第13話 俺は眠りを奪われる地獄の中で須藤に屈服した
「十億だと? ふざけるな! 誰がそんな見え透いた罠に乗るか!」
俺は須藤の顔に唾を吐き捨てるように叫び、社長室を飛び出した。
五十億の体をケチって、一億の体を選んだ俺だ。
こんな得体の知れないメンテナンスに、ポンと十億も払えるわけがない。俺を騙そうとしているのは明白だ。
俺には裏社会にも独自のパイプがある。須藤を通さなくても、腕のいい闇医者くらい探せるはずだ。
その日の夜。
俺は札束を積み上げ、都内で一番の腕を持つと言われる闇医者を秘密の地下室に呼んだ。
「……なんだ、これは」
俺の血液検査と精密な体内写真を診た闇医者は、青ざめた顔で震え上がっていた。
「骨も内臓も、形は完璧だ。だが……細胞の作りが人間じゃない。なんだこの神経の構造は。しかも、その神経が少しずつ溶けて死にかけている」
「ヤブ医者め! 金ならいくらでも出すと言っているだろう! さっさと直せ!」
俺が怒鳴り上げると、医者は道具を鞄に詰め込みながら首を横に振った。
「人間の体じゃないんだ、俺の医療じゃどうにもならない。下手に薬を打てば、あんたの全身の神経が完全にショートして死ぬぞ」
医者は逃げるように部屋から出て行ってしまった。
その後も何人ものモグリの医者を金で叩いたが、誰もこの一億円の体に手を出そうとはしなかった。
そして、絶望の中で悪あがきをしている間にも、新たなる地獄が俺を襲い始めていた。
「眠り」が、少しずつ、だが確実に奪われていったのだ。
最初は、ベッドに入ってから二時間で目が覚めるようになった。
翌日は一時間。そして数日後には、目を閉じても一切の睡魔が訪れなくなった。
肉体的な疲労は全くない。その無尽蔵の体力が、かえって呪いのように俺を縛り付ける。
体はピンピンしているのに、脳の奥底だけが鉛のように重く、焼け付くように熱を持っているのだ。
夜の静寂の中、真っ暗な寝室の天井を見つめ続ける。
味もしない。音も遠い。景色は色褪せている。
その無機質な世界の中で、意識だけが異常なほど冴え渡り、決して俺を深い暗闇へと沈ませてくれない。
このまま永遠に意識を失うことができず、狂いながら生き続けるのか。
その究極の恐怖を前にして、俺の心は完全にへし折られた。
ケチな合理主義者としてのプライドなど、もうどうでもよかった。
数日後、たまりかねた俺は須藤に頼るしかないと、覚悟を決めた。
ふらつく足でベッドから這い出し、乾ききった口を開いて須藤に電話をかけた。
「……須藤、お前の勝ちだ。……十億、払う」
電話の向こうの須藤の声は、すべてを予想していたように穏やかだった。
『賢明なご判断です、社長。では、入金の確認が取れ次第、メンテナンスの準備に入ります』
「早くしてくれ……。一睡もできず、頭がおかしくなりそうだ……」
『かしこまりました。それでは、あの地下の施設でお待ちしております。お気をつけてお越しください』
一方的に切られた電話の冷たい電子音を聞きながら、俺は暗闇の中でただ絶望に震えていた。
続く




