3話 佐々木プロデューサーとの出会い。 アイドル活動開始!
葬儀場の前の歩道。
若返ったので、ワシを改め『俺』は、一人の女子高生と通りすがりに目が合った。
その時、なぜかこの子と以前どこかで会ったことがあると思った。
と言うより、何かとても大事な人に会った気がした。
驚いたことに、彼女も俺とまったく同じような表情をして立ち止まっていた。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「あ、あのう……僕たち、以前どこかで?」
「わ、私も、それを思ってました」
「君の名前は?」
二人はそろって、同時に問いかけていた。
「僕の名前は山口源三」
「私は吉見マコです」
「???」
二人の間に風が通り過ぎる。
お互いに、まったく心当たりのない名前だった。
「ごめん、人違いだと思います……」
「私もです。ごめんなさい」
気まずそうに頭を下げると、女の子は足早に去っていった。
「ねぇ、あれナンパ? 若返ったらさっそく凄いねー!」
ピンク担当のヨーくんが、ニヤニヤしながら俺の肩を小突いてくる。
俺は恥ずかしくて顔を真っ赤にしながら「違うよ」と手を振った。
普段の俺なら、自分から女の子に声をかけるなんて逆立ちしても無理なのに、自分でも不思議だった。若返ったせいか、それともアイドルをやろうと決心したせいなのか。
しかし、あの時は絶対に知っている子だと思ってしまったのだ。
「エンジェル芸能事務所には連絡しとくね」
リーダーのキヨが笑って答え、俺たちは一旦、それぞれの家に戻って準備を整えることにした。
◇
ここはエンジェル芸能事務所。
プロデューサーの佐々木若菜、32歳独身は、机に突っ伏したままピクリとも動かなかった。
「……終わった」
やっと売れ始めた事務所の看板アイドルグループが、大事件を起こしてしまったのだ。
地方ロケのホテルで、グループ全員が男湯と女湯を間違え、そのまま痴漢で現行犯逮捕。3年かけて必死に育てたグループが、文字通り一夜にして消滅した。
机の上には、財務諸表、赤字、違約金、キャンセルになったCMの一覧。
自分の未来まで一緒にキャンセルされた気分だった。そこへ追い打ちをかけるように、今朝、親会社から一本の電話が入った。
『コネ案件だ。新人アイドルを頼む』
「……無理でしょ」
思わず声が漏れた。崖っぷちの弱小事務所に、素人をいちから売り出す体力なんて残っていない。
(転職サイト、あとで見よう……)
そう諦めかけた、その瞬間だった。
コンコン。
控えめなノックの音が聴こえた。
「失礼します」
ドアを開け、俺たち5人はオドオドした様子で佐々木プロデューサーを見つけると、一斉に深くお辞儀をした。
挨拶の礼儀だけは、昭和生まれの俺たちは得意だ。
「初めまして、よろしくお願いします!」
佐々木さんは瞬きを繰り返している。
(……なんなんだろう、この子たち。顔は悪くない。むしろ、かなり整っている。だが妙にジジ臭いわね。なぜかしら? 立ち方、呼吸の間、お辞儀の長さ。そのすべてに熟年シニアのような哀愁と落ち着きが漂っているわ……)
「……えっと」
そして佐々木さんは手元の書類を確認した。
グループ名:『ラスト☆スターズ』
(名前だけはやたら攻めてるわね……)
「初めまして、プロデューサーの佐々木です」
営業用の笑顔で佐々木さんは椅子に深く腰掛けた。
「あなたたちのことは上から聞いています。歌もダンスも完全な未経験って……本当に大丈夫なの?」
一瞬の沈黙が流れた。
俺たち5人は顔を見合わせる。すると、赤担当のキヨが一歩前に出た。真っ直ぐな目で佐々木さんを見つめる。
「俺たち――」
キヨは拳を強く握りしめた。
「5年以内に、武道館に立ちたいんです!!」
事務所が一瞬で静まり返った。佐々木プロデューサーの脳が一瞬停止したのがわかる。
(ああ、また来たわ……根拠のない夢、新人特有の根拠のない万能感。今まで何十人も見て、潰れ消えていった)
「……名前は?」
「キヨです」
「キヨくんね、武道館って、どういう場所か知ってる?」
「はい。日本一のステージです」
「違うわ!」
佐々木さんの即答に俺たちの身体が固まる。
「武道館は結果なの、夢じゃない。努力と、お金と、運と、コネと、炎上と、奇跡が全部そろった人間だけが最後に立つ場所なのよ」
「素人が、憧れて軽く言っていい場所じゃないの」
部屋の空気が一気に凍りつく。
普通の新人ならここで萎縮するはずなのだが、キヨは決して視線を下げなかった。
「それでも、立ちたいです」
キヨの勢いに佐々木さんの眉がわずかにピクリと動いた。
「理由は?」
「俺たち、人生をやり直したいんです」
そして他の4人も、キヨの横へと並んだ。
佐々木プロデューサーが俺たちに鋭い視線を送る。
(よく見れば、わかりやすい陰キャタイプ、眼鏡の理系、子供っぽいチビ、可愛いというより女子な青年。バラバラの個性なのに、全員がまったく同じ目をしている。崖っぷちに立たされた退路のない覚悟の目をしているわ……)
「アイドルになりたい理由、本当にそれだけ?」
少し意地悪に問いかける佐々木さんに、キヨは静かに首を振った。
「違います」
さらにもう一歩、前へキヨは進んだ。
「俺たち、もう一回、本気で何かをやり遂げたいんです」
(なんなの、この感覚……いやだわ胸が熱くなっちゃう……)
佐々木さんは椅子をくるりと回し、窓の外の曇り空を見つめた。
売れない事務所、莫大な赤字、崖っぷちの自分、そして目の前の素人5人……「普通なら、絶対に断るけどね……」彼女は頭の中でそう呟いた。
売れるオーラもなく、まったく勝てる見込みが浮かばないのだが何かを感じているようだ。
「5年以内っていうのは? ……その理由、聞いてもいい?」
青担当の青年が静かに言う。
「時間が、ないんです」
少し震える声で、緑担当の俺が続く。
「明日、死ぬかもしれないから」
黄色担当がカラリと笑う。
「いや、ほんま冗談ちゃうねん」
ピンク担当が柔らかく補足した。
「僕たち、本気なんです」
佐々木さんは呆然としている。
(大丈夫か、こいつら、完全にヤバい新人だわ……なのになぜか彼らからは売れたいという理由ではなく他の何かを感じさせる……)
「大きな目標を持つのは良いけど、5年で武道館なんて簡単にはできないわよ? 5年なんてあっという間なんだから」
「ええ、その通りだ。だからこそ、1秒も無駄にはできない。……僕たちには、5年しかないんだ」
リョウが真っ直ぐに訴えかける。
「友達と約束したんです。アイドルになって青春して、武道館に立つって」
佐々木さんを見つめる俺の真剣な眼差しと、その言葉。それが部屋の空気を完全に変えた。
「友達って……?」
「アイツは、僕たちのために死んだんです。だから、約束を絶対に守りたい」
次の瞬間、佐々木さんは盛大に号泣した。
佐々木さんはこの手の「熱い友情と約束」系のお話にめちゃくちゃ弱いらしい。
黄色い髪のシーちゃんが幼い顔で、まるでおじいちゃんのように諭す。
「お嬢さんはまだ若いからわからないかもしれないけどな、人間やる気になればなんでもできるんや。初めから駄目と決めつけたらあかん。うちらは絶対に武道館に立つで」
「ううっ……亡くなったお友達のために夢を叶えるのね! 素敵ね! いいわ、その『挑戦』、私が買ってあげるわよ!」
佐々木さんはハンカチで涙を拭うと、プロデューサーの顔に戻って鋭く微笑んだ。
「その代わり、明日からは地獄のレッスンよ。いいわね? ちょうど解散してしまったグループの新曲があるから、それをあなたたちのデビュー曲にするわ。振り付けも終わってるし、衣装も出来てるからサイズの調整すれば使えるわ、MVの撮影は3週間後。それまでに歌と振り付けを完璧に覚えてもらうわよ。出来ないとは言わせないから!」
さらに、佐々木さんは資料を机に広げた。
「それから、これからあなたたちには一緒に住んでもらうわ。豪華なアパートじゃないけど、会社が用意したシェアハウスがあるから」
◇
数日後。
佐々木プロデューサーが案内したのは、江東区にある低層マンションの一室だった。
ボロアパートかと思いきや、少し築年数は経っているものの、管理の行き届いた清潔感のある綺麗なシェアハウスだった。
「おっ、ええやん! 畳も新しいし、キッチンも広いわ。ノリちゃん、死んでからもええ仕事するなぁ!」
シーちゃんが嬉しそうに声を弾ませる。
「近くにランニングにピッタリの広い公園があるぞ」
キヨはさっそく嬉しそうにアキレス腱のストレッチを始めた。
「この立地ならレッスン場へのアクセスも悪くない。合理的な判断だ」
リョウが眼鏡の奥の目を細めて静かに微笑む。
「よかった……これなら、みんなの健康管理もちゃんとお世話できそう。今夜は引っ越し祝いに、僕が特製の手料理で腕を振るうね」
ヨーくんが嬉しそうにエプロンを取り出して腕をまくる。
俺は新しく手渡されたピカピカの鍵を握りしめながら、窓の外に広がる東京の夜景を見つめた。
70歳童貞の陰キャだった俺が大切な仲間たちと、20代の身体で始める共同生活。
不安と希望、そして、ほんの少しの熱い昂揚感が胸に広がっていく。
だが、俺たちの寿命は5年以内。時間は一瞬だって残されていない。
武道館を目指して、明日から全力で駆け抜けよう!




