1 入学初日の災難(1)
『女神様に見放された一族』を知っているだろうか。
この国、ローズウッドでは、かつて運命をも捻じ曲げ、国に降りかかった厄災を払った救国の女神・フォルティナが強く信仰されている。
国の危機を救ったフォルティナは、ローズウッドの領地全土と国民に祝福として未来永劫まで続く幸運の加護を授けた。
だから、ローズウッド国民は皆女神様の愛し子と言われ、幸運を何よりも愛し、不幸を何よりも恐れている。
そんな国に存在する公爵家が、我がレインコート家だ。
レインコート家の血を引くものは皆、生涯"謎の"不幸に見舞わられ、幸せを知らぬまま人生を終える。
そのため、不運を呼び起こす不吉な存在、女神様に見放された呪われた一族として、レインコート家は国中の国民から疎まれ嫌われている。
まぁつまり何が言いたいかっていうと、
ガシャン!
「きゃあ!お嬢様、申し訳ありません!私が不注意なばかりにお召し物に紅茶を――」
「大丈夫、"いつものこと"だから」
その一族の血を引く、レインコート家の一人娘である私、シャルル・レインコートも超不運体質ということだ。
「本当に申し訳ございません、お怪我はありませんか?」
「問題ないからそんなに心配しないで。それより、割れたカップの掃除をお願いしてもいい?」
「はい、ただいま掃き道具を持って参ります!」
そう言って、メイド――アシュリーは慌ただしく部屋から出て行った。
「はぁ、今月で何回目だっけ……」
勘違いしないでもらいたいが、うちのメイドがドシだから、だとか、実は私のことを恨んでいてわざとカップを割った、だとかそんなことが原因な訳じゃない。
むしろうちで働いている使用人たちはみんな人格者の集まりだし、給仕や掃除に関しても、王家のバトラーと比べても遜色ない程のものだ。
まぁ、レインコート家に仕えているような物好きなだけあって、少し、いや、だいぶ変わったところもあるけれど。
ローズウッドの国民は皆、レインコート家に関わることはおろか、名前を口にすることでさえ忌避している。
何でもレインコート家の人間に関わると呪われる、レインコートの名を口にすれば不幸な目に遭う、なんて根も葉もない噂を信じているらしい。
確かに私達が不運体質なのは事実だけれど、周りを巻き込むような不幸なんて訪れることはないのに。
閑話休題、話を戻そう。
ここまでくればもうお察しだと思うが、カップがこうやって何度も割れるのは、私の不幸体質によるものである。
まぁでも、私からしたらこんなのはまだマシな部類だ。
道を歩けば10秒と絶たず馬車に轢かれかけるし、空から落ちてきた植木鉢なんて5歳のときに反射で防御魔法を展開して防げるようになった。
一つ問題があるとするなら、私がレインコート家の人間の中でも随一の不幸体質の持ち主ってことくらいだけれど。
そんなことを考えていると、コンコンコンと、部屋のドアが叩かれた。
「どうぞ」
「シャルル、またカップが割れたらしいわね。怪我はない?それと、入学式の準備はできた?」
訪問者の正体はお母様だった。
きっと、私が無事に入学式へ行けるか心配して家を出る前に様子を見にきたんだろう。
「うん、怪我はないし、準備もできてるよ」
「そう、それなら良かったわ。学院でお友達ができると良いわね」
「わざわざ"私"と仲良くするような人なんてそうそういないと思うけどね」
「もう、またそうやって捻くれたこと言って。何でもかんでも否定的に考えるのは貴方の悪い癖よ」
「だって事実だし」
「はぁ、まぁいいわ。玄関に飾ってある時計、時間が少しズレているから気をつけてね。それと、母様たち、これから国外出張でしばらくの間家を空けるから、その間お留守番お願いね」
「わかった、お母様も気をつけてね」
お母様が部屋を出て行った後、ふと視界に違和感を感じた。
「カップが片付けられてる……」
きっとお母様が魔法で処理してくれたのだろう。
そう思い、私は部屋の外にいた使用人に、アシュリーに掃除はもう不要だと伝えるよう頼んだ後、家を出た。
雲一つない澄み渡る青空に、降り注ぐ暖かな光、ローズウッドが誇る『次世代を担う天才』を育てるためにつくられたフォルローゼ王立学院の入学式には絶好の天気だろう。
私が今日入学するフォルローゼ王立学院は、その生徒の優秀さと、入学試験の難易度の高さで国だけでなく大陸中にもその名が知られている。
フォルローゼ王立学院の生徒は皆、合格率5%以下の超難関筆記・実技試験を突破した類い稀なる才能を持つ天才達ばかりだ。……一部を除いては。
近年、フォルローゼ王立学院では、裏金や上位貴族からの圧力による不正入学が多発している。
発生が認知されているだけでもまだマシだが、不正入学者が一向に減らない様子から見ると、捜査はよほど難航しているか、学院側のやる気はないらしい。
だからこそ、私がここへ入学することになったのだが。
そうこうしているうちに、目的地に着いた。
道中で植木鉢は何度か落ちてきたけれど、道にも迷わずにわか雨にも遭遇しないなんて、今日の私の不運は随分と大人しい。
そう思いつつも、目的地であるフォルローゼ王立学院に視線を向ける。
外から何度か見ることはあったが、改めて見ると学舎にしては随分煌びやかな外装だ。
王家の別荘です、だなんて言われても疑うことはないだろう。
しかし、私はそこで何か違和感を感じた。
「門が閉まってる…?」
可笑しい、いついかなる不運に備えて、私は一時間前行動を常としている。
今日だって家を出る前に、玄関の時計を見て、時間をしっかり確認してから来たはずだ。
…待てよ、玄関の時計?
………しまった!あの時、お母様が言っていたことを忘れていた!
『玄関に飾ってある時計、時間が少しズレているから気をつけてね』
少し、だなんて言うからてっきり5分や10分程度のズレだと思っていた。
でもこの様子だと、2時間以上はズレていたに違いない。
そういえば、思い返してみればお母様は、私が塩と砂糖を間違えて作ってしまったクッキーを気づかずに出してしまってそれを食べた時も、「少ししょっぱいけれど、美味しいわよ」といって嬉しそうに食べていた。
後で残った分を食べた時に、私が想像を絶する塩辛さに驚いて棚に頭をぶつけて塩の入った瓶を倒して後処理が大変だったのは記憶に新しい。
その時はただ、お母様が私に気を遣ってあんな風に言ったんだと思っていた。
その後も似たような言動でお母様に驚いたことはあったけど、あぁ、お母様は天然なんだな、程度にしか考えなかった。
もっと早く気づくべきだったんだ、お母様の表現かピンキリすぎるってことに…!
前言を撤回する、今日の不運が大人しいなんて笑えない冗談だ。
あぁ、入学初日に遅刻だなんて、なんて災難だ!




