9話 初の握手会 CDリリースイベント
ついにデビューCDが完成した。
そして俺たちはCDのリリースイベントをすることになった。ビラを配って路上ライブをするだけでなく、今回は握手会をするのだ。
普通ならCDを買ってくれた人だけと握手をするのだが、俺たちはまだまだファンの数が少ないので、集まってくれた人全てと握手をすることに佐々木プロデューサーが決めた。
問題は、俺たち5人全員童貞なので、握手会で何をしていいのかわからないのだ。緊張感が全員に走る。
「とにかく、笑顔だけは忘れちゃだめよ。頑張ってね」
キヨはクマのぬいぐるみに向かって、最敬礼のお辞儀の練習を繰り返している。
ヨーくんが隣で発声練習。
「いらっしゃいませ〜! ありがとうございました〜!」
お店じゃないんだから……。
一人冷静そうなリョウくんは静かに本を読んでいる。
本のタイトルは『必勝、女の子とのトーク術』。もう一冊、椅子に置いてある本には『絶対失敗しないコミュニケーション』と書いてあった。
「なぁ、ワシらと握手なんかしてオモロいのかのぉ?」
シーちゃんが呟く。
俺も全くの同感だった。俺みたいな陰キャが何を喋れば良いのか? 女の子と握手なんて、遠い昔では学校のフォークダンス、最近では病院の看護師さんに手を引かれて以来だ。
◇
豊洲のショッピングモールの一角。 かれこれ10回以上こなしたライブが終わった。平日の昼だったが、思ったより人が立ち止まり観てくれた。 40〜50人くらいが握手会のために残っていた。 俺たちに緊張感が漂う。
俺たちの前にそれぞれ列ができ、一人ずつ握手をする。
人数が少ないので特に時間制限は無く、お客さんと会話をする。あんまり長すぎると佐々木さんが止めに入るそうだ。
◇
三井麻紀、21歳は友人と豊洲にショッピングに来ていた。 フードコートで食事を終わらせ、ふと隣の広場を見ると何やら人だかりが出来ていた。
安っぽいステージでアイドルがライブをするみたいだ。
「ねぇ、なんかやるみたいだよ。なんか可愛くない!?」
「観ていこうよ。握手会誰でも参加だって! 推し見つけちゃおうかな♡」
友人のアイドル好きがまた始まった……。 推しのグループが解散して「もうアイドルとか興味ない」とか言っていたのに全く……。 マキは強引に手を引っ張られ、ステージ前まで連れて行かれた。
ライブは良かった。歌もダンスも凄く上手いわけではないが、とにかく一生懸命さが伝わってきて好感は持てた。
握手会が始まった。5列がそれぞれの色に分かれている、その先に5人が待っている。
中学生の男の子のアキが青の列に並び、メイド服を着たモモカがマキの前を通り過ぎてピンクの列に並んだ。
「ねぇ、握手会誰にする? 一人1回までなんだって、選べな〜い!」
「あの緑の子にしようかな。 マキは?」
「誰でもいいよ……私、行かないから待ってる」
「じゃ〜行ってくる〜」と友人は小走りで緑の列へ向かい、そしてしばらくして戻ってきた。
「きゃ〜可愛かった! メチャウブなの。女の子とあんまり話した事ないんだって。絶対嘘だよね〜。なんか『火星人は地球に来てます』とか、わけわかんない事言ってたよ。推しになっちゃおうかな!」
「ほら、マキも行っておいで! 絶対楽しいから! もう握手会終わっちゃうよ」
そう言って友人は強引に列の前まで私を引っ張って行った。 仕方なく、ちょうど誰もいなくなった列があったので、ここに決めた。さっさと握手して終わらせよう。
黄色の髪の毛の小さい子が待っていた。私が最後の1人だ。
◇
マキはいつも疲れていた。
昔から頼まれると断れない性格のせいだった。 大学のサークルは部長にされてしまったし、父は経営する喫茶店をしょっちゅうマキに任せて出かけていった。バイトが休んだとか病気になったとかならまだしも、「遊びに行くのでよろしく」とか何を考えているんだろう。しかし、お店を休むと常連さんに悪いしと思ってしまい、イヤイヤ引き受けてしまう。
母も洗濯とか家事をせず遊びに行ってしまい、いつもマキがやる羽目になっていた。今日も本当は休んでいたかったのだが、「洋服選んで」と友達に頼まれて仕方なく来てしまった。
「お姉さんで最後やね」
黄色のカラーが入った服を着た子が、手のひらを上にして両手を広げて待っていたので、私はその上に手を置いた。すると、ふと何かに気づいたようで私の両手を包んだ。
「若いのに手が荒れてるやん。仕事大変そうやな。なんか顔も疲れてるで。 休めてるんか?」
私は図星でドキッとして何も喋れなかった。
「疲れとるんやな。姉さん頑張り過ぎや、手も冷たいで。疲れた人は手が冷たいんや。無理して生きてるんやな。ワシがリウマチで通っていた病院の看護師さんはいつも笑顔でワシらを介護してくれたんや。でも実はすごく疲れていたようで、ある日ついに倒れて、それから辞めてしまったんや。その人と同じ手をしとるで、無理しちゃあかんよ」
思わずこの人を見つめた。目と目が合うと、彼は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「ワシ、生まれてこのかた、こんなふうに女の子と手を繋いで見つめられた事ないんや。まさかワシがアイドルやるなんて思ってもみなかった」
(ちょっと可愛いかも……)
「なんでアイドル始めたの?」
「自分の殻を破りたかったからかな。最後の人生くらい思う様に生きてみようと」
「今まではダメだったの?」
「楽しかったで、でもホンマにやりたいことはやれんかったんや」
「たとえば?」
「ワシな、これまで本気で好きになった人、5人おるんや」
「その歳で5回って多くない?」
「あ、いやっ、まぁそうやな。とにかく好きになった人とは全くあかんかったよ。可愛いとか言われるんやけど、恋人として見てくれんのよ。まぁワシがもっと心からアタックすれば良かったんやけど、上手くできんかった」
「可愛いだけじゃあかんのか?」
「ダメかもね……」
マキがクスりと笑う。
「そういえば、その辞めた看護師さん、あんたに似てるな。じつは最後に好きになったのがその人なんや。……姉さん、名前は?」
「マキ」
「マキちゃんも疲れた時はちゃんと断るんやで。あの人みたいになっちゃあかん。もし断れなかったら……ワシに会いに来て。疲れてたらワシの元気をあげるから」
さっきまで重かったマキの心が軽くなっていく気がした。
「なら私が元気になるセリフをリクエストして良い?」
「ええで、なんでも言ったるで」
笑顔が優しい。
「私にプロポーズのセリフを言ってみて」
「えっ……」
困った顔をしてしばし考えてから、シーちゃんは手を恋人繋ぎに変えた。そして……
「マキちゃん。君のためなら死ねる!」
「重っ!」
「これ女子喜ぶやつちゃうん!?」
「なんか古いよ!」
照れ笑いを浮かべるシーちゃんと、爆笑のマキ。
「じゃあ、元気もらいにまた来るね」
明るくなったマキはCDを買って、友達と帰っていった。
そしてスマホを取り出すと、ラスト☆スターズのSNSをフォローした。
◇
初めての握手会は終わった。俺は頭が真っ白で、ほとんど何を喋っていたか忘れていた。 シーちゃんが俺に呟く。
「ワシ、今までモテんかったけど、もしかしたらアイドル向いてるかも。なんか楽しかった」
シーちゃんの笑顔が素敵だった。
後日、マキには『推し活の日』という休日ができた。ライブの日は何があっても休むと。周りの人たちは仕方なく了承した。




