第14話 十億円の代償として俺は永遠にあの地下室の奴隷に成り下がる
深夜の雑居ビル。
人気のない裏口から隠し昇降機に乗り込み、俺は再びあの忌まわしい地下施設へと足を踏み入れた。
ひんやりとした無機質な空気が肌を刺す。
部屋の中央には、俺が五十年の寿命を持つ元の肉体を捨てた、あの冷たい処置台が置かれていた。
「お待ちしておりました、社長」
白衣姿の須藤が、恭しく頭を下げた。
だが、その声色には明らかな嘲笑が混じっている。
俺はふらつく足取りで処置台へと向かい、自らその上に身を横たえた。
冷酷な金属の感触が、背中から這い上がってくる。
「……指定された海外口座に、十億円を振り込んだ。さっさと確認しろ」
掠れた声で這い出すように言うと、須藤は手元の端末を無言で操作し、短く頷いた。
「確かに。それでは、これより第一回の保守作業を開始します」
須藤の合図とともに、顔を布で隠した助手が現れ、俺の右腕に太い針を突き刺した。
機械が低く唸り声を上げ、氷のように冷たく、ひどく粘り気のある薬液が、血管を通じて全身へと送り込まれていく。
(……っ!)
強烈な悪寒に全身が大きく跳ねた。
だが、直後に俺の肉体に奇跡が起きた。
ずっと白黒の灰に沈んでいた視界の端から、少しずつ、血が滲むように鮮やかな色彩が戻ってくる。
耳の奥底にへばりついていた不快な耳鳴りが嘘のように消え去り、白衣が擦れる微かな音さえもはっきりと鼓膜を叩いた。
そして何より――失われていたあの抗いがたい「睡魔」が、俺の脳の芯を優しく、そして力強く包み込み始めたのだ。
「あ……、ああ……」
深い安堵の吐息が漏れる。音も、色も、そして眠りも。
十億円という途方もない金と引き換えに、俺はようやく人間としての当たり前の尊厳を取り戻したのだ。
抗うことのできない深い泥のような眠りの底へと、俺の意識は沈んでいった。
――どれほどの時間が経ったのだろうか。
俺は、極上の爽快感とともに目を覚ました。頭の芯を焼いていた熱も、鉛のような重さも完全に消え去っている。
指先を動かせば、処置台の冷たい感触がはっきりと伝わってくる。
完璧だ。俺は再び、無尽蔵の体力を持つ無敵の肉体を取り戻したのだ。
だが、安堵の笑みを浮かべて身を起こそうとした俺は、頭上から降り注ぐ冷たい視線に射すくめられ、全身を硬直させた。
「おはようございます、社長。見違えるほど顔色が良くなられましたね」
見下ろす須藤の顔には、今まで俺が見たこともないほどの、底知れぬ暗い悦びが張り付いていた。
それはもう、部下が上司に向ける目ではない。
生殺与奪の権を握った「飼い主」が、哀れな家畜を見下ろす目だった。
「今回は初期の不具合ということで、特別に十億円で処置を施しました。ですが、社長のお体は非常に『燃費』が悪い。次回からは毎月、維持費として五千万円を頂戴いたします」
「……は? 毎月、五千万だと……?」
「ええ。もし支払いが遅れれば、再びあの眠れない日々が戻ってくるだけです。……いえ、次はさらに深い絶望が待っているかもしれませんね」
須藤は俺の耳元に顔を寄せ、悪魔のように囁いた。
「社長の命は、今や私が握っているのですよ。これからも末永く、よろしくお願いいたします」
その瞬間、俺はようやく自分の置かれた本当の地獄を理解した。
俺は鮫島に勝ったのではない。業界の頂点に立ったのでもない。
一億円という安値で自分の魂と肉体を売り渡し、永遠に須藤に金を貢ぎ続けるための、ただの生ける金庫に成り下がったのだ。
続く




