第9話 一億円の若体で極上の肉と女を貪り俺は完全勝利を確信した
深い泥のような暗闇から、不意に意識が浮上した。
ゆっくりと目を開ける。視界に飛び込んできたのは、無機質な灰色の天井だった。
息を吸い込む。
ひゅうひゅうと鳴っていた情けない音はない。
新鮮な空気が、力強い肺の隅々にまで満ちていくのがわかった。
(……生きている。俺は、成功したんだ)
俺は透明な蓋を押し退け、上体を起こした。
信じられないほど体が軽い。
つい二日前まで、指先を動かすだけで激痛が走っていた老体が嘘のようだ。
自分の両手を見下ろす。
そこには、四十歳前後の逞しい男の腕があった。
拳を握り込むと、みなぎる力強さがはっきりと伝わってくる。
「お目覚めですか、社長」
部屋の隅から須藤が歩み寄ってきた。
その手には、俺の新しいサイズに合わせて用意された真新しい高級スーツが握られている。
「ああ……最高だ。須藤、これは最高の器だぞ!」
俺は台からゆっくり降りた。
足の裏が冷たい床を捉える確かな感覚。
俺は狂ったように笑い声を上げた。
あの麻酔の直前に聞いた不気味な警告音など、もう頭の片隅にもなかった。
これで俺は、あの鮫島をねじ伏せ、永遠に王座に君臨し続けることができるのだ。
その日の夜、俺は恵比寿にある行きつけの最高級ステーキ店にいた。
目の前で焼き上げられた分厚い肉を口に運ぶ。
噛み締めた瞬間、濃厚な脂の甘みと、野性味あふれる肉汁の旨味が口いっぱいに弾けた。
「……美味い」
思わず声が漏れた。弱った胃腸のせいで、ここ数年はまともに肉など喉を通らなかったのだ。
味覚も嗅覚も、以前の生身の体と何一つ変わらない。
いや、若返った分、むしろ味をより鮮烈に感じられる気さえした。
赤ワインを飲み干し、俺は勝利の美酒に酔いしれた。
夜はさらに続いた。都内の高級ホテルの一室。俺は金にモノを言わせ、極上の女を抱いた。
肌と肌が触れ合う熱。女の甘い匂い。体の奥底から突き上げるような激しい欲望。
すべてが完璧だった。
鮫島は五十億も払ってあの肉体を自慢していたが、たった一億円のこの安物でも、生身の人間と全く同じ快楽が十分に味わえるじゃないか。
深夜、俺は心地よい疲労感とともに、最高級のベッドに深く沈み込んだ。
目を閉じると、あっという間に深く甘い眠りが俺を包み込んだ。
こんなに満たされた安らかな眠りは、何十年ぶりだろうか。
俺の判断は間違っていなかった。
すべてを手に入れた。金も、権力も、永遠の若さも、そして快楽も。
翌朝。
窓から差し込む朝日で目を覚ました俺は、ベッドの上で大きく伸びをした。
最高の気分だ。
隣でまだ心地よさそうに眠る女をよそに、俺はガウンを羽織って窓際のソファに腰を下ろした。
あらかじめ頼んでおいたルームサービスのワゴンから、淹れたてのコーヒーを注いで口に運ぶ。
その時だった。
(……ん?)
一瞬、舌先に触れたはずのコーヒーの苦味が、まるでただのお湯のように「無味」に感じられた気がした。
俺は眉をひそめ、もう一口含む。
今度は、芳醇な香りと苦味がしっかりと広がった。
「……気のせいか。まだ体が完全に馴染みきっていないだけだろう」
俺は鼻で笑い、カップを置いた。
そう、ただの気のせいだ。
俺の完璧な勝利の計算に、狂いなどあるはずがないのだから。
続く




