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箱庭のテラフォーミング【マーク編】 心折れた農学者が、もう一度土を掴むまで  作者: 大神みや


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10/12

第10話 死ぬなよ

そこからの出来事は、マ・カレシュの歴史に刻まれる暴挙となった。


バシール親方に巨大な鉄のノミを発注した。


工房の鍛冶屋たちが、昼夜を問わず鉄を打った。


「おい、マーク。こんなデカいノミ、何に使うんだ」


「岩盤を砕く」


「……正気か」


「正気じゃねえよ。だからやるんだ」


旧市街の住民を動かしたのは、俺の人脈だった。


ミードの借り。火酒の借り。酒で繋いだ信用が、ここで効いた。


「マークの旦那が言うんなら、まあ、手ぇ貸してやるか」


屋台の親父がそう言って、仲間を連れてきた。


水を牛耳る商人たちからの圧力もあった。


だが、俺たちの酒を愛する職人たちが、鉄パイプを握ってカイの背中を守り抜いた。


俺は何もしていない。


ただ裏から人を繋ぎ、酒の借りがある連中を動かしただけだ。


泥にまみれて、汗を流して、岩盤に鉄を叩きつけ続けたのは、全部カイだった。


そして——水が、噴き出した。


俺が2年間、届かなかった水だ。


マ・カレシュの大地が濡れていく。


噴き上がる水柱を浴びて狂喜する住民たちの歓声が、旧市街の路地裏まで響いてくる。


その奇跡の中心で、泥まみれで笑っているカイの姿を、俺は工房の影から静かに見つめていた。


あいつがやった。


俺が2年かけて設計し、証明できず、届かなかった水を、あいつはスコップ1本の信念で掘り当てた。


悔しくないと言えば嘘になる。


だが、それ以上に——


胸の奥が、熱かった。


水を掘り当てた数日後。


実績を認められた俺は、マ・カレシュの環境顧問に就任した。


左腕に新しいデバイスが嵌められた。今度は教科書通りじゃない。この街の、やり方でやる。


そしてカイが言った。


「俺は、南へカオルを探しに行きます」


テウマ峠を越えて、南へ。


あの黒髪の嬢ちゃんを追いかけるのだ。


「自分の足で確かめる」


カイはそう言って、泥だらけのブーツの紐を結び直していた。


バシールの廃車置場には、俺が修理させていたボロトラックが残っている。


だがカイはそれを使おうとしなかった。


その背中を見送りながら、俺の喉元まで言葉がせり上がっていた。


——気をつけろ。あいつらはお前を見ているぞ。


お前の努力を、数字にして、値段をつけて、飽きたら捨てる。


俺がそうされたように。


言えば、こいつは知ってしまう。


自分の汗が誰かの娯楽として消費されていることを。


その真実を知った時に何が起きるか、俺は自分の身体で知っている。


折れるのだ。完全に。


こいつは俺とは違う。


俺が折れた場所を、こいつは踏み越えていける。


余計な真実を知らせて、あの真っ直ぐな目を曇らせたくなかった。


「……死ぬなよ」


それだけ言った。


カイは振り返り、一瞬驚いたように目を見張った。


それから笑った。


「行ってきます、マークさん」


陽炎の立つ砂漠へ、1歩ずつ歩いていく後姿が小さくなっていく。


俺はその背中が地平線に消えるまで、工房の影から動かなかった。


数ヶ月が経った。


少しずつ、本当に少しずつだが、マ・カレシュの茶色い大地に緑が戻り始めていた。


化石水と共に噴き出した天然ガスで街灯が灯り、旧市街の暗い路地にも明かりが点るようになった。


部屋の片隅、クロエを見つめる。


黒く焦げていた葉の端から、小さな、だが確かな新芽が顔を覗かせていた。


「クロエ。もう少しだけ、待っててくれ」


樹皮にそっと触れる。


何を待っているのか、自分でもわからなかった。


だが、何かが来る予感だけが、胸の奥にあった。

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