19 退屈(2)
やばいやばいやばいやばい。
とにかく急いで木々の間を走り抜ける。
時間通りに目覚めるところまでは良かったのに、まさか家の門を出た瞬間に凶暴化した闘牛の群れに突っ込まれてアーシェンドの森まで吹っ飛ばされるとは思っていなかった。
移動用の箒も持っていないし、転移魔法なんて使ったら今度こそソーン塔で後生を過ごすことになるだろう。
転移魔法は便利な反面、犯罪などに悪用されやすく数ある魔法の中でも危険視されているので、一般に国家の許可なしに使用してはいけない。
こんな森の中で使ってもバレないと思うかもしれないが、転移魔法は魔力の消費が超超多いので、使ったらすぐに近くの巡回兵にバレてしまうだろう。
せめて身体強化系の魔法が使えたら良かったのに、悲しきかな、私はそのあたりの魔法はからっきしなのである。
そう言うわけで、今の私ができることはただ全力で走ることだけだった。
まぁ、度重なる不運に加えて、素の運動能力だけをみれば下の下である私が走ったところで結果は高が知れているので、普通に授業には遅刻した。
何とか途中から1限目の授業を受け終わり、2限目は実践魔法術である。
訓練場へ行くと、リクトーレ先生から3人組になるように言われた。
うーん、困ったな………以前まではアルバート様がいたから良かったけど、アルバート様のいない今となっては私と組んでくれる人なんて皆無だろう。
辺りを見渡すと、私以外はもうトリオを組み終わっている様子だった。
………アルバート様も、既に相手がいるようだ。
いや、そんなことを気にしてる場合じゃない。
何とかして空いているところを探してグループに入れてもらわなければ。
もう一度、目を凝らして周囲を何度も見る。
…………お、見つけた。2人組の女子生徒だ。
気は進まないが、授業である以上誰かとはトリオを組む必要があるので致し方ない。
私は重い足取りで2人の生徒に近づいていった。
「……すみませんが、余ってしまったのでグループに入れてもらってもいいですか?」
私がそう言うと、意外にもその女子生徒達は嫌がるような素振りを見せなかった。
「……!えぇ、もちろんですわ」
何やら一瞬間があったが、歓迎してくれているようなのでよしとしよう。
「私の名前はエリーゼ•スート。こちらの彼女はメイズ•ルンドルトですわ。本日はよろしくお願い致します」
おぉ、丁寧に自己紹介までしてくれるなんて。
こんなに普通の対応をされたのはアルバート様以来なので新鮮だ。
私も挨拶を返さなければ。
「こちらこそ、よろしくお願いします。私の名前はシャルル………」
「もちろん知っていますわ、シャルルさんですよね?噂はかねがね聞いております。何でも、あのアルバート様ととっても仲が良いんだとか」
名前を名乗ろうとすると、食い気味にそう言われた。
「………確かに何度か授業をご一緒させてもらったことはありますが、それはアルバート様が善意で声をかけてくださっただけです。こんな私と仲が良いだなんて、アルバート様に迷惑ですよ」
私がそう否定すると、前の2人は少し顔を歪めた。
「まぁ、そんなご謙遜なさらずとも良いんですよ?私達が何度一緒に授業を受けようと誘っても、一度も応じてくださらなかったアルバート様が、ああもずっと貴方と一緒にいるんですもの」
「えっと……………」
口は笑っているが、声は確実にこちらに対して敵意を含んだものだった。
私が返答に困っていると、タイミングよくリクトーレ先生の声が聞こえた。
「全員、グループになれたようですね。それでは、今から皆さんにやってもらうことを説明をします」
リクトーレ先生が話し始めたことで、エリーゼさんとメイズさんも私から目を離して前を向く。
「これから皆さんには、グループ内で魔法を用いた戦いを行ってもらいます。使う魔法の種類は問いません。相手を気絶させるか、降参と言わせたら勝利です。ただし、間違っても致命傷を負わせたり、死亡させることはないように。また、この授業での様子を見て、此度のフォルローゼ武闘会のシード選手の候補を決めます」
シード選手というワードに反応して周囲がざわつく。
武闘会にシード権が存在していたなんて知らなかった。
まぁ、いずれにせよ一回戦で敗退する予定の私には関係のないことだ。
何と言ったって、私はローズウッド中の国民から疎まれるレインコート家の人間なのだから。
私が競技場に入った途端、観客からのブーイングの嵐でしばらく試合を始めることができないだろう。
ちなみにこれは、ミドルスクールで開催された魔術コンテストに出場した時に経験したことである。
まったく、一体私が何をしたって言うんだ。
周囲のざわめきも落ち着き始めると、リクトーレ先生が再び口を開いた。
「準備はいいですね?…………それでは、始め!」
リクトーレ先生の合図で、周りの生徒達が一斉に動き始めた。
さて、私も早く準備を……………
「神の雷!」
「っ…………!?」
直後、エリーゼさんが攻撃を仕掛けてきた。
……せめて私が準備し終えるのを待って欲しかったんだが。
さっきまで私がいた場所を見てみると、地面が酷く抉られている。
間一髪で避けられたから良いものの、当たっていたら大怪我じゃ済まないレベルの威力だぞ。
少し非難する気持ちを込めた目でエリーゼさんの方を見ると、彼女は残念そうに口をへの字に曲げていた。
「あーあ、当たりませんでしたか、残念ですわ」
「大人しく死んでおけば良かったのにね」
メイズさんがエリーゼさんの言ったことに同意する。
うーん、何だか嫌な予感しかしない。
「『呪われた一族』の癖に、アルバート様にベタベタとひっついて……」
「いや、ベタベタはしてない………」
「うるさい!!貴方なんかがいるせいで、あのお方は私に振り向いてくれないのです!貴方さえいなければ、私は今頃アルバート様と………!」
この話の通じなさ、デジャヴを感じる。
ここ数ヶ月はアルバート様と関わっていないからといって油断していた。
私がチラッとアルバート様の方を見た瞬間に、今度はメイズさんとエリーゼさんが一斉に攻撃を仕掛けてきた。
「緑の洗礼」
「神の雷!」
挟み撃ちでの攻撃は流石に避けきれないな。
「水の鉄壁」
ドォオォン!!
防御魔法を前後に展開して攻撃を防ぐ。
水の鉄壁は魔力コントロールが難しい分、防御魔法の中で最も魔力消費が少ない。
そのため、広範囲に防御魔法を展開する場合はできるだけ水の鉄壁を使うようにしている。
水の鉄壁と相性の悪い緑の洗礼を防ぎきれるか少し不安だったが、問題なかったようで安心した。
しかし、ホッと一息つく間もなく次の攻撃が飛んできたのですぐに防御魔法を張りなおす。
「くっ………地獄の業火!!」
ジュワァァァア………!
しまった、炎の温度に耐えきれなくて魔力で作った水が蒸発してしまった。
水の鉄壁が破られたことに気を取られていると、いつの間にかあたり一帯に大きな影ができていることに気がついた。
慌てて頭上を見ると、20メートルはあるだろう巨大な岩が今にも落ちてきそうな様子で浮いていた。
驚いて目を見開く私を見て、エリーゼさんが不敵に笑う。
「ふふふ、これで終わりですわ。巨人の投石」
瞬間、岩が私に向かって真っ直ぐ落下してきた。
これはどうやって対処しようか。
流石に防御魔法では岩の重量に耐えきれないし、かと言って今から落下範囲外に移動するのも間に合わないだろう。
そうこう考えているうちに、巨大岩が私の眼前まで迫っていた。
ドォォォォォオオオン!!!
そのあまりに大きな音に、他の生徒達は思わず手を止め、音の正体を確かめようと視線を向けた。
そこにはあの巨大な岩が鎮座している。
岩が落下したのを見て、エリーゼとメイズは歓喜する。
「やったね、エリーゼ」
「えぇ、メイズ。やりましたわ!今度こそ、シャルルさんを仕留めることが………」
ビキッ
何かが割れるような音がした。
エリーゼとメイズが目を向けると、音の出どころはどうやらあの巨大な岩らしい。
ビキッッ
また、あの音がする。
けれど、今度はさっきより音が大きい。
その音を聞いて、エリーゼとメイズの頭に一つの最悪な可能性が浮かぶ。
「え、エリーゼ。あ、ありえないよね、そんなこと」
「え、えぇ、メイズ。だって、避けられるはずが……!」
また音がする。
ビキッ………ゴォォン!!
岩が、裂けるようにして真っ二つに割れた。




