狼ゲーム 1
「それでは皆様、カードのご確認をお願いします」
雪原を発進していくミニバスを窓から眺めていると、篠宮さんが平坦な口調で言った。
場所は、またしてもラウンジだった。
私たちは円形に並べられた椅子に外側を向いて座っている。お互いの顔は見えない。円形に並べられた椅子は隣の席と三メートルほど離されていて、星海ちゃんと淡雪ちゃんの気配が微かに感じられるばかりだった。
篠宮さんの号に従って、私は配られたカードを裏返す。
そこには羊のイラストが描かれていた。妙にリアリスティックな羊の黒い眼が、次元の壁を跳躍して私を見つめる。
「羊のイラストが描かれているカードをお持ちの方は羊陣営。狼のイラストが描かれているカードをお持ちの方が狼陣営です」
篠宮さんの説明を聞きながら、私は僅かに身を捩った。
正面に見える窓に視線を戻すと、ミニバスのテールライトの灯りが白く飛んだ景色の中に溶けるように消えていくところだった。
安住さんが運転するあのミニバスには『チーム・ゾディアック』の面々が乗っている。敗者として、山を下ろされるのだ。見送られることもなく。あのミニバスの中は、今どうなっているのだろう。会話は弾んでいるのだろうか。
持っていたカードをポケットに押し込みながら、私は細く、細く息を吐いた。なにかを吐き出したつもりだった。
「第二オーディション『狼ゲーム』は、先ほどご説明させていただいた通り、投票によってひとりの追放者を選択していただくゲームです。言うなれば、ワンナイト人狼でございます。ただし、このゲームはいかなる決着をもってしても、勝者は生まれません。ただ、ひとりの敗者が生まれるだけでございます」
「それは――」
うづきちゃんの声が聞こえてきた。
たしか、彼女は私と対角となる位置に座っているはずである。
「つまり、狼を追放してもしなくても、羊陣営に敗北はないということですか?」
「その通りです。ただ、追放されたひとりがオーディションから落選するだけ、ということです。ただし、狼陣営は追放されなかった場合、次の第三オーディションにて多大なアドバンテージを得ることができます」
「アドバンテージ? それはどのような?」
「申し訳ありませんが、具体的なご説明はできかねます」
なるほど。
狼は勝ち残れば第三オーディションでアドバンテージを得られるというメリットを持っている代わりに、この第二オーディションで落とされる可能性が高いというデメリットを抱えているわけだ。
それならば、狼陣営と羊陣営は対等……だろうか。
吊り合いが取れているかどうかに関しては、非常に難しいところだ。
そもそも人狼ゲームは非対称性ゲーム。両陣営の公平性など求めるべくもないのだけど、しかしこれはゲームであっても、そもそもはオーディションだ。オーディションで公平性に欠けるゲームを行うのはどうなのだろう。
「これより議論の時間を設けさせていただきます。制限時間は三十分です。皆様には充分に議論を重ねていただいて、脱落者を決めていただきたく思います。投票はもちろん、最も得票を集めた方が追放となります」
「同数票が複数人いた場合は?」
今度は荊木ちゃんの声が聞こえてきた。
彼女はどこに座っていただろうか……振り向くのはカンニングを疑われそうで躊躇われて、私はじっと自分の膝を見つめていた。
「その場合は投票をやり直させていただきます」
「決選投票ってこと?」
「いいえ。単純に再投票です。同数票になった場合は三十分間の議論からやり直し、皆様六名の中から誰かひとりが選ばれるまで、これを繰り返します」
つまり、だ。
それはつまり、このゲームでは確実に誰かひとりが脱落するということである。おそらく、荊木ちゃんが同数票の裁定の確認をしたのも抜け道を探ってのことだったのだろう。
しかし、ルールに穴はなかった。欠缺はあるが。
このゲーム、全員で通過することはできない仕様になっている。先の『宝箱探しゲーム』でお互いの絆を固めておいて、次の『狼ゲーム』でその絆を引き裂きにかかる設計。このオーディション、なかなかいい性格の人間が企画していると見える。
「また、他者に配られたカードを無理やり奪って確認するのは禁止とさせていただきます。同じように、自らのカードを他者に見せて自らが羊陣営であることを証明する行為も禁止とさせていただきます」
まあ、それはそうだろう。
それができてしまってはゲームにならない。
人狼ゲームとは、誰が人狼であるかがわからないのと同時に誰が羊であるかわからないから成立するゲームだ。プレイヤーが知っているのは、自分の陣営だけ。例外として、狼だけは他のプレイヤーの陣営も知ることができる。
私は羊陣営だから、わかるのは自分の陣営が羊であることだけ。
はたして、これはアタリの陣営なのだろうか。
有利なのか不利なのか。
数の上では多数派だが、ゲームシステム的には狼の方が有利という風にも考えられる。勝利時のリターンも、羊陣営にメリットはないが狼陣営なら勝つ意味がある。
「そもそも、狼さんって何人いるのでしょうか?」
と、そんなことを訊いたのはカレンちゃんの声だった。
私はハッとする。
そうだ。狼がひとりとは限らない。ふたりいてもおかしくはないし、これは『狼ゲーム』であって人狼ゲームではないのだから、過半数以上の狼がいてもおかしくはない。あるいは、私以外全員が狼だったら、このゲーム、私の必敗だ。
人狼ゲームは人狼が村人のふりをするものだが、『狼ゲーム』は羊が狼のふりをしなければならないのかもしれない。
ひとりだけを追放するというゲーム性上、狼はひとりだと思っていたが、それは勝手な思い込みというもので、狼が複数人いるとしたなら、羊を引いた時点で明確にその陣営はハズレとなる。
バッドラック、だろうか。
という私の思考はさすがに杞憂というものだったようで、篠宮さんは平板に、
「狼陣営はひとりです」
と答えた。
その言葉に、私はこっそりと安堵の息を漏らす。
「ひとりだったとしても、狼陣営が強すぎると思うのだけど」
淡雪ちゃんが言った。
少し不満そうな色がその声に溶けているのは、彼女が羊陣営だからだろうか。それとも、そういう演技をしているからだろうか。
「だって、狼も羊もプレイする要素は投票しかない。つまり、狼と羊を見分ける方法が存在しない。狼を見つけることなんて実質的に不可能じゃ……それに、狼にだけ勝ったときにメリットがあるし……」
「その通りです。このゲームは狼が強い。そのことは我々運営も把握しております」
篠宮さんは当たり前のように肯定してみせた。
そして、当たり前を説くように、言う。
「しかし、あえて厳しい言葉を遣わせていただくなら、そんなことは当然だと当社は考えています。世の中は不平等で不公平です。そんな『世の中』で愛されていくタレントとは、不平等を跳ね退ける才能を持つ人間か、不平等に利益を享受するツキのある人間か、そのどちらかです」
運も実力の内、ということだろうか。
狼が圧倒的に有利だとしても、その有利な陣営のカードを六分の一で引き当てた人間をこそ、株式会社Pr@yerは欲しているということなのだろう。
だとすると、この羊のカードも恣意的に配られたわけではなさそうだ。篠宮さんが事前にシャッフルして、ランダムに配ったのだろう。
そう理解すると、多少は納得できる。
ただ不遇に不利な陣営を押し付けられたのではなく、ただの運によって、天命によって羊を選ばされたのだとしたら、私は所詮その程度の器だったということなのだろうと、それを甘んじて受け入れることができる。
不遇を享受できる……私は。
淡雪ちゃんは、あまり納得したような気配をしていなかった。それが見なくてもわかってしまうくらい、彼女からは不満そうな空気が伝わってくる。どうしても気になって彼女の方をちらっと見ると、淡雪ちゃんは俯いて、大きなお腹を見つめていた。
勝たなければならない理由がある、彼女には。
それでも最年長として不平を飲み込んだ淡雪ちゃんを、篠宮さんは無視するようにして説明を続ける。
「投票はおひとりにつき一票です。追放したいプレイヤーのタレント名を書き、無記名での投票をお願いいたします」
「無記名ってなんですか?」
星海ちゃんが手を挙げた気配がした。
嘘だろ。
私も別に頭のいい高校生ではなかったし、むしろ悪かったくらいだけど、無記名投票くらいは知っていた、はずだ。高校生である彼女がまだ十八歳に達していないなら、政治に関する投票経験がないというのも納得ではあるけど、生徒会選挙とか無記名アンケートとか、どこかしらで無記名という単語を耳にした経験はあると思うのだが……。
「投票用紙にご自身の名前をお書きにならないでくださいということです」
篠宮さんは慇懃に、別段侮った様子もなく、淡々と答える。
そのどこまでも徹した無感情さには、もはやプロフェッショナルを感じた。
「名前書かなくていいの? なんで?」
「その必要があるから、とだけ」
篠宮さんは短くあしらう。
ちらっと星海ちゃんの方を見ると、つまらなそうに唇を尖らせて脚を伸ばしていた。
「投票用紙は廊下でお渡しします。女の勘で狼を看破なさった方からこのラウンジをお出になり、投票なさってください。一度ラウンジを出てしまわれた方は再びラウンジに戻ることはできなくなるのでご注意を」
女の勘。
そんなものが存在するのかは知らないが、もしもそんな非科学的というか疑似科学的なものがこの科学全盛のこの時代に存在するのだとしたら、なるほどたしかに、オーディションで計るに相応しい能力だ。
VTuberは最先端のタレント業。流行の波を読み切れてこそ務まる。
「投票は必ずひとり一票行っていただきます。無投票や白票は受け付けいたしません。もし致し方ない事情により投票そのものが不可能と相成った場合、代理を立てて投票していただくことが可能となります」
「致し方ない事情?」
「たとえば、怪我など。もちろん、暴力や略奪、その他犯罪行為に該当する行為の一切は禁止となりますが」
それは当たり前だ。
と思ったが、ふと気付いたことがあったので私は口を開いた。
「そういえば、禁止行為をしたプレイヤーがいた場合、その人はどうなるんですか?」
「脱落となります。具体的には、その方を失格処分としたあと、ゲームを続行します」
「……つまり、反則で脱落した人がいたとしても、投票でひとりを追放するまでゲームは終わらないと」
「その通りです」
こういう類のゲームでの裏ワザとして、他者にルールを犯させて脱落させるという攻略法があるけど、今回の『狼ゲーム』ではそれは使えないらしい。いや、使えるのかもしれないけど、それでは終わらないらしい。
必ず私たちの手で、他の誰でもない私たちの意思で、誰かを蹴落とさなければならない。
誰かを選んで、選外にしなければならない。
そんな当たり前の事実が、たぶん私はまだ完全には理解できていなくて、そしてじわじわと理解し始めていて、その差し迫るような感覚が、胸の端っこをゆっくりと腐らせていっているような気がする。
数秒の沈黙のあと、重く響く鐘のような音がラウンジを支配した。
壁に飾られた時計の音だ。十七時になったということだろう。その音に被せるようにして、篠宮さんは言った。
「それでは、これより三十分の議論をスタートします」




