2 入学初日の災難(2)
――ひとまず落ち着こう。
こんなこともあろうかと、学院の警備配置や防御結界の構造式を覚えておいて良かった。
大抵の教育機関では、王城と同じように外部からの侵入を防ぐための防御結界が張られている。
流石に防御結界を壊して入学式に参列、なんてことをしたら退学どころか不法侵入と公的結界損壊罪で前科ニ犯ルート確定なのは目に見えているのでしないが。
この時間帯なら、門番は裏口の門の警備をしているだろう。
そういうわけで、取り敢えず私は裏口の門へと向かった。
幸い、門番はやはり裏門の前に立っていた。
あとは、こちらがこの学院の入学式の参列者であることを証明して中に入れてもらうだけだ。
そう考えて、入学証明書を取り出そうとカバンに手を入れたが、不思議なことに、カバンの中にはそれと言ったものが見つからない。
事情を察して私は、その場で頭を抱えた。
入学証明書を家に置いてきてしまったのだ。
例の如く、いつもの不運だろう。
だが侮ることなかれ、こんなこともあろうかと、私は予備の入学証明書をカバンのファスナー付きポケットに一ヶ月前から入れていた。
ポケットのファスナーを開けて、証明書を取り出す。
門番の人が優しくてよかった。
証明書を見せたら、すんなり私を裏門から中へ入れてくれた。
ほっと一息ついたのも束の間、私はこれ以上式に遅れないように走って入学式が行われている場所へと急いだ。
荘厳な雰囲気の講堂で、入学式が執り行われている。
長時間話を聞き続けるのにも飽きたのか、、生徒達は皆疲れたような顔をしており、中には舟を漕いでいる者も何人かいた。
学院長による挨拶も終わり、いよいよ式も終わりが見えてきたときだった。
「えー、では最後に、新入生代表によるスピーチで、入学式を締めくくりたいと――」
バン!!
講堂の扉が、大きな音をたてて開かれた。
あまりにも突然のことだったので、その場にいる全員が目を見開き、居眠りしていた者も思わず飛び起きてしまった。
扉を開けた本人は、思ったより音でかかったな、なんて呑気なことを考えて自分が座る予定だった席を探している。
そんな中、式の進行を担当していた一人の教諭が口を開き、シャルルに問いかけた。
「遅刻者ですね?名前とクラスを述べなさい」
シャルルはその指示に従うべく、ごく自然に、自分の名を言った。
「1ーαの、シャルル・レインコートです」
そうシャルルが言った瞬間、講堂中がどよめき、その場にいる全員の顔が不安と恐怖で塗り替えられた。
「今、あの新入生は自分のことを何と言った?」
「レインコート?レインコートってあの『女神様に見放された一族』の?」
「おい、お前ら!気安くその名を口にするんじゃない!呪われたいのか!?」
「あぁ、恐ろしい!呪われた一族の末裔と同じ学年だなんて、僕の人生はもうお終いだ!」
阿鼻叫喚とはまさにこの状況だろう。
教員までもが恐怖を露わにし、言いたい放題にシャルルに対して毒を吐いていた。
シャルルからすればこんな反応慣れっこだが、それでもやはり、こうも恐れられ、疎まれてはいい気はしない。
才能があっても人格まで良いとは限らない。
結局、天才だろうが凡人だろうが、人を噂や主観でしか判断できないなら全員同じようなものだ。
そう思い、シャルルが内心失望しながら自分の席に着き、前を向いた時だった。
キィィイン…!
とマイクがハウリングする音が聞こえ、さっきまで喧騒に包まれていた講堂が嘘みたいに静かになった。
音を出した人物を見るべく、全員が一斉に舞台の方に視線を向けると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
「新入生代表、1ーαのアルバート・サニーサイドだ」
「きゃあぁぁ!アルバート様よ!」
「相変わらずお美しい…!あぁ、あの方と同じ学舎で学校生活を共に過ごすことができるだなんて、私はなんて幸運なのかしら!」
青年が自分の名前を言うなり、今度は女子生徒達の黄色い歓声で講堂中がいっぱいになり、男子生徒達は憧憬の眼差しをその人物に向けていた。
シャルルもその名を聞いて、周りの生徒がこんなに沸き立っている理由を察した。
――アルバート・サニーサイド。
美しい金髪と、夜空をそのまま閉じ込めたような深い青色の瞳を持つ見た目麗しいその青年は、この国ローズウッドの第一王子である。
外見の良さはもとより、溢れんばかりの優れた才能とその人柄の良さから、国民から絶大な支持を得ている。
特に女性からの人気は凄まじく、巷では『初恋キラー』なんてあだ名で呼ばれるほど多くの女性の心を奪っている。
(まぁ確かに、顔良し性格良し頭良しの三拍子が揃ってる優良物件をほっとくわけもないか。ま、私には関係ないな)
そう思っていた時、アルバートがおもむろに教員に向かって口を開いた。
「スピーチを初めても?」
呆気に取られていた教師達も、アルバートの言葉で式を進行しなければいけないと思い出したのか、慌ててマイクを手に取り指示を出した。
「コホン、改めまして、新入生代表、アルバート・サニーサイド様によるスピーチです」
会場にいる全員の視線がアルバートの方へ向き、耳を傾けている。
シャルルがふと視線を感じて舞台の方を見ると、アルバートと一瞬目があったような気がしたが、すぐ逸らされてしまった。
(……今一瞬こっちを見た?いや、ただの偶然か)
全体を見渡し、全員が自分の方を見ていると確認してからようやく、アルバートはスピーチを始めた。
「サニーローズの花が満開に咲き誇る、この素晴らしき日に、フォルローゼ王立学院に入学出来ることを心より嬉しく思います。これからの3年間で、優秀な学友達と切磋琢磨して競い合い、個々の才能を磨きながら充実した学校生活を遅れると思うと期待で胸がいっぱいです。どうか、これからの学院での生活が幸で満たされますよう、心からの祈りを。新入生代表、アルバート・サニーサイド」
そう言って、スピーチは締めくくられた。
(随分とまぁ大仰なスピーチだったな)
それを声に出すことはなかったが、シャルルからしてみれば王族のお手本のようなスピーチで心に響くようなものはなかったのだろう。
しかし、周りの生徒は違ったらしい。
その直後、感動を抑えきれないように辺りは鳴り止まない盛大な拍手で包まれ、入学式が終わった。




