5話 メンバー死亡。 シーちゃんの決意!
デビュー曲のミュージックビデオ撮影まで、あと1週間となった。
これまで俺たちは、佐々木プロデューサーの提案で、日々の様子を映した短い動画を何本か投稿していた。
キヨのストイックすぎるダンス練習、ヨーくんの本気プロ級料理、シーちゃんのユーモア溢れるお部屋紹介、メンバー全員でただご飯を食べながら喋るだけの動画など、内容はさまざまだ。どれも飾らない俺たちの姿が映っていて、少しずつだが再生数も伸び始めていた。
そんなある日の練習終わり。
なぜか俺以外がダンスの先生に居残りを命じられ、俺は先にシェアハウスに帰ることになった。
「ただいまー……」
重い体をリフォームされたリビングへ滑り込ませると、そこにはなぜか、腕を組んで不敵に笑う若菜プロデューサーの姿があった。
「おかえり源三くん! 待ってたわよ。さぁ、動画を撮るわよ。――ドッキリ企画!」
佐々木さんに促されるままカメラの位置を確認させられ、ヨレヨレの練習着から小綺麗な私服に着替え、髪の毛をセットするように言われた。
準備を終えた俺は企画の内容を尋ねた。
「今回の企画はね、『もしメンバーが息をしていなかったら、他のメンバーはどうリアクションするのか!?』よ。ターゲットはヨーくん。もうすぐ帰ってくるから、そこのソファーで死んだふりをしててね。ちゃんと息を止めるのよ!」
(いや……俺たちの設定的に、ちょっと洒落にならないぞ……!)
寿命がリアルに5年しかない俺たちにとって、「死」はあまりにも身近で不謹慎なテーマだ。俺は青ざめながら言った。
「あのー、佐々木さん。このドッキリ、さすがにちょっとマズくないですか? 別の企画に変更できないでしょうか……」
「何言ってるの、やりなさい! これがバズるのよ! ほら、もうヨーくんが帰ってくる足音が聞こえるわ。カメラはもう回してるから。ほら、早く寝そべって!」
ガチギレする佐々木さんに押し切られ、俺は仕方なくソファーに仰向けになり、目を閉じて死んだふりを始めた。
すぐに、ガチャリとリビングのドアが開いてヨーくんが帰ってきた。
「ただいまー。あ、ゲンちゃん、先に帰ってたんだ?」
ヨーくんが部屋に入るなり俺に話しかけてくる。俺は微動だにせず、死んだふりを突き通した。
「あれ……? 寝ちゃったのかな」
ヨーくんが足音を立てて近づいてくる。俺はとにかく動かないよう、深く、長く息をひそめた。
「ゲンちゃん? 大丈夫……?」
ヨーくんの細い指先が、俺の口元にあてられる。俺は必死に肺を固定し、呼吸を完全に止めた。
(意外に俺、演技の才能があるかもしれないな……)
そんな暢気なことを心の中で思っていた、次の瞬間だった。
ヨーくんの身体がガタガタと激しく震えだし、手に持っていたスポーツドリンクのペットボトルが床へベシャリと落ちた。
「ゲンちゃん……っ! 嘘でしょ!? 死んじゃダメだ!! 僕たち、まだ始まったばかりじゃないか!」
ヨーくんの声が涙でひっくり返る。俺の身体を両手で掴み、小刻みに揺さぶってきた。
「ノリちゃんとの約束はどうするんだよ! 勝手に行っちゃダメだ、死なないでよおぉ!」
(ヨーくん、ガチで号泣してるよ……! 洒落になってない! そろそろネタバラシで良いんじゃないか、佐々木さん!?)
心の中で冷や汗を流しながら、佐々木プロデューサーが「テッテレー!」とドッキリのプレートを持って現れるのを今か今かと待っていた。
しかし、佐々木さんは一向に出てこない。すると、焦り狂ったヨーくんの手が、俺の鼻をギュッと塞いだ。
え? と思った瞬間。
――生暖かい、柔らかい唇が、俺の唇にぴったりと重なった。
「っ……!?」
驚きで目をバッと開けそうになるのを必死で堪える。
ヨーくんの熱い息が俺の口内へと吹き込まれてくる。さっきまで彼が飲んでいたスポーツドリンクのせいか、グレープフルーツのような爽やかで甘く酸っぱい香りが、口いっぱいに広がった。
じ、人工呼吸だ……!!
「はい、そこまで! ドッキリでした〜〜っ!!」
ここでようやく、佐々木プロデューサーがニヤニヤしながらドッキリの札を持って現れた。
唇を引き離し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしたまま呆然と固まるヨーくん。
俺はあまりのバツの悪さと罪悪感、そして唇に残る感触の衝撃で、顔から火が出そうなほど赤くなりながら下を向くことしかできなかった。
放心状態だったヨーくんは、ドッキリだと理解した瞬間、今度は怒りと恥ずかしさでワッと大泣きしてしまった。
「ご、ごめんねヨーくん! 本当にごめん!」
俺はベッドから飛び起き、ヨーくんに向かって何度も両手を合わせた。
「……僕の、ファーストキスだったのにぃぃ!!」
「えっっ!?!?」
ヨーくんは自分の部屋へと猛ダッシュで走り去ってしまった。
……よくよく考えたら、俺だって70年間の人生の歴史において、これが正真正銘のファーストキスだった。
慌てて佐々木プロデューサーがその後を追っていった。
しばらくすると佐々木さんだけがバツの悪そうな顔でリビングに戻ってきた。ヨーくんは部屋に引きこもったままだ。
「……まぁ、良い動画が撮れたわ。さぁ源三くん、次はシーちゃんが帰ってくるから、もう一度最初からやりましょう!」
「いや、もう絶対にやめましょうよ! 洒落になってないですよ! 僕、本当に嫌ですからね、こんなの!」
俺が抗議すると、佐々木さんは目で俺を黙らせた。
「うるさいわね! これは仕事よ、し・ご・と! や・り・な・さ・い!」
その時、外からシーちゃんの賑やかな足音が近づいてきた。
佐々木さんは俺の背中を強引に押し、今度はソファーではなく、よりリアルに見える冷たいフローリングの床の上へと俺を寝かせた。
仕方なく、俺は本日二度目の死んだふりを開始した。
ガチャリとドアが開く。
先ほどのヨーくんと同じように、シーちゃんが俺の元へと近づき、床に倒れる俺を凝視した。
シーちゃんは絶望したようにドサリと俺の横に膝をつくと、震える声で語りかけ始めた。
「ゲンちゃん……嘘やろ、死んじゃったんか……」
「ワシ、ほんまはゲンちゃんが好きやったんや……っ!」
(えっ!?!?)
思わぬ告白に、心臓が変な跳ね方をする。
「ゲンちゃんが死ぬなら、ワシももう生きてはおれん! ワシも一緒に死ぬでぇ! おぉ、ゲンちゃん、あんたはなぜゲンちゃんなんや……っ!」
「台所に、包丁がある……。これでワシも、今すぐお供するさかいに……!」
そう言うと、シーちゃんは一目散に台所へと走っていった。
やばい、これはさすがにガチでやばい!!
俺は跳ね起きて台所へと猛ダッシュした。
「シーちゃん、待て!! 早まるな――」
「さらば青春!!」
シーちゃんの悲痛な叫び声とともに、ドスン、と何かが床に激しく倒れ込む音が響き渡った。
慌てて俺が台所に駆けつけると、そこには床に仰向けに横たわり、ピクリとも動かないシーちゃんの姿があった。
「シーちゃん――っっ!!」
俺が叫んだ、その時。
「はい、逆ドッキリで〜〜すっ!!」
ドッキリプレートを持ったヨーくんが笑顔で現れた。
俺は完全に頭が真っ白になった。
床に横たわっていたシーちゃんが、腹を抱えて「ギャハハハ!」と大爆笑を始める。
リビングの奥から出てきた佐々木プロデューサーも、「ナイスリアクション!」と俺に向かって親指をグッと立ててみせた。
逆ドッキリ……。
すべての事態をようやく飲み込んだ瞬間、張り詰めていた緊張が一気に解け、今度は俺の目から涙がボロボロと溢れ出してしまった。本気で死ぬほど心配したのだ。
「これでお互い、おあいこだね」
ヨーくんが涙目の俺の顔を覗き込み、優しく微笑んだ。
その瞬間、ヨーくんとバッチリ目が合ってしまい、俺たちはなぜかお互いに、ポッと頬を真っ赤に染めて視線を逸らしてしまった。
◇
ベッドの上で寝そべりながら、スマートフォンを見つめていた吉見マコは、タイムラインに流れてきたその動画を再生して、思わずクスリと笑った。
「ゲンちゃん、シーちゃんが無事で本当に良かったね……。ヨーくんは本当にメンバー想いなんだなぁ」
マコは愛おしそうに呟くと、画面のハートマーク――『イイね』のボタンを、優しくタップした。




