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第21話 家畜の群れと自己搾取。生かさず殺さず搾り取られる氷の地獄

 深夜。中田の手引きで、俺はついに巨大要塞の最深部、地下五階の「保管庫」へと足を踏み入れた。  


 分厚い防護扉の向こうに広がっていたのは、身の毛のよだつような光景だった。


 広大な空間に、無数の円筒形のカプセルが整然と並んでいる。


 青白い冷却光に照らされたその光景は、まるで巨大な食肉工場のようだった。  


 カプセルの中には、特殊な培養液に満たされ、何本もの管に繋がれた全裸の人間たちが眠っていた。


「……嘘だろ」  


 並んでいる顔を見て、俺は息を呑んだ。


 テレビで見慣れた与党の重鎮、財界の大物、誰もが知る権力者たち。あのパーティーで見かけた政治家の顔もある。


 社会を牛耳っているはずの彼らが、ここではただの「生きた肉塊」として、等間隔で家畜のように並べられていたのだ。




 俺は震える足でカプセルの間を歩き、やがて「それ」を見つけた。


『NO.088 氷室』  


 プレートが貼られたカプセルの中。


 そこには、目を閉じて静かに眠る「俺自身」がいた。


 六十五年間使い古した、少し腹の出た、だが間違いなく血の通った俺の本当の体だ。  


 俺が一億円の人工の指先でガラス越しに頬に触れようとした、その時だった。


 機械が微かな駆動音を立て、俺の本体の背骨に突き刺さった何本ものチューブが脈動を始めた。


 そして、本体から黄金色に濁った液体が吸い上げられ、足元の小さなタンクへと抽出されていく。


「……あのアンプルか」


 俺は絶望的な吐き気に襲われた。


 毎月、あの冷たい地下室で俺の血管に流し込まれていた「特別な薬」。それは、俺自身の体から抽出された成分だったのだ。


 自分の体から搾り取られた液体を、自分の稼いだ金で買い取らされ、この作り物の体に打ち込み続ける。


 これほどの屈辱、これほどの完璧な自己搾取があるだろうか。


「クソッ……! 返せ、俺の体を……!」  


 俺が激昂し、ガラスを叩き割ろうと拳を握りしめた瞬間。  


 突如、隣の列にあったカプセルの一つが、けたたましい電子音とともに赤く点滅を始めた。あのパーティーで「須藤に消される」と怯えていた、あの政治家のカプセルだ。




『対象A-042。期日までの入金が確認できませんでした。これより維持プログラムを終了し、機密保持のため対象を破棄します』


 無機質な合成音声が響き渡ると同時に、カプセル内の培養液が一気に排出された。  


 俺は目を疑った。


 チューブから毒々しいガスが注入されると、政治家の肉体は数秒のうちにどす黒く変色し、まるでミイラのように急速に干からびていく。


 血も内臓も飛び散ることはない。


 ただ、人間という存在が、システムの一部として「処理」されただけの、あまりにも静かで、冷酷な光景だった。


「……うっ!」


 俺は喉の奥で悲鳴を殺し、後ずさった。  


 少しでも支払いが遅れれば、俺の体もあんな風に「処理」される。


 一度処理されれば二度と薬は作れず、今の俺も狂い死ぬ。  


 力づくでガラスを割って本体を引きずり出しても、この特殊な培養環境から出せばすぐに腐ってしまうだろう。  


 俺は血の滲むほど拳を握りしめ、自分の本体を振り返った。


(待っていろ。必ず、お前を安全に運び出す準備を整えて、迎えに来る……!)


 俺は屈辱と恐怖を胸の奥底に封じ込め、足音を殺してその氷の地獄から立ち去った。





続く


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