第43話から第45話
第四十三話:聖殿の銀騎士と、禁忌の鎖
キングラッドが警戒しながらもクランハウスの重厚な扉を開けた瞬間、部屋の中に数人の兵士たちが雪崩れ込んできた。彼らは頭からつま先まで眩い『銀色の甲冑(銀の鎧)』に身を包み、背中には「聖杯」と「黄金の太陽」の紋章が刻まれた純白の外套(白いマント)を翻していた。
「リョウガ・ハナシはどこだ」
兵士たちの指揮官と思われる男が、冷酷な声を響かせた。タリンが即座に大斧の柄を握りしめ、怒鳴りつけた。「お前ら、一体どこのどいつだ! 人の家に土足で踏み込みやがって!」
男は微動だにせず、冷淡に応じた。「我らは『聖殿騎士団(聖なる神殿の戦士たち)』。リョウガ・ハナシ殿には、いくつか尋問したい件がある。これより我らと共に聖殿へと同行願おう」
あまりの事態に、俺――ハナシ・リョウガは隣のキングラッドに視線を送った。元近衛騎士であるキングラッドは、その銀の甲冑を目にした瞬間から顔を青ざめさせ、俺に向かって声を潜めた。
「リョウガ……抵抗はよせ。彼らは聖殿の使者だ。この大陸においては、国王陛下すら凌駕する絶対的な権力を持つ組織。ここで争えば、本当に終わりだ」
俺はフッと息を吐いた。「心配するな。俺にやましいことはない、大人しく行こう」
激昂したタリンが聖殿の騎士たちを力任せに排除しようとしたが、俺はそれを手で制した。「落ち着け、タリン。すぐに戻るさ」
「両手を前に出せ」
聖殿の騎士が冷酷に命じ、俺の両手首に特殊な『魔力封じの枷』をハメやがった。体内のマナの循環が完全に遮断され、魔法の起動が封じられる。そのまま俺は、銀の騎士たちに連行され、豪邸を後にした。
「おい、キングラッド! あの銀ピカの زره を着た不躾な連中は一体何者なんだ!?」タリンが悔しそうに床を蹴った。
キングラッドは重い溜息をつき、険しい表情で語り始めた。
「……彼らは『聖殿の審問官』。悪魔や 悪魔(魔族)と契約を交わした者、あるいはその血を引く『半魔(半悪魔)』を容赦なく炙り出し、即座に処刑する異端審問の執行者たちだ。聖殿はすべての人間族の 王国(国家)において完全に独立しており、王法すら及ばない絶対的な影響力を持っている。リョウガのあの異次元のハザード級の力……誰かが聖殿に『魔族の手先』だと密告したに違いない」
キングラッドは即座に旅の装備を整え、二人に指示を出した。
「事態は一刻を争う。我々には知恵と助けが必要だ。俺はすぐにヴァリックのところへ向かい、リョウガが連行されたことを伝える。タリン、お前は冒険者ギルドへ走り、ギルドマスターへこの件を報告してくれ。エナリル、お前はここで待機だ。万が一、次の使者やメッセージが届いた時のために拠点を守ってくれ」「「了解した!」」
二人は力強く頷き、即座に行動を開始した。
ヴァリックの屋敷に飛び込んだキングラッドは、息を切らしながら事の顛末を告げた。
「ヴァリックさん、大変だ! リョウガが聖殿騎士団に連行された!」
ヴァリックは顎に手を当て、フム、と深く眉をひそめた。
「……聖殿が動いた、ですか。奴らは確実な『証言(あるいは証拠)』がなければ、いくら疑惑があろうとも王命を無視してまで人を拘束することはしません。背後で、確実に誰かがリョウガ君に不利な証言をしましたね。……すぐに陛下へこの件をお伝えせね」
二人は急ぎ領主ガレス様の元へと走り、そこから国王陛下への謁見を求めた。しかし、状況は絶望的だった。
領主ガレス様は沈痛な面持ちで首を振った。
「……すまぬ。我ら人間族の王と言えど、聖殿の『異端審問裁判』に直接介入することは法的に不可能なのだ。だが、手をこまねいているわけにはいかん。私の方からも独自のルートで事態を追跡し、何か分かればすぐに連絡を入れよう。ヴァリック、今は彼らを落ち着かせるのだ」
ヴァリックはキングラッドの肩を叩いた。「今は耐える時です、キングラッド君。一度拠点へ戻って休息をとりなさい」
一方その頃、タリンは息を荒げながら冒険者ギルドへと飛び込み、受付のリズの元へと詰め寄っていた。「おい、リズ! マスターはどこだ! 今すぐ会わせろ!」
リズはタリンのただならぬ様子に驚き、目を丸くした。「タリンさん、一体どうしたのですか!?」タリンは怒り狂ったように大声を張り上げた。「リョウガが、あの銀の甲冑を着た聖殿の騎士どもに連行されちまったんだよ!」
「聖殿の騎士……!? 嘘、そんな……!」リズは顔を青ざめさせ、即座にタリンを連れて奥の執務室へと走った。
ギルドマスター・イーゴリ(Igor Stone-Crusher)にリョウガの拘束を伝えると、彼は沈黙の後、低く重厚な声で静かに諭した。
「……焦るな、タリン。今の俺たちの戦力では、聖殿に正面から抗うことはできん。だが、あのアラマンドンの英雄をそのまま死なせるわけにはいかんからな。俺の古い知人に、聖殿の内部に通じている者がいる。そいつを通して事態の裏を調査させよう。お前は一度クランハウスに戻って身体を休めておけ」
イーゴリはそう告げると、即座に秘密の魔導書簡(手紙)を執筆し、ギルドの隠密ルートを使って聖殿の内部へと送らせるのだった。
審問の冷たい光がリョウガに迫る中、彼を救うための見えざる戦いが、要塞都市の裏側で静かに始まりつつあった。
第四十四話:聖殿の暗黒牢と、傷を負った魔狼の咆哮
聖殿騎士団(聖なる神殿の戦士たち)は、手首 را 縛り、目隠しをした俺――ハナシ・リョウガを、聖殿の地下深くにある忌々しい「地下牢(地下室)」へと連行した。そこは冷気に満ち、湿り気が肌を刺す暗黒の空間であり、街の誰もその存在すら知らぬ秘密の監獄だった。
銀の騎士たちは俺の衣服をすべて剥ぎ取り、腰に辛うじて巻きつけた一枚の破れた布切れ(ウエストコート)だけの姿にすると、狭く冷たい独房へと放り込んだ。そして、その独房の壁から伸びる太い「鎖(鎖)」を、俺の両手両足へと別々に繋ぎやがった。その鎖のすべてに、強力な【抗マナ(アンチマナ)】の呪式が施されている。
ガチリ、と鎖が固定された後、俺の目隠しが手荒に剥ぎ取られた。
一人の騎士が冷酷に見下ろし、吐き捨てた。「審問官様が来られるまで、そこで己の罪を数えているがいい」
彼らがレバーを引くと、ガリガリと鎖が巻き上げられ、俺の両足が地面から完全に引き離された。全身の全体重が、四方に引っ張られる両手足の鎖だけに容赦なくのしかかる。砕け散ったばかりの骨と筋肉に、裂けるような激痛が走った。
(……チッ、なるほどな。こうして肉体を徹底的に痛めつけ、精神をへし折り、やっていねえ罪を認めさせてから『処刑』の判決を下す気か。上等じゃねえか)
俺は激しい「 怒り(憎悪)」を瞳に宿し、暗闇の奥を睨みつけた。
(生きてここを出る。耐えて、耐え抜いて、俺をこの地獄にハメた奴らのすべてを一人残らず惨殺してやる。誰一人として、この世界から跡形もなく消し去ってやる。……待っていやがれ。お前たちは今、俺の中の『傷を負った魔狼(傷ついたオオカミ)』を完全に目覚めさせたんだ)
それから、何日の時間が流れた。食事も与えられず、面会も許されず、自分が今どういう状況にあるのかすら分からぬまま、俺は暗黒の中でただ耐え続けた。
そして「三日目」のその時、独房の外から静かに近づいてくる足音が響いた。
現れたのは、聖殿の『尋問官(あるいは、法衣を着た修道僧)』だった。彼は冷徹な目を俺に向け、周囲の騎士たちに命じた。
「独房を開けろ。その罪人を下に降ろすのだ」
騎士たちが鎖を緩め、俺の身体が地面へと投げ出された。三日間の拘束と疲弊により、今の俺には自力で直立するだけの体力すら残っていなかった。
聖殿の修道僧は、俺を見下ろし、傲然と言い放った。
「どうだ、悪魔の手先よ。この三日間、己の犯した大罪について深く反省する時間はあったか? 今ここで素直にすべてを告白(白状)するならば、苦痛のない安らかな『死(処刑)』を約束してやろう。だが、もし拒絶し、あるいは偽りを口にするならば、今日からお前の肉体を切り刻む『 拷問(拷問)』を開始する。……さあ、どうする?」
俺は重い頭をゆっくりと持ち上げ、その修道僧の顔を右の魔眼で冷酷に見据えた。
「……お前は、一体どちらの言葉を聞きたいんだ? 『真実(真実)』か、それともお前たちが耳にしたい『都合の良い嘘』か?」
修道僧は不快そうに眉をひそめた。「当然、真実だ。我らは神に仕える正義の使徒であり、ただ『公正(正義)』のみを執行する者なのだからな」
その言葉を耳にした瞬間、俺の喉の奥から、狂暴で大きな嘲笑が溢れ出た。
「ガハハハハハッ!! 『神の使徒』だと!? 『公正』だと!? 笑わせるな。そんな虫酸の走るクソみたいな『 ナンセンス(綺麗事)』は、前の世界でも耳にタコができるほど聞いたぜ……! そんな言葉が通用するのは、何も知らねえ『 バカ(愚か者)』どもだけだ。俺の前で、二度とその汚え口を開くんじゃねえよ」
「……無礼者がっ!!」
修道僧は激昂し、顔を怒りに染めながら、手にした重厚な法力の『魔導の杖(あるいは、木製の重い杖)』を高く振り上げた――。
第四十五話:公開処刑台の魔狼と、民衆の沈黙
激昂した修道僧は、顔を怒りに染めて魔導の杖を高く振り上げると、それを何度も俺――ハナシ・リョウガの頭部へと叩きつけやがった。
「悪魔の手先に神々の呪いあれっ! 不浄なる者を滅ぼせ!」
重々しい打撃音が独房に響き、俺の額から鮮烈な血が流れ落ちて顔面を赤く染めていく。
だが、俺は激痛の中で喉の奥から低く笑い、血に濡れた**己の眼**で修道僧の目を真っ直ぐに、凶暴に見据えた。
「……今日のこの日のことを、一生忘れるなよ」
修道僧は一瞬その殺気に気圧されたが、すぐに冷酷な嘲笑を浮かべた。
「何だと……? 悪魔の手先の分際で、この私を脅迫する気か! フン、お前のような不浄な奴には、もっとふさわしい舞台を用意してやろう。明日、街の中央広場でお前の『公開裁判』を執行する。両手両足を木柱に縛り付け、民衆からの罵声と石を浴びせてやるのだ。それが他の悪魔どもへの見せしめとなるだろう!」
彼はそう言い捨てると、満足げに笑いながら独房を立ち去った。
翌朝、俺は手足を縛られたまま、聖殿の騎士たちによって冷たい地面を引きずられ、中央広場へと連行された。広場の中央には、あらかじめ二本の巨大な木柱(木製の柱)が建てられており、俺の身体は手足をそれぞれの柱に引っ張られる形で、宙に吊るし上げられた。
魔力封じの鎖が食い込み、手首と足首から再び血が滴り落ちる。俺の半裸の身体は、すでに満身創痍だった。
聖殿の兵たちが重々しい戦鼓を打ち鳴らすと、その不穏な音に引き寄せられるように、街の民衆が次々と広場へ集まってきた。
その喧騒の中、リョウガの安否を追い続けていたキングラッド、タリン、エナリルの三人もまた、何が起きたのかと人混みを掻き分けて前線へと急いだ。
正式に三人は、中央で血塗れになって吊るし上げられている俺の姿を目撃し、目玉が飛び出さんばかりに硬直した。
「リョウガ……!?」
タリンは怒りのあまり理性を失い、大斧を引き抜いて今すぐにでも騎士たちへ斬りかかろうとした。しかし、キングラッドがその太い腕を全力で掴み، 必死に抑え込んだ。
「放せ、キングラッド! あいつらがリョウガに何をしやがったか分かってんのか!」
「落ち着け、タリン! 周りを見ろ、聖殿の騎士が何十人も包囲している! 今ここで俺たちが武力を行使すれば、リョウガの『悪魔との共謀』の罪を確定させ、あいつをさらに絶望的な窮地へ追い込むことになる! 今は……耐えて様子を見るしかないんだ……! 俺だって、悔しくて堪らん……!」
キングラッドは悔しさに歯を食いしばり、拳から血がにじむほど強く握りしめていた。エナリルも悲痛な面持ちで涙を堪え、祈るように大壁を見つめていた。
広場に集まった民衆の間で、不穏な囁き声が波のように広がり始めた。
「おい、あれは……あの夜、魔物の大軍から俺たちを救ってくれたあの少年じゃないか?」
「なぜ彼がそんな目に遭っているんだ?」
「まさか、人間に化けて潜入するために、身内の魔物どもを殺した悪魔の化け物なのか……?」
ざわめきが大きくなる中、修道僧が両手を掲げて大声を張り上げた。
「静粛に! 民よ、本日ここに、我がアラマンドン王国に潜入せんとした邪悪なる悪魔の手先を告発する! これより神々の御名において、公正なる裁判を始める! 邪悪を排斥せよ! この不浄なる者に石を投げ、唾を吐きかける者は、すべて神々の正義の道を歩む者である!」
修道僧は民衆が激昂して俺に襲いかかるのを待った。
その時、数人の男たちが「悪魔め! 死ね!」と叫びながら、俺の身体目掛けて激しく石を投げつけた。
民衆が驚いて振り返ると、そこにいたのは、以前ギルドでリョウガに無残に叩きのめされたキライと、その仲間たち(冒険者の一味)だった。彼らは下劣な笑みを浮かべ、復讐の快感に酔いしれながら何度も石を投げつけている。
しかし、他の一般の民衆たちは、一様に俯き、誰一人として石を拾おうとはしなかった。それどころか、多くの者が悲しげに目を背けている。
期待していた大衆の暴動が起きないことに、修道僧は困惑し、怒声を上げた。
「どうしたのだ、お前たち! 悪魔の呪縛にでも囚われたか! なぜ正義の石を投げん!」
すると、民衆の一人が声を張り上げて反論した。
「ふざけるな! 彼は悪魔なんかじゃない! あの夜、命を懸けてこの街を、俺たちの家族を救ってくれた英雄だぞ!!」
その言葉を皮切りに、広場全体から地鳴りのような民衆の抗議の声が沸き起こった。
「そうだ! 彼は俺たちの救世主だ!」「聖殿は間違っている!」
修道僧は顔を青ざめさせ、激昂して怒鳴り散らした。
「黙れ! 静粛にせよ! 奴が有罪か無罪かは、これからの異端審問によって明白となる! 異論は認めん、これより裁判を開始する!!」
怒号と民衆の反発が渦巻く中、魔力封じの枷を嵌められた俺は、冷酷な笑みを崩さぬまま、静かに次の展開を待ち受けていた。




