリンを小馬鹿にした。
「へえ、お前は戦闘から離れた方が良さそうだな。さっきは洞窟ごと俺たちを生き埋めにするところだったんだ。お前には大斧より、鍛冶屋のハンマーがお似合いさ」
タリンは顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。「あぁん!? 俺が間抜けだって言いたいのかよ、この野郎!」
「今さら気づいたのか?」キングラッドが吹き出すと、馬車の中に全員の笑い声が響いた。
ひとしきり笑った後、エナリルが真剣な面持ちで俺を振り返った。
「リョウガ、一つ聞いてもいい?」
「何だ?」俺が問い返すと、彼女は少し躊躇いながら言葉を紡いだ。
「さっき洞窟で山賊たちと戦っていた時、あなたのマナから異様な気配を感じたの。まるで、あなた自身ではないような……例えるなら、祖父がよく話してくれた『ヴォルカンス(Volcanth)』の気配にそっくりだった。私と祖父は精神共有で繋がっていて、すでに絶滅した存在であっても、そのマナの本質を学ぶことができたの。だから、あの凶暴で神速な気配を忘れられないわ」
その言葉が出た瞬間、馬車の中の空気が凍りついた。タリンが驚愕と恐怖に目を見開く。
「ヴォルカンス……!? おい、エナリル、本当に言ってるのか!? 伝説の魔獣だぞ。あらゆる魔物すら近づくことすら恐れる、巨大な体躯に真紅の眼、そして長い牙を持つという……。その爪は雷撃を放ち、この世界で最も速い生物。その毛皮は昼間であっても影のように漆黒で、走る姿は天に轟く雷鳴そのものだと言われている。だが、何百年も前に突如として姿を消したはずだ……。考えるだけでも恐ろしい」
俺は静かに視線を落とし、心の中で呟いた。
(あの山賊たちを容赦なく惨殺した後、システムから『孤独な魔狼』、いや……【孤高の魔狼王(あるいは魔狼)】の称号を得ていた。やはり、俺の神速のスキルはあの怪物の力と繋がっているのか。だが、今はまだ皆に話すべきじゃないな)
俺が思考に沈んでいると、御者台からヴァリックの弾んだ声が聞こえてきた。
「皆さん、見てください! ついに見えてきましたよ。我らがアラマンドン王国の第一の砦――『王の盾』の街です!」
俺たちは一斉に馬車の前方に集まり、その光景に息を呑んだ。
信じられないほど高く、分厚い外壁。その壁の表面は、まるで凄まじい超高温の熱で焼かれたかのように禍々しい漆黒に染まっていた。壁の至る所に監視塔がそびえ立ち、特に巨大な二つの主塔には、それぞれ都市を揺るがすほどの巨大バリスタ(弩砲)が据え付けられていた。
「なんて奇妙な街だ……」タリンが呟く。
すかさずヴァリックが説明を加えた。
「ここは実質的に軍事要塞なのです。アラマンドン王国を魔物やエルフの侵攻から守るための最初の防波堤。だからこそ『王の盾』と呼ばれています。ちなみに、この街には出入り口が二つしかありません。一つは今私たちが向かっている『南門』。ここは人通りが非常に少なく、普段は厳重な検問が行われています。そしてもう一つが『北門』です。そちらの街道は直接王都へと繋がっているため、一般の旅人や商人は主に北門を利用します」
ヴァリックの説明を聞きながら、俺たちを乗せた馬車はゆっくりと、威容を誇る『王の盾』の南門へと近づいていった。
第十七話:王の盾の門と、束の間の安息
俺たちを乗せた馬車が大きな黒い門へと辿り着いた時、四人の門番が武器を手にして近づいてきた。
キングラッドが周囲を見回しながら、声を潜めて呟く。
「見ろよ……壁の上からも、何人もの武装した兵士がこっちを狙ってやがる。相当警戒しているようだな」兵士の一人が大声で制止した。
「止まれ! 何者だ、どこから来た!?」
するとヴァリックが素早く自身の『商業ギルド証(商人のカード)』を掲げ、凛とした声で応じた。「私はヴァリック・ラドス。アラマンドン王国の商人だ。道をあけなさい」
兵士たちは一瞬驚き、互いに顔を見合わせた。
「なっ……ヴァリック様!? あなたは魔物に襲われて死亡したという報告が入っていましたが……!」
ヴァリックは俺たちを振り返り、誇らしげに言った。「ここにいる冒険者たちが、私と生存者を山賊の手から救い出してくれたのだ。さあ、道を開けてくれ。私はこれより、この街の領主である『ガレス・ウェルガード(Lord Gareth Wellgard)』様へ事の顛末を報告せねばならん。それから、救出された者たちにすぐに水と食事の手配を!」
「は、はっ! 直ちに!」
ヴァリックの威厳に押され، 兵士たちは慌てて重厚な鉄の門を開放した。俺たちは何の問題もなく、無事に街へと足を踏み入れた。正体がバレるのではないかとずっと生きた心地がしていなかったエナリルも、ヴァリックの身分のおかげで、無事に検問を通り抜けることができ、ほっと胸をなでおろしていた。
ヴァリックは俺たちを自身の邸宅へと案内してくれた。
「今日はここでゆっくりと旅の疲れを癒やしてください」
彼に連れられて入った邸宅は、まるで城そのものだった。中には巨大な大浴場まで完備されている。俺たちが唖然として見上げていると、キングラッドが感嘆の声を漏らした。
「おいおい、俺の故郷のヴァルア王国の貴族の屋敷よりも立派じゃないか……」
タリンが大きな声を張り上げてこれに続いた。
「ってことは、貴族様直々の美味いメシと酒が期待できるってわけだな! ぐへへ、俺はもう待ちきれねえぞ!」
エナリルが呆れたように首を振り、クスッと笑った。
「あなたって本当にドワーフね。頭の中は食べる事と飲む事ばかり。ふふっ」
タリンは豪快に笑い飛ばした。
「食べねえ飲まねえドワーフなんてな、ドワーフじゃねえ! ただの藻屑(あるいは、ただの藻)だ!」
キングラッドが意地悪く笑う。「じゃあ、お前はただの間抜けな藻屑だな?」
「なんだとぉ!? この野郎、誰が間抜けだ! 待て、その生意気な口を叩き潰してやる!」
タリンは顔を真っ赤にしてキングラッドを追いかけ、二人はそのまま大浴場へと飛び込んでいった。その騒がしい様子に、俺たちも思わず笑ってしまった。
ヴァリックが領主ガレス様への報告のために城へと向かった後、俺たちは温かい風呂で泥を洗い流し、豪華な食卓を囲んだ。久々のまともな食事に全員が腹を満たし、最高級のワインを堪能した。
宴の最中、タリンとキングラッドの間でどちらが酒に強いかの勝負が始まったが、案の定キングラッドが先に限界を迎えて床にぶ倒れた。
タリンは誇らしげに胸を張った。
「ドワーフを相手に飲み比べを挑む人間なんて、間抜け以外にいやしねえ! 俺たちドワーフこそが『酒の神』だからな!」
夜が更け、周囲が静まり返る頃。
俺――ハナシ・リョウガは、窓辺に立ち、異世界の冷たい夜空を見上げていた。
背後から、静かな足音が近づいてくる。エナリルだった。
「リョウガ……」彼女は隣に立つと、切なげに声を漏らした。
「私たちはこうして街に入れたけれど……私は、エルフの故郷へどう戻ればいいのか分からないの。あの辺境の都市が破壊されてから、今の状況がどうなっているのか、どの都市が陥落したのか、何も分からない。それに……お父様や家族が、まだ生きているのかどうかすら……」
彼女の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「本当に、これからどうすればいいのか分からないの……」
俺は涙を流すエナリルを静かに見つめ、その肩に視線を落とした。
「……今は、深く考えるな。今夜はまず、この安全な場所で身体を休めるんだ。明日、全員の疲れが取れてから、これからのことを一緒に話そう」
俺の言葉に、エナリルは涙を拭い、小さく頷いた。街の夜は更けていき、俺たちの新しい旅の幕開けが静かに近づいていた。
第十八話:合成の魔眼と、冒険者ギルドの洗礼
その夜、馬車の揺れから解放されたものの、俺――ハナシ・リョウガは寝付けずにいた。俺は懐から、かつて討伐した三頭蛇の魔核(魔石)を取り出した。それぞれの頭が有していた三つの魔石は、青、鮮やかな赤、そして不気味な黒と、蛇の眼と同じ色をしており、どれも【プラチナ・Bランク】の極上品だった。
俺はまず右目の【分析の魔眼(レベル5)】を起動し、それらを鑑定する。レベル5へと進化したこの眼は、対象のステータスや魔石の内部構造をより深く、緻密に見通すことができる。
思った通り、青い魔石は「水魔法」、赤い魔石は「火魔法」の内包データを示していた。しかし、黒い魔石だけは詳細不明だった。あの戦いで、魔法を放たれる前に俺が首を撥ねたからだ。
「よし……新しくレベル3へと進化した【合成の魔眼】を試してみるか」
影魔法のような強力な新魔法が手に入るかもしれない。俺は胸の高鳴りを抑え、精神を集中させて作業を開始した。青と赤の魔石を魔眼の力で融合させる。
『――合成が成功しました。魔石がターコイズ(翡翠色)へと変化します』
脳内にアナウンスが響く。続けて、その翡翠色の魔石にあの黒い魔石を合成しようとした。だが――。
『エラー。合成に失敗しました。対象の属性に拒絶反応があります。これ以上の融合は不可能です』
レベル3の合成能力を以てしても、結果は同じだった。不気味な黒い魔石は、弾かれるように融合を拒む。
俺は仕方なく、まずはこの翡翠色の魔石を右眼に取り込み、どんな魔法が得られるか確かめようとした。しかし、かつて低ランクの魔石を取り込んだ時でさえ、肉体に凄まじい負荷がかかったことを思い出す。
「……今はやめておこう。これだけの高ランクだ、もっと万全な時に試すべきだ」
俺はそう呟き、ベッドに横になって眠りについた。
翌朝、全員が目を覚まし、豪華な朝食を囲んでいた。そこにはヴァリックの姿もあった。
彼はスープを口に運びながら言った。
「昨日、この街の領主であるガレス・ウェルガード様にお会いし、山賊の一件を報告しました。領主様はぜひあなたに会いたいと仰っており、私と領主様から、皆さんにいくつかの褒賞を贈ることに決まりました。謁見は午後です。それまで街を観光されるといい」
俺は少し考え、ヴァリックに向き直った。「俺はこの世界を深く知るために、街から街、国から国へと旅をしたいんだ」
ヴァリックは顎に手を当て、少し困ったように眉を下げた。
「うーむ、それは少し難しいですね。国や街の間を安全に移動するには、商業ギルドか冒険者ギルドのような組織に所属している必要があるのです」
「なら、冒険者ギルドに入る」俺の即答に、キングラッドが我が意を得たりと声を弾ませた。
「最高じゃないか! ギルドに入れば合法的に旅ができるし、行く先々の街で依頼をこなして路銀を稼げる。俺たちの旅にぴったりだ!」
俺はエナリルとタリンに視線を向けた。「二人はどうする?」
タリンは自慢の髭を撫でながら、傲慢かつ茶目っ気たっぷりに笑った。
「ガハハ! 俺としちゃあ、お前らみたいなひよっこをしばらく見守ってやらんとな! まぁ、美味い飯と酒がそこにあれば、どこへでもついてってやるよ」
キングラッドが呆れたように鼻を鳴らす。「おいおい……お前はその食い意地のせいで、いつか俺たちを全滅させる気かよ」
次にエナリルを見ると、彼女は少し恥ずかしそうに頬を染めながら、まっすぐに俺を見つめた。
「……昨日の夜からずっと考えていたの。リョウガたちがどこへ行くにしても、私はあなたたちの隣にいたいわ」
全員の意志が固まった。俺たちは共に冒険者ギルドへ向かうことに決めた。ヴァリックは、エナリルのエルフとしての素性がギルドで問題にならないよう、特別な紹介状(推薦状)を書いてくれた。
「これを持って、ギルドマスターの『地砕きイーゴリ(Igor)』を訪ねるといい。彼なら力になってくれるはずだ」
ヴァリックから手紙を受け取り、俺たちは邸宅を出た。エナリルは正体を隠すために深くマントのフードを被っている。
ギルドの重厚な扉を押し開けると、中には多くの冒険者たちがたむろしていた。なぜか誰も依頼に出ておらず、酒を飲みながら談笑している。
しかし、俺たちが一歩足を踏み入れた瞬間、喧騒はピタリと止んだ。
ギルド内の全員の視線が、まるで俺たちを切り刻まんとするほどの敵意を含んで突き刺さる。
「おいおい、なんだあの使えねえガキは? ここをどこだと思ってやがる」「父親でも探しにきたのか?」
「いや、床の掃除係の面接じゃねえか? ガハハハ!」
下劣な嘲笑が響くが、俺は彼らを完全に無視し、真っ直ぐに受付のスタッフへと歩み寄った。
「すまない。ギルドマスターのイーゴリ・ストーンクラッシャーに会いたいんだが」
その瞬間、近くの席に座っていた大柄な体躯の男が、椅子を乱暴に蹴り飛ばしながら立ち上がった。
「――ガキが! どこの馬の骨とも知れんお前が、ギルドマスターの名前を気安く呼んでんじゃねえよ!!」
男は凄まじい怒気を放ちながら、俺に向かって地響きを立てて突進してきた。




