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ディンギルマキア~神々の曙光~  作者: あんで
第一章
11/13

1-8. 「盟友」

第八章 「盟友(ザ・フレンド)


「ごはあっ…バッ…バカな…っ!!」


 アッハーズの手から錫杖が音を立てて落ちる。胴体を貫いたノイシュの剣は、即死ではないが致命傷だった。その手から力が抜けるのを確認し、ノイシュは剣を引き抜く。


 大量の血と共にアッハーズが膝から崩れ落ちる。ノイシュもまた呼吸を整えるため、アッハーズに注意を払いながらも、剣を杖替わりに片膝をついた。


「ぐぶっ…さ…流石護聖よ…あの御方が…貴様の殺害を…重要視するのも……当然か…」


 奇岩地帯(パヌルル)でダゴン達からも殺害予告を受けた時には皆目見当もつかなかったが、今考えれば、ノイシュが旧神(ふるがみ)の「(たい)」を得たバアルを危険視しているのと同様に、バアルもまた護聖であるノイシュを危険視しているのであろうことは想像できる。過去に護聖に敗北した先人の轍を踏まない為にも、万難を排しておくべきという考えなのだろう。


「はぁっ…はぁっ…そ、そのバアルは…何故表に出てこないんだ?何を狙ってる?答えろアッハーズ…!」


 だが、依然としてバアルの狙いは不明のままだ。彼のやり方はいかにも拙い。


 ディアドラの話では、旧神主義(ノーデニズム)は三国に対応して同様に3つの地域に分かれていると言っていた。バアルや、ディアドラが居た「アガデのロード団」以外の「団」も、同様にならず者(バルバロイ)と化しているのであれば、その総数は相当な規模に上るであろう。確かに、今回の戦いで見せたように、自身の命を顧みない無法者達が纏まって仕掛けてくるのであれば、都市国家の自警団程度では到底対応しきれず滅ぼされるに違いない。とは言え、もし都市国家に加えて大国である三国が団結すれば、その人数差は到底抗し得るものではない。


 だが、現状では各地で小さな小競り合いを起こす程度で、端から見れば集団としての統一性に明らかに欠けている。だからこそ、「天耳」の異名を持つフィネガスですらならず者(バルバロイ)の背後に旧神原理主義者(ノーデニスト)の存在を推測すらできなかったのである。このままでは世界を破滅に導くことなど到底不可能に思えた。


(奴らの…バアルの真の狙いは何なんだ…?ディアドラが嘘を言っているとは思えないが…)


 ノイシュはバアルの真意を測りかねていた。もはや1年後に訪れる終末の年。確かに三神の出現は大規模な異変ではあるが、世界の破滅を齎す予兆というよりは世界を救済するための()()であると捉える者が多いのも事実だ。だからこそ、終末の年が目前に控えているにも関わらず、民衆の多くはそこまで悲観的・絶望的になっていない。


 だがノイシュが各都市を巡り多くの人々と話して感じたのは、現在では()()安堵と不安の均衡が保たれているだけであり、やはり潜在的に多くの人々が終末の年への大きな不安を秘めているということだった。恐らく終末の年が近づくにつれ、各国ではより混乱が生じてくるに違いないであろう。


 もしバアルの目的が、ディアドラの言うようにこの世界の破滅、全人類の抹殺ならば。少なくともその為の戦争を仕掛ける絶好のタイミングは終末の年をおいて他にないだろう。そして最も効果的なのは、ギリギリまでその存在を秘匿し不意を突くことではないかとノイシュは考えていた。ならず者(バルバロイ)達の多勢を持って終末の年に一斉に攻撃をしかければ、民衆の混乱・恐慌と相俟り、極めて大きな被害が生じるであろうことは想像に難くない。


 だが、事前にならず者(バルバロイ)の脅威が喧伝されてしまっては、予めそれに備えることが出来てしまう。ディアドラの脱走による、護聖(ノイシュ)への情報漏洩はバアルにとっては痛手であろうが、仮にならず者(バルバロイ)の被害が一件もないのであれば、護聖からの進言があったとしてもどの国も本格的な対抗策を講じることは難しいに違いない。しかし、その被害が相次いでいるのであれば、各国がならず者(バルバロイ)への対抗策を取るのは時間の問題となってしまうだろう。


「ぐふっ…滅びよ…護聖…魔徒…くくく……せ…精々足掻くが良い…無駄だろうが…な………」


 ノイシュの質問に答えることなく、アッハーズはこと切れた。死の間際でさえ世界を、人を呪いながら死ぬ…何が彼らをここまで駆り立てるのかノイシュにはわからなかった。



―――――――――――――――


「ふぅ…大丈夫か、スカアハ姉?」


 スカアハの唱えた回復魔法の甲斐あり、前庭神経の炎症が収まったノイシュは、先程のノイシュと同様に槍を杖替わりに片膝をついているスカアハの下へ駆け寄った。ノイシュより幾分遅くなったが、スカアハもようやく全快したようで、ニヤリと笑いながらノイシュが差し伸べる手を取り立ち上がる。


「まったく、護聖になってもまだまだ危なっかしいねぇ、アンタは。」


 膝蹴りを食らった腹部を擦りながらスカアハが揶揄う。確かに、ノイシュ単独でこのアジトに乗り込んでいたら、十中八九アッハーズに殺されていただろう。


「いや助かったよスカアハ姉…今回はマジで危なかった。 」


「今回()って…まだ旅立ってすぐだろうが。この調子じゃ命が幾つあっても足りないんじゃないのかい?」


 バツが悪そうにノイシュが顔を背ける。アッハーズに追い詰められたのは、間違いなくノイシュの油断が原因であった。正体不明の相手の陣地に少数で攻め入るのであれば、不測の事態に対する備えを十全にしておく必要が有る。だが、直前まで大勢のならず者(バルバロイ)達を直接戦闘で殲滅せしめた二人は、敵が魔法を使ってくる可能性を無意識に頭から排除してしまっていた。


「「反魔(アンチ・マジック)」の魔法使っとくべきだったな…カスバド先生に知られたらぶっ殺されそうだ…」


「まぁアタシも反省だ…。迂闊に相手の懐に飛び込むのがこれほど危険なんてね。…これから、ならず者(バルバロイ)のアジトを攻める時は注意しないとだ。」


 普段は自由都市(ギルス)の隣国であるラガシュで自警団として勤めているスカアハからすれば、確かに相手の本拠地に攻め入るという行為自体そうそうあることではない。ノイシュとスカアハ、二人の経験不足からもたらされた今回の危機は、二人を大きく成長させた。


「ふぅ…さて、いい加減拐われた人たちを解放しないとな。スカアハ姉、頼んでもいいか?俺はアッハーズの死体を片付けるよ。」


 大いに反省し終えた二人は、本来の目的である人質たちの解放を急いだ。


 アッハーズが居た半球状の空間の奥に見えた、やや錆びた鉄製の扉を開けると、2つの鉄格子の中に人影が見える。拐われた人々は男女別に入れられていた。


 扉を開けたすぐ横に、鍵束を見つけたスカアハは鉄格子を開ける。男性が1人、女性が5人。合計6名の人々が捕らえられていた。どれほどの恐怖であったであろう、女性たちの頬は涙が伝った跡がはっきりと残っており、皆口々にスカアハに感謝の意を伝え、部屋を出た。



――――――――――――――――


「勇者様!!!!」


 解放された女性は一様にノイシュに感謝の念を述べ、自由都市(ギルス)への帰路を急いだ。その中で最後に、見覚えのある少女がノイシュの下へ走り寄ってくる。


「良かった、無事だったか!」


 名も知らぬ少女であったが、予想通り拐われていた少女の姿を認め、ノイシュも安堵する。少女の顔にもまた大量の涙の跡が見えたが、今は自由都市(ギルス)で見た以上の笑顔を見せる。


「ほんとに、ほんとーーーーに有難うございました…!まさかあの伝説の護聖様と、自由都市(ギルス)で偶然お会いしてただけじゃなくて、命まで助けてもらえるなんて…!感謝してもしきれません…!」


 真っすぐな少女の感謝の念がノイシュの胸に刺さる。護聖である以上、人を助けるために動くことは至極当然であり、感謝を求めているわけではないが、やはり感謝されれば嬉しいのは人として当然であろう。


「ははっ、そう言ってくれてありがとう。せっかく俺のアドバイス通りお兄さんに葡萄酒(ワイン)を買ったのに、割れちゃって残念だったね。」


「うふふ、また買いますよ…。あ、そうだ!私アニラって言います。アニラ・ワルヤ。護聖様の御名前も教えて下さい!」


「俺はノイシュ。ノイシュ・ウシュナハ。よろしく、アニラ。」


「ノイシュ様ですね!もしザラットラに来ることがあったら、是非私の家によって下さい!!私の家は…」


 アニラと会話しているノイシュの近くに、スカアハも近づいてくる。


「なんだいノイシュ、人質助けたと思ったらナンパかい?アンタも隅に置けないねぇ。セタンタに報告してやろーっと。」


「おいおい勘弁してくれよ、スカアハ姉…」


 そう言ってノイシュはスカアハの方に目をやる。後ろから、人質だった銀髪の男がこちらに近づいてくるのが見えた。


 その時、ノイシュはディアドラが言っていた言葉を思い出した。


「バアルには気を付けてね、ノイシュ。銀髪の男を見たら、すぐに逃げた方がいいよ。真っ向からじゃ、とても敵うとは思えない…」


(銀…髪…?)

 

 ノイシュの警戒度が跳ね上がる。


「アニラを連れて逃げろっ!!スカアハ姉っっっ!!!!!!!!!!」


 ノイシュはアニラとスカアハを掴み、自分の後方に突き飛ばす。その一動作が、ノイシュの反応を遅らせた。銀髪の男が 刃のついていない剣の柄だけを取り出す。瞬間、そこに光が集まり、剣の形を為した。


ザンッ!!!


 銀髪の男が振るった光の剣はノイシュの身体を大きく切り裂く。スカアハが驚き叫んだ。


「ノイシューーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」


「ぐあああああああ!!!!!!!!!!!!!」


 一瞬早く気付いたおかげで何とか両断は避けられたが、傷は深い。左腕はまともに動かすのもままならないだろう。そのまま地に伏す程の一撃だったが、かろうじて膝をつきバアルを睨む。


「ま…まさかっ………!貴様…バアル…かっ!?ぐううっ…!」


 肩口を抑えながらノイシュが尋ねる。銀髪の男は、まるで氷が張り付いたかのような無表情さと、視る者を射抜く鋭い眼光を光らせながら口を開いた。


「ディアドラから私の特徴は聞いていたようだな、護聖。まぁその傷では長くは保つまい。不意を突けてよかったよ。その為の()()()だったのだからな…」


 返り血を払うように剣を振り、バアルは再び光の剣を構える。


「…!まさか…まさか…!!アッハーズ達の動きは…俺を…おびき出すための…!?」


 ノイシュが驚愕の表情を浮かべる。


「その通りだ。ダゴンが死んだ時点で護聖の出現は知れたからな。三国に入られると面倒だが、都市国家ならいくらでも騒ぎを起こせる。いずれお前は、()()()()()()に飛び込んで来ると思っていたよ。死に行く民を助けに飛び込んでこなければ、相手にするまでもないとも言えるがな。」


 今回のアッハーズの騒動だけではない。各地で起こるならず者(バルバロイ)の事件は、全てバアルが仕組んだものであった。


 護聖の最も厄介なところは、個人の戦闘能力も然ることながら、何よりも国家単位での協力者の存在が大きい。護聖の名声は、普段は結びつかない強力な人間同士を引き寄せ、巨大な勢力としてしまう。偽帝シャヘルも、悪汪レシェフも、護聖とその盟友達の決死の戦いにより敗れ去ってしまったのだ。


 故にバアルは、護聖が強力な仲間、つまり三国のいずれかと結びつく前に始末をつける予定でいた。だからこそ、一見無鉄砲な小競り合いを各地で起こし、護聖が食いつくのを待っていたのである。部下の報告からは、護聖の外見的な特徴は判明していないが、ダゴンを倒した男が()()()()()()()()()()()()()()()だけはわかっていた。全ての人間の往来をチェックするのは不可能だが、各国の関所に間者を送り、剣士が訪れたかどうかだけならば手間は格段に短縮される。終末の年の直前であるため、各国の関所の取り締まりが例年では考えられない程厳しくなっていることもバアルにとっては追い風だった。一人一人の審査に時間がかかるのであれば、護聖と思しき剣士が自由都市(ギルス)を抜けていないかどうかのチェックは容易い。


 ダゴン殺害からの日時を逆算し、情報を全て纏めた上で、今日、この時、護聖は自由都市(ギルス)の何処かに居るとバアルは予想した。そして彼はわざわざ自由都市(ギルス)の最も人目につきやすい往来で大規模な騒動を指示したのであった。


 そしてそれは、今まさに見事結実しようとしていた。


「がはっ…ぐぅ…ちく…しょう…!!!」


 ノイシュは絶望した。ただでさえ圧倒されそうな強大な圧力を感じさせる目の前の男に、不意を突かれ深手を負っているこの状況では、到底勝ち目がない。バアルの周到さが、ノイシュの知恵を上回った瞬間だった。せめて、スカアハとアニラだけでも逃がす他ない…。


「諦めるなっ、ノイシュ!!!!」


 スカアハが、冷や汗を流しながらバアルに槍の連撃を放つ。バアルが放つ、圧倒的な圧力(プレッシャー)。攻撃を繰り出さねば、その威圧だけで跪いてしまいそうなほどだ。


「ふん…」


 バアルは避ける動作さえ見せないが、どういうわけかスカアハの連撃は全て空を切った。


(なっ…!?クソッ!!またこいつらの魔法か…!!!)


 バアルがこれほどまでに周到に準備を凝らしていたのならば、当然この空間はほぼバアルの霊力に支配されていると言っても過言ではなかった。まして、ノイシュの深手。状況はどうあがいても絶望的だ。


「雑魚が…邪魔だ。」


 バアルが一瞬古代語を呟くと、すさまじい衝撃がスカアハの身体を襲った。


バキィィィン!!


「がはぁぁっ!!!」


 その衝撃でスカアハは後ろに激しく吹き飛ばされた。気を抜けば一瞬で失神させられるほどの威力にスカアハは戦慄を覚える。


(一瞬の詠唱で……この威力………!!!コイツは…ヤバすぎる………!!!」


「がふっ…逃げ…ろ…アニラ…!スカ……アハ…姉…」


 そう言ってノイシュは気を失い倒れる。バアルが止めを刺すべく、ノイシュに近づいて来た。


「そんな…そんな…ノイシュ様ぁ……!!!」


「ノイシュ―――!!!!!」


 その瞬間、猛烈な勢いで一人の男がバアルの下へ飛びかかった。


「…!?なにっ!?」


ガギィィィィィィ!!!!!!!!!


 強大な斧の一振りを、バアルはかろうじで光の剣で受け止める。だが、その男の膂力はすさまじく、バアルは後方に激しく弾き飛ばされた。壁に激突したのだろう、轟音とともに大量の土煙が舞う。


「!?セタンタっ!?」


 スカアハが驚きの声を上げる。セタンタは、引継ぎを一早く終わらせ、ノイシュが残した目印を頼りに単身追いかけてきたのであった


「スカ姉ッ!!!ノイシュを連れて逃げろ!!!!!!はやくっ!!!!!!!!」


「そんな…!アンタを置いて行けるわけないだろうセタ!!!!」


護聖(ノイシュ)は俺達の希望だ!!コイツを生かさなくてどうする!!行けっ!スカ姉!」


「…あ…っ…バ………っっっっっっ!!!!」


 セタンタの覚悟を悟ったスカアハは下唇を思い切り噛み締めた。血が滴るほどの()()は、彼女に天地郷に生まれた者の宿命を思い出させる。


「アニラ!!!アタシと一緒にノイシュを支えてやってくれ!!!」


 スカアハが怒号にも似た声で力いっぱい叫ぶ。


「!!!は、はいっ!!!」


 倒れているノイシュの下に駆け寄り、二人掛かりでノイシュを抱き起し、出口へと急ぐ。背中を向けたままスカアハが叫んだ。


「セタ!!!!死ぬんじゃないよ!!!アンタは…アンタはアタシと…!!!!」


「言うなスカ姉っ!!俺が死ぬわけねぇだろうが!!そこのナンパ野郎にも言っとけ!自由都市(ギルス)で寝てろってな!」


「っ……!!頼むよ、セタ…!!!!」


―――――――――――――――――――――


「ハッ…ハッ…!!!!」


 後ろからバアルが追いかけてくるのを警戒しつつ、スカアハとアニラはノイシュを連れて出口を目指す。ようやく出口が見え始めたそこに、複数の人影が姿を現した。


「!スカアハさん!」


 アニラが助けを請うように叫ぶ。スカアハはアニラの前に飛び出し、槍を構えた。


「っ!ノイシュ!?」


 先頭に居た女性がノイシュの名を呼んだ。スカアハが目を凝らすと、特徴的な赤髪が目に飛び込んで来る。


「アンタ…ディアドラかい?」


「え、ええ…貴女は…?」


 血塗れの護聖を連れた見知らぬ女性からの問い掛けにディアドラは驚く。ノイシュの容態から、一刻の猶予もないことはスカアハ自身充分承知していたが、その貴重な時間を使っても尚、スカアハはディアドラの紅い瞳をじっと見据えていた。


「アタシはスカアハ・アードカム。ノイシュの幼馴染だ。ディアドラ…アンタに頼みがある。」


――――――――――――――――――


「はぁー…はぁー……」


 セタンタは斧を構えながらバアルを睨む。全身に広がる内出血の跡が、バアルの魔法をどれほど浴びたのかを物語る。もしこの戦闘が単純な一対一なら、あるいはセタンタの傷はもう少し少なかったかもしれない。だが、ノイシュ達の後を追わせないために、セタンタは出入口を塞ぐ必要がある。それがセタンタの回避範囲を制限してしまっていた。


「…こんな男は初めてだな。」


 一方のバアルは、やや埃がかぶる程度の姿だ。最初にセタンタに吹き飛ばされたものの、それ以降一度も攻撃を受けていないのが見て取れる。だが、最初にもらった強烈な一撃への警戒から、距離を取って魔法でのダメージを蓄積させていた。バアルの魔法の一撃一撃は、それだけで並みの男を死に至らしめるほど強烈なものだ。それを間断なく唱え続けられるバアルの実力は間違いなく異次元の物であるが、それを立て続けに浴びても尚道を開けないセタンタの姿に、バアルもまた驚愕していた。


「…貴様ほどの男が護聖に惚れ込む理由はなんだ?」


 普段なら、バアルは殺す相手のことなど微塵も気に掛けない。だが、今後も護聖の下に、この男と同等のレベルの人間が集まるとしたらそれは脅威となり得る。先程虫の息だった、自分の計略に簡単に引っかかったあの未熟な護聖に、果たしてどういう理由で強者が集うのかを解明しておく必要があったのかもしれない。


「はぁっー…はぁっー…あ、あのバカに俺も…負けてらんねぇからなぁ…あいつが…護聖なら…俺は何だ…?えぇ…?」


 意識が朦朧としているのか、バアルの質問に回答とも言えないことをセタンタは口にする。


(…この男…護聖と出自が近いのか…?護聖の謎を解明するためにも生かして連れて帰るべきか…)


 バアルの情報網では、護聖(ノイシュ)が世間的に大きな活躍をしたという報告はない。ならば目の前のこの強者は、それ以外の結びつきで今この場に立っていることを証明している。


「…悪汪…レシェフは…護聖の…剣で………倒され…世界に平和が…訪れました………へ…ヘヘッ…」


「…?」


「お…お前を倒せば…俺も…護聖の仲間入りってか…へへへっ…バアルさんよぉ……」


 セタンタが足を引きずりながらバアルとの距離を詰めようとする。


「っ! 光弾(オール)!!」


 すかさずバアルが衝撃の魔法を放つ。それはセタンタの胴体にまともに命中したが、彼は倒れなかった。


「…!しぶとい…!」


「はぁっ…!まだ俺は生きてる…生きてる内は死なねぇ…死なねぇ内は闘える…戦える内は進ませねぇ…!!!」


 セタンタが強い殺気を放つ。その殺気に圧され、バアルは少し後退した。


「はぁ…はぁ…まだまだ…これからだぜぇ、バアルさんよ…。」


 だが言葉とは裏腹に、セタンタの膝は震えている。いかにセタンタが強靭な肉体を誇っていても、バアルの攻撃はそれを凌ぐ猛攻であった。とはいえ、バアルの魔法も無限ではない。バアルの顔にようやく少し焦りが見え始める。


「ちっ…食らえ!!」


 バアルの目の前に光が集まり、矢の形を為す。その矢は、高速でセタンタを目掛けて飛んできた。


(…っ!避けられ……!!)


キィィィン!!


 金属音と共に、光の矢はセタンタの目の前で叩き落された。


「なに呆けてんだい、セタ…!アタシと一緒に帰るんだろ…!?」


 紫がかった髪がセタンタの鼻先を掠める。よく見知った、愛する女性の横顔がそこにあった。彼女が戻ってきたという事は、ノイシュはきっと無事なのだ。言葉に出さなくともセタンタはそれを感じ取った。そしてその真意をも。


「へっ…!ちょっとこの銀髪不健康男児にハンデをくれてやってただけだよ…!」


 セタンタの身体に再び活力が漲る。もう扉を護る必要もない、ようやくセタンタも全力が奮えるだろう。バアルもそれを感じ取り、警戒心を一層強めたその直後。


ズドォォォォォォォン!!!!!!!


 大きな爆発音が鳴り響き、洞窟全体が揺れた。その衝撃で、天井から幾つか岩が落ち始める。


「何…?」


 バアルが驚きあたりを見回す。スカアハがしてやったりと言った顔でほほ笑む。


「さっき信頼できる人に会ったからね…。手持ちの火薬を全部渡して、この洞窟を爆破するよう頼んでおいたのさ。バアル…アンタにはここで死んでもらうよ。」


 だが、それは同時に彼らの脱出も困難であることを示していた。その決死の覚悟を感じ取り、バアルも余裕を見せることを止めた。


「…魔徒にしておくには惜しいな…。名は…?」


 戦斧を前に突き出し、大柄の男が名乗りを上げる。


「若鷹の斧使い、セタンタ・ホリン!」


 スカアハは深い息を吐き、セタンタと背中を合わせ、槍を上段に構えながら叫ぶ。


「紫影の槍使い、スカアハ・ホリン!!」


 二人の名乗りを受けてバアルが答える。


「いいだろう、セタンタ、スカアハ。私はお前たちを見縊っていた。警戒するのは護聖だけだと思っていた。だが、我が目的の為に…!貴様らに最大の敬意を払い殺してやろう!!」


 崩落への秒読みが始まった洞窟に、落盤を遥かに上回る音が鳴り響いた。


 

 


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