宝箱探しゲーム 6
「なるほど、実に面白い発想ですね。さすがは『チーム・ウラノメトリア』の皆様でございます。ひと捻り必要なこの『宝箱探しゲーム』で、まさかふた捻り加えてくるとは。感服いたしました」
というのが、私たちの解答を見た篠宮さんの第一声だった。
相も変わらず仰々しいというか、恭しすぎて逆に馬鹿にされているような気分にさせられる慇懃無礼さである。
場所は二階の廊下。シャンデリアの真下。
そこで背中に定規でも入っているのかと思わされるほどにピシッと直立していた篠宮さんに、私たちはカレンちゃん提案の解答を提示していた。ちなみにその解答とは、折り畳まれていた段ボールを再度組み立て直して箱状に戻した、つまりただの段ボール箱である。
私たちはこれを宝箱だと言い張ることにした。
もちろん、なんの捻りもなくそんなことを主張しているわけではない。
私たちが提示したのは段ボール箱だけではない。もうひとつ、玄関に飾ってあったタヌキの信楽焼も一緒に提出した。
なにも入っていない段ボール箱、つまり『空箱』と、タヌキ、つまり『た抜き』を合わせて『宝箱』とするという、一休さん的なトンチ解答。これはまあ、私の頭では何十年懸けても出てこないであろうという、実にアクロバットな解答である。
柔軟というか変則的というか、シンプルに卑怯な思考の転換だ。
いや、私にできなかった思考の転換だからといって卑怯呼ばわりするのは、ただでさえ矮小な身の上をさらに小さくするだけなので飲み下すとして、今はただ、この軽業的な思考にいとも容易く至ったカレンちゃんを賞賛しよう。
ちなみに、私の背丈ほどもあるタヌキの信楽焼は一〇〇キロ近い重さがあり、到底女子の細腕で持てるものではなかったので、玄関からここ二階の廊下に運ぶにあたって、淡雪さんを除く五人全員で持つ必要があった。
それでも一人換算二〇キロ持つことになるのだから、女の腕には重労働だ。チームプレーとは、なるほどこれのことを言っていたのかと納得させられるものがあった。
そうこうして、そうまでして私たちはこのような解答に至ったわけだが、篠宮さんはその細い指を顎に当てながら、「しかし」と口を開いた。
「少々無茶があるように思えます。具体的にはプロセスが逆なのでは? タヌキの置物たしかに『宝箱』を『空箱』にすることは可能ですが、しかし、『空箱』を『宝箱』にすることは不可能ではないでしょうか?」
真っ当な反論が飛んできて、私たちは鼻白む。
いや、鼻白んだのはカレンちゃんを除く五人だった。カレンちゃんだけはまだ、飄々としている。
「つまり、この段ボール箱はただの『空箱』だと?」
「はい」
「ならば、これでどうでしょう?」
と言って、カレンちゃんはタヌキの信楽焼を蹴った。
蹴ったというか、厳密には足を添えて押したと表現するべきだろう。短いスカートでそんなことをしたらライムグリーンのパンツが見えてしまう、という苦言に関しては、ここには女しかいないから目を瞑るとしても、縁起物を足蹴にするとは何事だ、くらいのことは言ってもよかったかもしれない。
言っても遅かったに違いないが。
信楽焼はぐらりと重心を崩して、ゆっくりと倒れていった。私たちはそれを呆然と見ていた。数十秒にも思えた一瞬の後に、信楽焼は地面に叩きつけられて、自重で砕けた。
淡雪さんが短い悲鳴を上げる。
「……なにしてんの?」
誰もが唖然と言葉を失う中で、カレンちゃんを除いて一番冷静さを保っていたのは、荊木ちゃんだった。
彼女は気の狂った人を見るような訝しげな視線をカレンちゃんに向ける。
「見ての通りですが? タヌキがある状態で『空箱』なら、タヌキがなくなれば『宝箱』でしょう?」
「調度品は壊しちゃいけないってルールがあるでしょ」
「やだなー、ありませんよそんなルール。人の話はちゃんと聞かなきゃダメですよ、アザミさん。さては契約書をちゃんと読まないタイプの人ですね? わたしのようにちゃんと端々まで気を配って生きていかないとあとで後悔することになりますよ。館の調度品を壊してはいけないなんてルールはありません。壊したら罰金というペナルティが課されるだけです。ですよね?」
そんな牢屋に入れば盗みを働いてもいい、みたいな理論が罷り通っていいのかと思ったが、そこはどうやら問題ないようだった。
問題があるのは、果たしてこの段ボール箱が宝箱として認められるのか、だ。
タヌキの置物があろうがなかろうが、この段ボール箱がただの段ボール箱であることに変わりはない。ここまでしてこれが宝箱だと認められなかったら、ただ罰金を科されただけになってしまうが……。
「……いいでしょう。皆様の柔軟な発想に敬意を表して、この空箱を宝箱として認めます」
と、篠宮さんは言った。
皆様と言われても、こればっかりは一から十までカレンちゃんの手柄なのだけど、ここですべての手柄を自分のものだと主張し始めるほど、カレンちゃんは傲慢な性格でも面倒な性格でもなかった。
……いや、彼女は傲慢な性格でも面倒な性格でもあるのだけど、とにかく、ここでは沈黙を貫いてくれた。
「おめでとうございます、『チーム・ウラノメトリア』の皆様。たしかに宝箱の提出を確認いたしました。よって、第一オーディション『宝箱探しゲーム』は『チーム・ウラノメトリア』の勝利と相成ります」
「やったー」
星海ちゃんが快哉を叫んだ。
拳を突き上げて喜びを表現するその様は、若いというよりは幼く、どころか少年のようですらあるけど、ならば女らしい喜び方をしてみろと言われても私にはできないので、苦言は呈すまい。
私の心にも、一滴の安堵の感触があった。
それは色のない心の水面に落ちて、波紋を広げていく。
勝った。
勝ち残った。勝ち残ってしまった。
どちらだろうか。私は勝ち残ったことを喜ぶべきか、惜しむべきか。
デビューに一歩近づいたということは、デビューに一歩近づいてしまったという意味でもある。そんな当たり前の事実が、私と星海ちゃんの間に転がっている。他のみんなとの間にも同様に。
「やったね、うちな」
星海ちゃんにハイタッチを求められる。
私は「うん」とかテキトウな返事をしながら、両手を掲げてそれに応じた。打ち合わされた掌に残る甘い痺れのような感触が、私の内側に残留する。
「お手柄ですね、カレンさん」
「そうでしょう、そうでしょう。利口とはそれ、すなわちわたしのことを指す言葉ですから。現代に生まれ直した一休宗純と恋慕われるわたしです。子供の頃は千菊丸と呼ばれていました。楽園に生る知恵の実とは、私の乳房の暗喩であるとする説もあるくらいです」
「ねぇよ、そんな説」
「おや、嫉妬ですか、アザミさん。それはわたしの頭脳に対する嫉み? それとも乳房に対する妬み? どちらにしろ、女の嫉妬ほど悪辣なものはありませんよ。男の嫉妬ほど醜いものがないように」
「馬鹿も休み休み死んで」
楽しそうに会話しているうづきちゃんとカレンちゃん、荊木ちゃんを尻目に、私は淡雪さんに近づく。
淡雪さんは少し疲れたような表情をしていた。
無理もない。
大きなお腹で、階段を何度も上り下りしたのだから。よく聞く『ひとりの身体じゃない』という言葉は、メンタルな話に収まらず物理的な重さも伴う。
「淡雪さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけ。それよりも、うちなちゃん、なにか忘れてない?」
「忘れてること、ですか?」
心辺りが多すぎて、逆に心当たりがない。
どんなことでも心太のように抜けていってしまう私の脳みそだ。公式をひとつ覚えるたびに英単語をひとつ忘れてしまうのは、きっと私だけではないだろう。
「すみません、私、なにを忘れちゃったんでしったけ?」
そのセリフだけ切り取ったら、なんとも間抜けな言葉である。
そんな残念な私に、淡雪さんは答えた。
「敬語、やめてって話したでしょ?」
「ああ、そういえば……そんな話をしてましたね」
その会話の途中で『宝箱探しゲーム』が始まってしまったので、すっかり忘れていた。
敬語。
繰り返しになるが、歳上にタメ口を遣うのは並々ならぬ勇気がいる。
ただ、もうそんな甘ったれたことも言っていられないのかもしれない。第一オーディションを生き抜いてしまった私は、VTuberデビューに一歩近づいたということだ。ならば、同期に対して敬語を遣っている場合ではない。
「じゃあ、えっと……淡雪ちゃん、で、いい?」
「ええ、もちろん」
淡雪ちゃんのその言葉を聞きながら、私は背中から突き飛ばされて前のめりにつんのめった。いや、突き飛ばされたのではない。抱き着かれたのだ。
体温の温もりと、柔らかな双丘の感触が背中を支配する。
「じゃあ、星海のことも那由多って呼んでよ」
下手人は星海ちゃんだった。
金髪が項を擽り、吐息が耳に触れる。そしてなにより、ミルクチョコレートのように甘ったるい声に、私の鼓膜が心地好い麻痺を覚える。
「ちょ……抱き着く必要ないでしょ」
「えー、必要あるよ。なんか、うちなって抱きしめたくなる形状してるんだよね」
「形状って言うな。私の身体はそんな抱き枕みたいなデザインされてない」
「たしかに抱き枕としてはちょっと微妙かな? 抱き心地がそんなによくない。ちょっと肉が足りないからじゃない? ちゃんとご飯食べてる?」
「それ、セクハラね」
星海ちゃんを引き剥がす。
実際のところ、彼女に抱き締められるのは気分としては悪くなかったのだけど、乳房の感触や吐息の熱で脳がやられてしまいそうだったので、そうせざるを得なかった。まったく罪な女だ。
「そういえば――ひとつよろしいですか、篠宮さん」
と、うづきちゃん。
「なんでしょう?」
「調度品を破壊した場合、たしか賠償が発生するのでしたよね? では、この信楽焼で発生した賠償金はいかほどなのですか?」
「ざっと百万円です」
篠宮さんはさらっと答えた。
ひゃ、百万円⁉
なんて、そんなベタな反応をする人間はこの場にはいなかったが、全員が目を丸めて絶句したことには間違いない。
そんなにするのか、このタヌキ。
「実際には百万と少しするのですが、少し早めのデビュー祝いということで、端数は私の裁量で切り捨てさせていただきました」
それはなかなかの温情だ。
でも、せっかくかなら百万の位を切り捨てて、ゼロにしてほしかった。
「百万円ですか。なるほど。それはそれは……わたくしにはとても払えませんが、しかし、現代に生まれ直した一休宗純にはなんてことない額でしょうね。皆さん、わたくしたちのために業を背負って逝ったカレンさんに黙祷を捧げましょう」
「やだなー、流流ちゃん。わたしは皆さんのためにタヌキを壊したんですよ? つまり、これは皆の責任。賠償は皆で折半して支払うべきです。ひとりは皆のために、皆はひとりのために。むしろ、わたし以外の皆さんがわたしのために賠償を払うべきとさえ言えます」
「言えるか。死ぬならひとりで死ね」
「死にません、ひとりでは。アザミさん、あの桃園で交わした杯をお忘れですか? わたしたち、生まれたときは違えども死ぬときは一緒と誓ったではありませんか。姉妹の契りを破るのは信義則に反しますよ」
「ない契りを捏造するな。お忘れどころか、あんたとウチは今日が初対面だわ」
荊木ちゃんが虫を払うような仕草をした。
しかし、そこに冷たさはない。彼女は内心なにを考えているのか、うづきちゃんにちらりと目配せをした。
「まあ、そうですね。さすがに今のは冗談です。カレンさんの機転のお陰でわたくしたちは第一オーディションを突破できたわけですから、百万の借金に関しては、六人全員で折半しましょう」
「でも、百万って六じゃ割れなくない?」
「そうですね……こういう水平思考があります。難破した船の上、水夫が三人、残った食料はリンゴ二個。さて、リンゴを平等に分けるには、ナイフをどう使えばいいでしょう?」
「それ、ひとり殺すやつじゃん」
せっかくここまでひとりも死なずにやってきたというのに、ここでいきなりデスゲーム設定を復活させるのは勘弁してほしい。
さすがに冗談だったようで、うづきちゃんも唇に指を当てて考えるようにした。
百万を六等分できない私たちは、しばし沈黙する。
簡単な算数の問題だ。百万は六で割り切れない。だから、端から六等分はできない。
ただ、等分じゃなくていいなら幾らでもやりようはある。誰かが多めに払うと言えば、それで話は決着がつくのだ。ただし倫理上の問題で、多めに払う役割はそれを行う本人が自分から立候補する必要がある。
つまり、そういう意味での沈黙だった。
「そのご相談は、第二オーディションを終えてからなさってはいかがでしょう」
沈黙の禁を破ったのは、篠宮さんだった。
そういえば安住さんはどこにいるのだろう、なんて思考が過って、消えていった。
第二オーディション?
言われてもみれば、『宝箱探しゲーム』が第一オーディションだったのだから、第二があるのは考えるまでもなく当たり前のことだったのだけど、どうしてか、私はそのことを忘れていた。
いや。
どうしてか、なんていかにも私らしい、白々しい思考だった。
その考えから逃げていただけだ。
私は蹴落とさなければならない。今、僅かでもこうして絆を育んだ彼女たちを。
そんな当たり前の事実から、目を逸らしていた。
目を逸らしても、事実は事実としていつか直面しなければならないのに。
「第二オーディション『狼ゲーム』は、投票によって皆様の中からひとりの脱落者を決めていただくゲームとなります」
百万を六等分することはできなくても、五等分ならできるでしょう。
篠宮さんは大仰でもなく、慇懃でもなく、どこまでも平坦な荒野を思わせる口調でそう言った。のっぺりと。




