第七十五話:暗黒軍の階級律と、骨無き大理石の総門
瘴気獣ミアズモアを討伐した後、エナリルは手際よくキングラッドの治療を終えると、すぐに俺――ハナシ・リョウガの元へと駆け寄り、その清らかな『治癒魔術 』で俺の手足の軽微な火傷を瞬時に完全に治癒 してくれた 。俺たちは再び陣形を整え、失われた陥落都市『大理石の墓標(The Marble Crypt 』を目指して進軍を再開した 。
俺は歩きながら、手に入れたプラチナ・Bランクの『硫黄の魔石 』を冷徹な目で見つめ、それをブロムルの『魔法の鞄 』へと放り込んだ 。頭の中では、レベル7۱へと至った己のステータス、そしてあの街に君臨している『真の支配者 』が一体どんなバケモノなのか、それだけを静かに演算していた 。
その時、音もなく影からキヤム(Kiyamu)の声が響いた。「リョウガ様、マナのフィルターを中和する『 治癒の魔導液体 』の交換時期 にございます」
その合図で、俺たちは一人ずつ防毒マスクのボトルを迅速に新しいものへと交換していった 。
濃密な霧の中を進む中、俺は隣のエナリルに視線を向けた 。
「エナリル。お前、さっきのあの瘴気獣の生体構造について、妙に詳しい情報を握っていたな。一体どこでそんな『 情報 』を手に入れたんだ?」
エナリルはマントのフードを直し、真面目な顔で応じた。「私はエルフの王女 よ。未来の統治者 として最善の決断を下すため、私たちは幼い頃から、我が一族の歴史だけでなく、天敵である闇の勢力のあらゆる『古代の古文書 』を暗記するまで叩き込まれるのよ」
それを聞いたタリンが、目を丸くして感嘆の声を漏らした。「ワオ……! お嬢ちゃん、そんなに『 勤勉 』だったのかよ! 尊敬しちまうぜ!」
隣のキングラッドがすかさずフッと笑い飛ばした。「どこかの、酒のことしか頭にない筋肉だるま(タリン)とは大違いだな」
俺は二人を無視し、エナリルに先を促した。「……その古文書の中に、俺たちのこれからの戦いに役立つ『魔族や(悪魔)の軍事構造』についての記述はあったか?」
エナリルは手を顎の下に当て、記憶を遡るように少しの間を置いて語り始めた 。
「ええ。古文書によれば、闇の軍勢も私たち人間やエルフと同じように、厳格な階級と『 (組織構造)』を持っているわ。ただし、奴らの上下関係は純粋な【力とレベル 】のみで決定されるの。つまり、強い者が絶対の支配者。奴らは大きく分けて『三つの最高階級 』に手配されているわ」
【第一最上位:闇の神々 】:底知れぬ神格を持った、闇の支配者たち。
【第二中位:悪魔・魔族 】:一国を滅ぼしうる強大なマナを持った上位の存在。
【第三下位:悪霊・魔神 】:人間に直接の災厄をもたらす異次元の使徒。
「そして、この三つの最高階級に属さない残りの下等な化け物どもは、すべて『下級魔獣 』、つまりゴブリン やオーク として分類されるわ。上位の三階級はそれぞれ『レベル1からレベル10』までの厳格な位階に分かれており、数字が大きくなる(レベル10)ほど神に近い強大な力を誇るの。だけど、下級魔獣にはそのようなレベル分けはなく、ただ最も強くて凶暴な個体が、その『 部族の長 』になるだけよ」
キングラッドが感心したように頷いた。「なんと正確で有益な『 情報 』だ。エナリル、本当に助かるぞ」
エナリルは少し顔を赤らめて微笑んだ。「そんなに褒められると、何だか (照れちゃう)わね……」
俺は冷酷な笑みを崩さぬまま、思考を巡らせた 。
「だが、その古文書の はあくまで『古代の情報』だ。俺が前に出会った亜人の忍者、シン・カツ(Shin Katsu)は、死者の地の深淵で『新種の魔物 』の生体調査を行っていた。奴らの進化の速度を考えるなら、すでに新しい階級律が生まれている可能性が高い。……さて、あの街に巣食う真のハカムは、一体どの階級のバケモノかねえな」
そんな戦術の会話を交わしながら進む中、先頭を歩いていたカゼミ(Kazemi)が鋭く声を潜め、前方の霧を指し示した 。
「主上、見えてきました。魔霧の向こう側に、陥落都市の巨大な防壁と主塔 の影が微かに視認できます」
タリンとブロムルは必死に目を凝らしたが、ドロドロとした濃密な魔霧 に阻まれ、彼らの目にはただの黒い空間しか映らなかった。
「おいおい、何も見えねえぞ! お嬢ちゃんたち、一体どんな目をしてやがるんだ?」タリンが驚いた。
キヤムが不敵に耳を動かした。「私たち日出ずる国の亜人の五感は、人間やドワーフよりも遥かに遠くの気配を『 視認 』し、感知 することができるのです」
さらに壁へと接近した俺たちの目の前に、見るもおぞましい地獄絵図が広がった。
大壁の周囲には、無数の人間の『 屍骸 』が、まるで化石 のように干からびた骨と腐敗した皮膚 を晒して無残に転がっていた。三百年前、街が崩壊した際に逃げ遅れた哀れな民たちの成れの果てだ。中には、錆びついた z を纏い、**膝をついた状態 で首を撥ねられた **王国の騎士たちの屍骸もあった。彼らが最後の最後まで、誇り高く戦い抜いて絶命したことがその骸から伝わってきた 。
俺たちはその凄惨な屍骸の山を冷酷に踏み越え、ついに『大理石の墓標』の巨大な防壁の真下へと到達した。正面突破を避け、あらかじめ地図に記されていた『巨大な下水排水口 』を発見すると、鉄格子を力任せに抉じ開けて、ドロドロとした暗黒の内部へと足を踏み入れた 。
下水道の不気味な暗闇と強烈な異臭が俺たちを包み込む中、先頭を進んでいたキヤムが、突如としてその獣の耳を激しく警戒させ、恐怖に満ちた声を張り上げた―― 。
「――総員、止まって!! この下水の奥から……悍ましい『生体反応』が急接近してきます!!」




