序章:森の中から
テンプレなんだよなぁ
目を覚ますとそこには開けた空、庭付きの白い家にかわいい子犬が一匹。
自然に囲まれた素敵な我が家がそこには……
やっぱり無かった。
現実にはおどろおどろしい植物が見渡す限りに広がる樹海であった。
自然に囲まれたという下りしか合っているところは無い。寄りかかっている恐ろしい紫色の樹木が頭を冷静さから遠ざける。それでもなんとかひんやり冷たい土の感触に少しの快感を覚えながら私は立ち上がろうとしてふと気が付く。
「私の足ってこんなにふわふわだったかしら…?」
元々毛深かった私の足は毛深いではすまされないほどの黒い毛にびっちり覆われていた。恐ろしい、一体私の体はどうなってしまっているのだろうか。それに何故口から出る言葉がオネエ口調へとジョブチェンジしてしまっているのだろうか?しかも自分でも聞き惚れてしまうくらいの低いが色気を感じる女性の声だ。
手を見るとネイルでも付けてるんじゃないかと思うほどの長く鋭い爪、そしてすべすべした女性の手が見える。
観察を続けている最中視界の端に常にあった白い柔らかそうな物質。それは果たして自分の胸であった。昔読んでいたルビーな文庫に有った、たわわに実る水蜜桃という表現がまさに一致する見事なお胸様がそこには確かに存在していた。足から胸の頂点にかけて立派なふわふわ毛皮が生え揃って居るところは官能小説ではなくファンタジーさを感じさせる。
「お、おぉ……おおおぉ……」
趣味で読んでいたインターネット小説のような存在に私はなってしまったらしい。
困惑と感動が入り混じった複雑な気持ちが私に立ち上がらせる事を忘れさせてしまう。
外見は完全には解らないが恐らくは魔族転生ルートだろう、このまま順調に行けばTS逆ハーレム物になって女性の幸せを体現してしまう事は想像に難くない。よくある展開だ、しかし私がなぜ女性になっているのか。幸せな転生をさせてくれるという中に女性化が含まれている事にはいまいち理解できない。
そんな事を考えているとガサリと草を踏む音が聞こえる。まずい、体の動かし方が解らない今、獰猛な動物例えばクマなどに出くわしてしまったらそこでもうゾンビか死に戻りかはたまた奴隷ルートへの変貌を遂げてしまう。辛い未来が見えてしまうルートへなどとてもじゃないが喜んで行く気にはならない。
(頼む、親切な人間とか魔族とかそういうのであってくれ!)
そんな理想的な展開を求めてもうまいことは行かないだろうと考えながらも相手は変わってくれる訳では無いと理解しつつも願わずにはいられない。
そうして目の前にあった樹木の裏から現れたのは私よりも小さな影、赤い色をした犬と爬虫類を足して割っておまけに首をもう一つプラスしたよく解らない生命体であった。
最悪の展開から少しだけ遠ざかった事に少しの安心を覚えるが油断はならない、なんにせよ目の前のオルトロスドラゴン(小型)?は見た感じ赤い。
「恐らくは火属性、または毒持ちって所かしら…小型とはいえ恐ろしい能力を持っているかもしれないわ。魔族令嬢のペットが逃げて来たとかならいいんでしょうけど首輪もないしその線は薄そうね」
背後の樹木に寄りかかり、怪我人のようにフラフラ立ち上がりながら観察を進める。
相手はちぎれんばかりに尻尾を振っている。これが地球のワンコで有れば「よしよし、かわいい奴め」で済むのだけれど…
心配は尽きない、しかし3メートルほど先で待ってくれている事を見るに知的生命体な子かもしれない。そんなにいつも異世界転生で化け物に捕まる訳でも無し、まずは話しかけてみよう。
「こ、コンニチハ、いえ、コンバンワなのかしら?とってもキュートなルックスをお持ちね、どこから来たのかしら?」
「ゲギョッ!ゲッゲギョ!」
非常にグロテスクな声だが見た目半分爬虫類なのだから仕方ない。しかし必死に言葉を返してくれるところを見るに少し言葉が通じている可能性が高い。
「ごめんなさいね、貴方の言葉、解らないのよ。」
「グゲ……グゲ……」
二つの顔と尻尾がふにゃ~んと垂れ下がる、非常にメンタルの弱い子なのかもしれない。ちょっとかわいいじゃないか、母性本能をくすぐられているのがよく解る。
「でも、言葉が伝わるなら有り難いわ。今から聞くことに、はい、いいえで答えて貰いたいのだけどいいかしら?」
「ゲギョ!」
「そのゲギョっていうのがはいでいいのかしら?」
「ゲギョ!」
「じゃぁいいえは?」
「グゲ」
「グゲっていうのが、いいえなのね、賢い子で本当に助かるわ。ふふふ」
取り敢えずは敵でなさそうな事、言葉が通じる事に安堵しつつ。はい、いいえで答えが通じる質問を何個か繰り返していった。
「私を攻撃する気はあるのかしら?」
「グゲ!グゲゲゲゲ!」
「そ、そうごめんなさいね。じゃぁ次の質問をさせて貰うわね。」
「私に何か用事が有って来たのかしら?」
「ゲギョ!」
「それはここでも大丈夫な事かしら?」
「ゲギョ!」
3回目の質問は核心に迫ったらしい、とうとう向こう側からこちらへとゆっくりと近づいて来た。敵意が無さそうとはいえ初めて見る特殊な生命体だ。嫌でも近づくたびに心臓がドキドキしてくる。そうして目の前までやってくると、ちょこんっという擬音が似合いそうな様子で目の前へとお座りをしてくれた。
「ゲギョ!」
差し出された尻尾にはなるほど、紙のような物が蝶々結びで取り付けて有った。優しく取り外してみるとそこにはヘブライ語も真っ青な記号と線の羅列がびっしりと書いて有った。
「普通こういうのって文字が読めるとか、自然と意味が頭の中に入ってくる!とかになってるんじゃないのかしら……」
読めない、完膚なきまでに読めないのだ。思わず地に手を付けてしまう。ここまで来ると先ほどの緊張もなくなり、へなへなと腰が下りてしまった。
しかし後半に役立つアイテムなのかもしれない。とりあえずポケットも無いので腕に縛り付けておくことにした。
「グキュ~?」
心配してくれているのが解る。オルくん(今命名)はとても優しい子なのだ。しっぽを遠慮がちに振りながら小さな体を私に摺り寄せてくれている。
思わず抱き上げてしまう。本当に大きなチワワくらいで抱き上げやすいサイズだ。手に当たる毛はゴワゴワしておらず羽毛の様にツルツルフワフワしている。そういえば恐竜には羽毛が生えているとか聞いたことがあるような。
足の上に置いて二つの頭を同時に撫でると二つの顔がとても気持ちよさそうに目を細めるのだ。これで萌えない訳が無い。
しばらく撫でていると今まで口を開いていなかったドラちゃん(今命名)も口を開いた。
「わふゅ、はふ、わふふにゅ」
やだ、かわいい。どっちかっていうとこっちがオルちゃんな気がするけど今更だしもうしょうがないよね。
あ、こら甘噛みとはいえこっちは素肌なんだから腕に噛みつくのはやめなさい。
「グキュー!」
ひとしきり全身を撫でていると、忘れてたと言わんばかりにオルちゃんが鳴きさっと私の足から離れていく。少し離れてこっちを振り返り、尻尾を振る。このままではどこかへ行ってしまいそうだ。
なくなった温もりが頭を急速に冷やしていく。
そうであった私は危機的な状況にあったのだった、ここがどこだかも解っていない。みごとな住所不定無職の完成である。このままでは明日には本当にクマにでも食べられかねない状況である。
「ね、ねぇ君たち安全な場所を知らないかしら?手紙を渡してはいさよならじゃ悲しいじゃない、もっと、こうほら出会いを大切にしない?」
頭の悪い安っぽい言葉しか出てこない。だが必死さだけはなんとしても伝わって欲しい。
なんせこっちは命がかかっている。サバイバルの経験などボーイスカウトで習った事しかない中身は軟弱な現代人なのだ。背中からおしりへ掛けての冷や汗が止まらない。そして今気が付いたがどうも私にも尻尾が生えているようだ。
「グキュ、グキュキュ、グゲグキュ」
「わふふふ、わうふ、ふみゅ、みゅ~ん!」
何か話し合っている。ドラちゃんが語尾を強くしている。連れていくか連れて行かないかの話し合いだろうか、良い方向に話が転がって欲しい。ただ、どうにもオルちゃんが渋っているような雰囲気だ。おかしいな、優しい子だと思ったんだけど。頼むぞドラちゃん、後でなんでもしてあげるからね!
「わうふ、わううう、うわうわうう!!」
「グゲ、グゲ」
「わううううう!」
「グキュ~」
決着は付いた。オルちゃんはドラちゃんにどうにも弱いらしい、しょうがないとばかりにため息を吐きこちら側へとやって来てくれた。
「ふみゅ。ふみゅ~ん」
「グゲ、グゲ」
楽しそうに甘えるドラちゃんとふてくされているオルちゃん。どちらもかわいいのでお礼の意味も込めて一緒に頭をなでりなでり。とたんに気持ちよさそうな表情になる二匹?にこちらも思わず笑顔になってしまう。
とにかくこれで何も解らず森を彷徨うだけの状況からは脱出できるようだ。まだまだ解らないことだらけであるが今はこのかわいい希望に情けなくもすがりついていこう。
「わうーん」「グキュー!」
もう前を歩きながらこちらを振り返り、こちらを急かす二匹に追いつくように私も体を起こして立ち上がる。ふわふわに変わってしまった足がゆっくりと湿った枯葉を踏みしめる。どうやら少しはまともに歩けるようにはなったらしい。
この一歩から私の異世界転生は始まるのであった。
次回、不気味な子犬についていく主人公の前に現れるのは果たして商人の馬車なのか、助けを求める少女なのか、盗賊なのか勇者なのか?




