宝箱探しゲーム 5
結論から言って、宝箱はどこにも見つからなかった。
私が捜索したキッチンには、キッチンにあってもおかしくないものが置いてあるだけで、特筆すべき物といえば、冷蔵庫の隙間に畳まれた段ボールが収納されていたくらいだ。つまり、冷蔵庫の隙間まで確認したが、それらしき物はなかったということである。
全員が空振りだった。
それはとりもなおさず、一時間を無駄にしていしまったという意味でもある。
「さて、岐路ですね」
うづきちゃんが呟いた。
私たちは全員、ラウンジのソファに腰を下ろしている。私はやはり端っこに座っていて、隣は星海ちゃんだった。目に痛いほどの金髪は、いつの間にかポニーテールからカントリスタイルのツインテールに変わっている。カレンちゃんと髪型が被っているから変えた、らしい。
その星海ちゃんが首を捻った。
「キロ?」
「分かれ道という意味です。つまり、これからもう一時間無暗に捜索するか、ここで頭を働かせて宝箱の在処を頭で見つけるかの二択」
「えー、星海、もう疲れちゃったー」
一人称が自分の苗字な星海ちゃんは、そう言って背もたれに背中をぐでんと預けた。その際、彼女と私の肘が擦れ合う。私はこっそりと肩を跳ねさせた。
「まあ、一旦の休憩も兼ねて、アイスブレイク的に頭を働かせるタームに入ってもいいかもしれませんね」
「頭を働かせるって言っても、じゃあ、どうするっての? どこにあるかも、どんななにかもわからない物をノーヒントで見つけ出すのは不可能でしょ」
荊木ちゃんが尖った声音で言う。
その口吻から攻撃性を感じ取ってしまうのは、私の臆病な性格がそうさせるのだろうか。
「そんなふうに考えていた時期がわたくしにもありました。しかし、考えてもみればおかしいではありませんか」
「……なにが?」
「このゲームそのものが、です」
劇場型の話しをする人だな、と思った。大仰な身振りや特徴的な喋り方をしているわけではないのに、人の注意を大きく惹きつける話術を持っている。
私にもそれがあったなら、人生が少しは変わるのだろうか。
そんな益のない思考が、心の片隅にぽつんと宿った。
「この『宝箱探しゲーム』はオーディションなんですよ? それがただの宝探しで終わるわけがありません。なにかひと捻りあると見るべきでしょう」
「ひと捻りって、たとえばどんな?」
「それを今から考えましょうと言っているんです。たとえば……案その一、見付けるべきものが宝物ではなく宝箱ということは、畢竟、宝箱がありそうな場所を探せということ。RPGなどでは、宝箱は隠し部屋にあるものですよね?」
「……この館に隠し部屋があるってこと?」
「かもしれないということです」
一発目の案にしては、かなり真に迫ったものが出てきた。
たしかに、後付けのようで味が悪いが、私もゲーム名が『宝探し』ではなく『宝箱探し』であることには疑問を抱いていたのだ。
しかし、そんな疑問もうづきちゃんの案を採用すれば解決する。
宝箱という単語そのものが隠し部屋の存在を示唆しているという構造の謎解きならば、ゲーム名は『宝箱探しゲーム』でなければならない理由足り得る。
宝箱があるということは、宝箱を隠すための隠し部屋があるということ。
かなり飛躍した推理ではあるが、面白くもある。
しかし、その推理に首を振る者がいた。
淡雪さんである。
「残念だけど、隠し部屋はないと思うわ」
「どうしてですか?」
うづきちゃんが、声に細波を立てて問い返す。
「私もその可能性を考慮して屋敷中の壁を叩いて回ったんだけど、それらしい空間はどこにもなかったの」
なかなかアグレッシブな妊婦だ。
生憎その現場に居合わせなかったが、お腹を大きくした女性が壁をゴンゴンと叩いて回っている状況を想像して私は青くなった。その場に居合わせなくてよかった。もしその状況を目撃したら、妊娠による精神異常を疑っていたところだ。
「はえー、壁を叩いて回ったんですか? 朋絵さんって、変人さんなんですねー」
カレンちゃんが両手の指を揃えながら言う。
「いや、だって……ほら、こんないかにもな館に招かれたら、隠し部屋の存在を疑ってみたくなるものじゃない。館シリーズとか、読んだことあるでしょ?」
「やだなー、朋絵さん。歩く万国博覧会と呼ばれたわたしですよ? 綾辻行人くらいもちろん読んでます。でも、それはそれこれはこれ。フィクションと現実をごっちゃにしたりはしませんよ。絡繰り屋敷なんて、そうそうあるわけないじゃないですか。ないじゃないじゃないですか。お子様ですね、朋絵さん」
余計な十言くらいを言ったカレンちゃんは、頬を引き攣らせる淡雪さんに邪気のない笑顔を向ける。それは本当に、子供のように無邪気な笑みだった。
悪気はないのかもしれない。
悪気がないのが一番悪いという話はあるが。
「まあ、絡繰り屋敷は冗談にもならないですが、客室の名前が全て十二星座モチーフだったのは気になりますね。わたしたちのチーム名は『ウラノメトリア』、敵さんのチーム名は『ゾディアック』――どちらも星座関連の単語です」
「ウラノメトリアって、世界初の全天星図書だっけ? ドイツかどっかの」
「おや、アザミさんにしてはよく知ってますね」
「……ウチ、なんであんたに侮られてるんだっけ?」
荊木ちゃんも頬を歪に拉げる。
その様子が面白くて、私は表情に出かかった笑みをこっそりと腹の底に叩き落とした。
「ちなみに、ゾディアックとは十二星座そのもののことですね。その点で言うならば、こちらのチームは敵さんのチームを完全に包含しているということになるのでしょうか? はい。さすがわたしの属するチームですね」
「自己肯定感の化け物か、あんたは」
「自分を肯定できない人間に誰かを肯定する資格はありませんから。弁えてください、アザミさん。あなたのそういう思慮に欠けた発言が、いたずらにわたしさんの品位を貶めているのですから」
「あんたの品位を貶めてるのはあんた自身」
バチバチの殴り合いみたいな会話が目の前で展開されている。
とても初対面の会話とは思えない。
仲がよろしいようで喜ばしい限りだが、こうしている間にも敵チームは着々と探索を続けているのだと思うと、まったりしてもいられない。今は宝箱を探すための作戦会議の時間であって、親睦を深める時間ではないのだから。
(親睦……チームプレー)
篠宮さんの最後の言葉が気にかかる。
皆様の良きチームプレーを。
わざわざ最後にその言葉を言い残したということはそこになにか攻略の鍵があるのではないだろうか――そんな風に勘繰ってしまうのは、フィクションと現実の区別が付いていないせいかもしれない。
「でも、たしかに星座に関してはなにかありそうですね。各自の部屋の名前くらいは教え合ってもいいかもしれません。他に議論することも思い浮かばないですしおすし。わたくしの部屋は『Cancer』――蟹座でした。皆さんは?」
「『Aries』――牡羊座」
うづきちゃんが問うて、荊木ちゃんが答える。
荊木ちゃんに牡羊座というのは、はっきり言って不釣り合いだと思った。言わないけど。
荊木ちゃんは名前負けしないくらい刺々した雰囲気を持っている女の子で、もこもこの羊とは対照的な性格だ。羊という単語から抱く無垢で無害なイメージも彼女とは縁遠い。強いて言うならカフスの色が金だが、それはただの偶然の一致だろう。
生娘の私に乙女座の部屋が、双子の母である淡雪さんに双子座の部屋が割り当てられていたので、本人と関係のある部屋を割り当てられているのかもしれないと勝手に推理していたが、どうやらそれは関係ないらしい。
「あたしは『Gemini』――双子座ね」
「あ、私は『Virgo』の乙女座」
淡雪さんに乗っかるようにして、私も部屋の名前を答えた。
蟹座、牡羊座、双子座、乙女座。
十二星座の円環を思い浮かべて、列挙された星座を埋めていく。
「わたしの部屋は『Taurus』です。言わずと知れた牡牛座ですね。豊穣の象徴とされる星座です。ナイスバディなわたしに最適な星と言えるでしょう」
カレンちゃんはそんな妄言を口にして、グラビアアイドルみたいなポーズを取った。Tシャツの襟から望む谷間に視線が吸い寄せられてしまった自分に、最大限の不覚を感じる。
私がカレンちゃんの谷間に視線を奪われていると、矢庭に脇腹をツンツンとつつかれた。
「ひゃんっ」
不細工な喘ぎ声が口から零れる。
下手人は星海ちゃんだった。彼女は私の初心っぽい反応に大爆笑している。特徴的な引き笑いだった。そんな引き笑いも、彼女の甘い声帯を通して私の脳を蕩かす。
「ひっひっひ……『ひゃんっ』だって。かわいい」
「お、大人を揶揄うんじゃありません」
「うちなって大人なの?」
下の名前で呼び捨て。
距離感の詰め方が若い……。
「二十歳だから、もう大人だよ」
「えー、見えなーい」
「……なんか腹立つな」
「ひっひっひ。冗談冗談。ね、じゃあ、大人ならちょっと教えてよ。星海、星座とかわかんないし。これ何座?」
言いながら、星海ちゃんは制服の胸ポケットからカードキーを取り出して私に差し向けた。それを黙って受け取る。
受け取ったカードキーには、まだほんのりと熱が残っていた。私は仄かに残留する彼女の体温にドギマギしながら、カードキーを裏返す。そこには金の装飾文字で『Leo』と書いてあった。
「レオ……獅子座だね」
「獅子座? マジ? アタリじゃん」
「ハズレがあるの?」
「ハズレはないけど。でも、獅子座はTier1じゃない?」
まあ、言いたいことはわかる。
獅子座はたしかにアタリだし、もっと言うと、十二星座には蟹座というハズレが存在している。大英雄ヘラクレスに片手間に踏み潰されただけ、という悲しい逸話を持つ蟹座のキャンサー。聖闘士星矢でも大して活躍しなかったことでお馴染みだ。
そんな蟹座の部屋を割り当てられたうづきちゃんが、「となると」と、唇をチロッと舐めて湿らせた。
「チーム分けの法則が見えてきますね。牡羊座、牡牛座、双子座、蟹座、獅子座、乙女座は連続した並びの星座ですから。つまり、春分点を基準に十二星座に番号を振って、一から六番をAチーム、七から十二番をBチームとしたんでしょう」
「あまり宝箱の謎とは関係なさそうね」
淡雪さんが嘆息交じりに呟く。
どうやら徒爾な議論をしてしまったらしい。時間を無駄にしてしまったことを認めるのは容易いことではないけど、いつまでもあるかもわからない攻略法に拘泥して時間を浪費するわけにはいかない。
「やっぱり、館の中をくまなく探すしかないのかな」
「こうして議論している今もゲーム終了の告知がないということは、探せば見つかるというわけでもないと思いますけど。桧山さん、冷蔵庫の中はちゃんと見ました?」
「冷蔵庫の隙間まで見たよ。折り畳まれた段ボールがあった」
「えっ⁉」
と。
そんなひょんなタイミングで叫声を上げたのはカレンちゃんだった。鳩が豆鉄砲を食ったような反応だった。
「段ボールがあったんですか?」
「え、うん」
私は頷く。
段ボールはあった。というか、段ボールなんてどこにでもある。
段ボールなんて見慣れすぎて、もはや風景の一部でしかないくらいの物体だ。だから、私はその存在に今の今まで言及していなかったし、なんなら私自身もその存在を忘れかけていたくらいなのだが、どうやらそれは私の大きなミスだったらしい。
ビッグミステイクだった、らしい。
言い訳をさせてもらえるなら。
まさか、なんの変哲もないただの段ボールが、この『宝箱探しゲーム』において重要なピースを担っているなんて――そんな頓狂な可能性、キッチンの捜索を担当したのが私でなかったとしても思い付きはしなかったのではないだろうか。
いや、それこそ言い訳だ。みっともない言い訳だ。
だって、現にカレンちゃんはその解答に辿り着いていたのだから。この館に段ボールが存在することを知る前から、段ボールさえあればこのゲームを攻略できるのに、と。
「やだなー、うちなさん。どうして段ボールの存在を隠していたんですか? まさか、わたしたちに内緒で単独でゲームをクリアして名声を得ようとでも? 卑しいですね。恥を知るべきです。日本人たるもの、貞淑を美徳としなければなりませんよ。貞淑が服を着て歩いていると渾名されたわたしを見習ってください。見て倣ってください」
「まさか……わかったの? どこに宝箱が隠してあるのか」
それは本当に『まさか』だった。
これを失礼と捉えるのか、それとも身から出た錆と捉えるのかは人によって解釈が異なるところではあると思うけど、まさか、この六人の中で最初に宝箱の謎を解くのがカレンちゃんだとは思わなかった。
カレンちゃんではないだろう、とすら思っていた。
しかしそれは恥ずべき偏見というものだったようで、見事謎を解き明かした名探偵は、揚々頷きながら答えた。
「はい。わたしには最初からすべてわかっていました」




