第七十二話:魔霧の沼地と、朽ち果てた廃村の生体反応
死者の地の深淵から響いていた悍ましい咆哮は、しばらくすると何事もなかったかのように静まり返った。俺たちはマナ(魔力)を隠蔽する隠密魔術を展開し、数層の防御結界 を周囲に張ってから、交代で静かに眠りについた。
翌朝、真昼の太陽が不気味な黒紫色の空に遮られる薄明の 夜明け の中、全員が目を覚ました。カゼミとキヤムの姉妹が手際よく準備した朝食を平らげた後、俺――ハナシ・リョウガはブロムルに向き直った。
「ブロムル、魔法の鞄から全員分の防毒マスク を出しな」
ブロムルから全員に一個ずつのマスクと、エナリルが精製した五本の『治癒の魔導液体 』が手渡された。一本の液体で約半日 マナのフィルターを持続させることができる。
「いいか、中の液体が完全に枯渇して機能が切れる前に、必ず新しいボトルと交換しろ。この量なら、予定通り二日間 は完全に持ちこたえるはずだ」俺が冷酷に釘を刺すと、全員が引き締まった表情でマスクを装着した。
装備の点検を終え、俺たち『神狼の刃(The Blades of Divine Lupus)』の七人は、ついに法の及ばぬ【死者の地】の境界線を越えて進軍を開始した。
馬車を隠し、徒歩で荒野を進む中、キングラッドが周囲を警戒しながら呟いた。「大壁から『大理石の墓標 』までは、どんなに順調でも丸一日 は歩き続ける必要があるな」
タリンが大斧を肩に担ぎ、鼻を鳴らした。「なあ、この不気味な荒野の道中で、またあの魔物 の大軍勢と鉢合わせする可能性はあるか?」
ブロムルが灰色の髭を震わせ、重い声を響かせた。「願わくば、あの(不浄なる連中)とは遭遇したくねえな。本番の街の掃討戦の前に、無駄なマナと体力を消耗するのは御免だぜ」
進軍を開始してから数時間が経過した頃、周囲の猛毒の黒い魔霧 はさらに濃度を増し、数メートル先すら見通せないほどの絶望的な視界不良 に陥った。
足元がズブズブと沈み込む不快感に、タリンが顔を歪めた。「おい、なんだってんだ! 周り中が『泥濘 』だらけじゃねえか! 俺たちは街へと続く主街道 を歩いていたはずだろ!?」
キングラッドが鋭い目を光らせ、低く応じた。「噂には聞いていたが、やはり本当らしいな。魔物どもに長期間占領された土地は、水や空気だけでなく、大地の土壌 そのものまで腐り果て、完全に崩壊しちまうんだ」
周囲の木々は猛毒 of 霧によって黒く腐食して(枯死)し、かつて美しかったであろう清流や は、ドロドロとした黒い 干潟 へと変貌していた。真昼だというのに、太陽の光 は不気味な暗雲に遮られ、一筋の光すらこの地獄には届かない
その時、先頭を進んでいたカゼミとキヤムが同時にピタリと足を止め、鋭いハイドを放った。
「総員、止まってください! 前方の霧の奥から、凄まじく不吉なマナ の波動を感じます!」
俺は即座に右目の【分析の魔眼(レベル5)】を起動し、周囲の空間を徹底的にスキャン したが、濃密な魔霧がマナをジャミング(精神遮断)しており、正確な姿を捉えることができねえ。
エナリルが緊張の面持ちで弓を引き絞った。「ここに留まっていては時間を浪費する だけよ。前へ進みましょう」
彼女の言葉に従い、俺たちは極限の警戒を保ちながら前進を再開した。すると、どこか遠くの方から、おぞましく(意味不明な)囁き声や地鳴りのような音が不気味に響き始めた。
「……ここから先は、これまで以上に注意深く動く ぞ」俺は低く冷酷な声で皆に告げた。
その瞬間だった。
バサバサバサバサッ!!!
空間を激しく引き裂く、巨大な羽ばたき の音が突如として左側から響き渡った。
「危ない、上よっ!!」キヤムが絶叫した 。
霧の奥から、鎌のような巨大な顎を持つ数頭の『巨大小型魔虫 』が、狂暴な殺気を放って俺たちの左側面へと襲いかかってきたのだ。
「 amphitheater めるなよ、羽虫どもがぁっ!!」
タリンが咆哮と共に大跳躍し、大地マナを込めた新しい大斧を力任せに一頭の魔虫へと叩きつけた。重々しい破壊音が響き、魔虫の巨大な羽 が一撃で叩き切られて地面へと転がった。
しかし、残りの魔虫どもが狂乱状態でさらにタリンへと襲いかかろうとした、まさにその刹那。
キングラッドが疾風のマナを爆発させ、手にした槍を大きく Napier 払った。「――消し飛べ! 『天嵐竜巻』!!」
凄まじい風の渦 が発生し、襲いかかっていた魔虫どもを力任せに後方へと 吹き飛ばした。不意打ちに失敗した魔虫の群れは、そのまま霧の奥へと不気味に (霧散)し、戦場には再び墓場のような絶対の静寂 が広がった。
タリンは大斧を肩に担ぎ直し、ガハハと豪快に笑った。「ガハハ! 奴ら、ビビって**『ゴータンを 低い 』**しやがったな! おいキングラッド、お前もなかなかいい戦士になってきたじゃねえか、見直したぜ!」
隣でキングラッドが「お前に褒められても嬉しくないな、筋肉だるま」とフッと笑みを浮かべた、まさにその時。
キヤムの獣の耳が激しくピクリと跳ね上がり、顔面を青ざめさせた。「……主上、冗談を言っている場合ではありません! 遥か後方から、先ほどの羽虫どもとは比較にならないほど『悍ましく絶大なマナ 』が、異常な速度でこちらに向かって接近してきています!」
俺の感覚も、その禍々しい死の波動を正確に捉えていた。「チッ、やはり嗅ぎつけられたか。……前方の安全なエリアへ向かって全速力で移動 するぞ」
エナリルも魔導弓を構え直した。「ええ、その悍ましい波動 は、完全に私たちの背後 から迫ってきているわ!」
七人は全速力で泥濘の大地を駆け抜け、やがて霧の奥にひっそりと佇む、崩壊した『孤立した荒れ果てた村 』へと滑り込んだ。俺たちはその中の一軒の半分崩れかけた民家 の影へと音もなく身を潜め 、体内のマナの残光を完全に消し去った。
濃密な黒い霧が民家の隙間から流れ込む中、全員が息を殺し、防毒マスクの奥から迫り来る脅威の正体を見つめていた。
ウゥゥゥゥゥォォォォォォンッッ!!!!!
地を裂くような不気味な(咆哮)がすぐ間近で轟き、建物の建付けがガタガタと激しく震えた。
shadow そして、崩れた壁の隙間から俺たちの目に飛び込んできた「その悍ましい存在」の姿を目撃した瞬間――。




