第七十七話:退路無き白連鎖と、大理石の王(ハカム)
扉に開いた不気味な 穴 から覗く魔物どもに向かって、エナリル(Anaryril)は一切の躊躇なく魔導の矢を放ち続けた。奴らが隙間から中を覗き込む たび、その額 へと正確に一本ずつの矢が突き刺さり、絶命させていく。
「扉が破られるのは時間の問題だ。別 の扉を開けてここから脱出するぞ!」
俺――ハナシ・リョウガは漆黒の剣を構えながら、エナリルと二人の姉妹に向かって鋭く指示を出した。
「お前たちは俺たちの 背後 を護れ。俺たちが次の扉を開ける間、後方支援 に徹しろ!」
「「御意!」」
俺とキングラッド、タリン、ブロムルの四人は、力任せにホールの反対側にある重厚な大理石の扉を抉じ開けた。七人はすぐさま次の 殿堂 へと滑り込み、背後の扉を猛烈な勢いで閉ざした。
しかし、扉を閉じた刹那、最初 のバリケードが完全に崩壊 する凄まじい音が響いた。ホールへと雪崩れ込んできた数百頭の魔物どもが、すでに俺たちのいる二枚目の扉 へと到達し、狂暴な打撃を加え始めている。
「クソッ、次から次へとキリがねえな! 次のホールへ進むぞ!」俺は皆を促し、さらに奥へと進んだ。
だが、いくつもの回廊を駆け抜け、次のエリアへと繋がる最後 の扉に到達した瞬間、近衛兵の血を引くカゼミが絶望的な声を上げた。
「主上、ダメです! この扉、背後 から完全に封鎖されています……開きません!」
俺たちの退路 は完全に断たれた。ここに留まって、押し寄せる無数の軍勢をすべて屠る以外に生き残る道はない。
俺は冷酷かつ獰猛な眼差しを全員に向け、レベル7۱のマナ(魔力)を体内で爆発させた。
「腹を括れ。これより、持てるすべての力 を以て、この場所を敵の死体で埋め尽くすぞ!」
俺は即座に戦術の陣形を指示した。
「キングラッド、タリン、ブロムル! お前たちが最前列で絶対の 防衛線 を築け! 俺と二人の姉妹が第二列 で敵を惨殺する。エナリル、最後列から弓で全方位をサポートしろ!」
ドゴォォォォォォン!!!
扉が完全に粉砕され、狂乱した魔物どもが一斉にホール内へと襲いかかってきた。
最前列のキングラッドとタリンが咆哮を上げ、持てるすべての【風魔法】と【大地魔法】を同時に解放した。大嵐の刃と地割れが魔物の先陣をねじ伏せ、続いて第二列のカゼミとキヤムが、目にも留まらぬ神速の刃で侵入してきた魔物どもを次々と (細切れ)にしていった。
さらに俺は【双焔魔導(レベル6)】を起動し、紅蓮と蒼氷の連撃で敵を圧倒した。
しかし、一頭一頭のレベルは 低い ものの、敵の数は 文字通り底知れず、激しい手数の連続に俺たちの肉体は確実に 疲弊 し始めていた。さらに、この閉鎖 された空間では、エナリルが警告した通り【原子崩壊(Atom Crush)】や影の爆発魔術を使用すれば、空間ごと自滅しかねない。おまけに濃密な 瘴気 の中、水や食料 を補給する時間すらないため、体内のマナの総量が徐々に 減少 しつつあった。
「退かねえなら、全員まとめて影の錆にしてやる」
俺は【影魔法(レベル8)】と【最速スキル(レベル7۱)】を並行強制展開した。世界が完全に停止する。俺は神速の影の残像となり、襲い来る数百頭の魔物の首を一瞬にして 惨殺していった。
だが、どれほど殺しても、暗黒の廊下の奥から次の群れが無限に湧き出し、終わりが見えない。
――その時だった。
「グゥォォォォォォォォォォォンッッ!!!!!」
王宮の地底の底から響き渡るような、底知れぬ威圧感を孕んだ、凄まじい大咆哮 がホール全体に地響きを立てて轟いた。
次の瞬間、あれほど狂乱して俺たちに襲いかかっていた無数の魔物どもが、まるで絶対の捕食者を前にしたかのように強烈な (恐怖)に全身を震わせ、一斉に廊下の奥へと (敗走)していったのだ。ホールには、一瞬にして不気味な静寂が広がった。
キングラッドが荒い息を吐きながら槍を構え直した。「おい……これは一体どういうことだ? 喜ぶべき なのか、それともさらに警戒すべきなのか……」
タリンも大斧を握り直す。「何にせよ、今のうちにこのホールから脱出 した方が良さそうだな!」
しかし、耳の良いキヤム(Kiyamu)が、その獣の耳を激しく警戒させて絶叫した。「……ダメです! もう脱出する時間 なんてありません! 奴を殺さなければ、私たちはここから一歩も先へは進めない……! ですが、これほど悍ましく邪悪なマナ の波動、私はこれまでの人生で一度も 体験 したことがありません……!」
新入りのブロムル(Bromur)が、顔面を蒼白に染めて重い声を響かせた。「間違いない……この街の『(真の支配者)』が自らお出ましだ。でなきゃ、あの凶暴な魔物どもがこれほど怯えて逃げ出す理由がねえ!」
タリンが顔を引き攣らせた。「他の魔物どもが恐怖して逃げ出すなんて、一体どんな化け物 なんだ……!?」
俺は漆黒の剣の柄を限界まで握り締め、冷酷に命じた。「総員、絶対の防御陣形 を崩すな。何が来ようが、一瞬でブチ抜くぞ」
闇の奥から、何かが床を ズルズル と這いずり回る、不気味な音が徐々にこちらに向かって接近してきた。
キングラッドが鋭い目を光らせる。「すでに俺たちの気配は 完全に露呈 している。いっそこのホールのすべての『 松明 』に火を灯し、戦場を明るくするぞ!」
ブロムルの魔導によって、ホールの壁に設置された数十本の松明が一斉に激しい炎を上げ、大理石の間を明るく照らし出した。
――その瞬間、半分開いたままの巨大な扉 の隙間に、それは姿を現した。
血のように真っ赤な眼球 が、暗闇の奥からじっと俺たちを射抜いていた。
奴は、細長く鋭い、まるで鋼鉄の短剣 のような巨大な『爪 』の生えた漆黒の手を大理石の扉の枠へと掛けた。松明の激しい 炎の光 の下に曝け出されたその手の皮膚は、黒と赤 の不気味な鱗 に覆われていた。
「……クックック……『人間の血 』の匂いだ……」
地響きのような、太く 悍ましい声 がホールの静寂を切り裂いた。奴は下劣な 悪魔の笑み をその醜悪な顔に浮かべ、ゆっくりとホールの中心へとその巨躯を進めてきた。
その「真の支配者」の全貌を目撃した瞬間、俺たちの身体に凄まじい衝撃が走った。
奴の姿は、下半身が巨大な 蛇 の肉体でありながら、上半身は二本の凶悪な腕を持つ魔族の形態をしていた。頭部には長い髪 が不気味に広がり、頭頂部からは二本の巨大な『 悪魔の角 』が突き出ており、その口内には、あらゆる肉を噛み砕く鋭い牙 がひしめき合っていた。
何より、その化け物が人間と同じように『言葉を流暢に操っている 』という絶対の事実に、キングラッドたちは強烈な 驚愕を受けて硬直した。奴はただの知性なき害獣ではない、本物の高位の『魔族』だったのだ。
「主上、私が行きますっ!!」
次の瞬間、驚異的な身体能力を持つキヤムが、恐怖をねじ伏せて虚空へと大跳躍 した。彼女は二本の短剣を逆手に握り締め、不敵な殺気を放ちながら、 の脳天目掛けて猛烈な勢いで襲いかかり ――。




