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ディンギルマキア~神々の曙光~  作者: あんで
第一章
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幕間② 「善悪の彼岸」

幕間② 「善悪の彼岸」



―ゾプッ


 剣が人の身体()に食い込むのがわかる。何度か大型の獣を剣で仕留めたことはあるが、それらとは異なる感触。彼らの皮膚は固く、発達した筋肉は剣を弾き返し、太い骨を断ち切るのは容易ではなかった。翻って人間の皮膚は軟く、身体()は柔らかく、骨は細かった。良い感触、と慣れることは永劫ないに違いない。その感触が手に伝わってくるより早く、相手の身体からは生命の灯火が失われた。


(これが人を殺すということか)


 初めて人を殺めたノイシュは、めまぐるしく状況が変わる命のやり取りにおいて、まるで時が止まったかのように、他人事のように、次にどう動くべきか()()ではなく、()()言ったことを考えていた。


 奇岩地帯(パヌルル)でのダゴン達との戦闘。その狼煙にして始まりの合図でもあった、一人目のならず者(バルバロイ)。名も知らぬその男が、ノイシュが人生で初めて殺めた人物となった。


 天地郷では様々な訓練が施される。教養、剣術、魔法術はもとより、様々な戦闘状況を想定した訓練や薬草学、果ては肉体的・精神的な苦痛に耐える訓練などである。いずれノイシュが護聖として旅立てば、敵対する相手と生命を賭けて戦う場面は幾度となく訪れるであろう。そんな時には相手がどれだけ格下であろうとも、一瞬の躊躇が自身の致命的な隙となる。故に、初めてであろうと敵を斬り殺すことに対してノイシュに躊躇いなどはなかった。


 だが躊躇いが無いことと、無感であることとは違う。ノイシュが斬った相手も、本来は護聖であるノイシュが護るべき人間であったかもしれないのだ。相手にも信念や立場がある以上、戦闘という結果そのものは、会話によって翻ることなどまず有り得ないだろう。敵対した場合に容赦なく殺すことに違いは無いが、その立場は、自分の在り様に寄って変わっていた場合があるということをノイシュは常に考えなければならなかった。


 世界を護る、と言えば聞こえは良いが、それはともすれば恣意的に世界を歪める結果に繋がるかもしれない。ノイシュは一振りの剣ではなく、また剣であることは赦されない。護聖とはその名の通り護る者、故に世界を護るための「思考する盾」でなければらない。護るべき世界を、国を、人を見定め、その敵となるべき者が現れた時だけ盾は剣と化し、振るうことを許される。故に、迷いなく突き進むべきであるが、何も考えないことは()()()()()


 ―誰に?


 ノイシュは自問した。それはきっと、今まで、或いはこれから、殺めることになるであろう人達に違いなかった。自分が選択した結果、殺める人達が必ずしも悪人であるとは限らない。互いに譲れない正義があり、互いに命を賭けた結果ノイシュだけが生き残ることもあるだろう。場合によっては「神」すらも斬らなければならない時が来るかもしれない。自分自身が「悪」と呼ばれ得ることもあるだろう。


 だからこそノイシュは自分の選んだ道を迷わない。何故なら自分が歩む道は、ノイシュが護聖である限り必ず選ばれる選択。自身の在り様、護聖の使命、護るべき人々、殺すべき人々―それら全てを、自分の両手で()()()()()()ための道なのだから―


 それは一瞬にも満たない、逡巡ですらない感覚。そしてノイシュは、迷い無き刃を二人目の男に向けた。




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