17 一難去って(3)
ボォォォォォオ…………!!!
私が魔法を放った瞬間、何らかの原因で釜が大きな爆発音と共に燃え始めてしまった。
ぶっちゃけこうなることは予想できていたので、すぐに火消しの魔法で火を鎮火させて対処する。
いつも通り、今日も私の不運は絶好調だな。
すると、何故かアルバート様は火が消えた釜に近づいていって釜を触り始めた。
「アルバート様、何を………」
私の問いかけを遮るようにして、アルバート様の言葉が重なった。
「底に炭素の塊が付着していた。おそらくこれが原因で、さっきのような事態が起こったんだろう」
「炭素が………?」
「君の不幸には、必ずどこかに原因がある。その因子を前もって取り除くことができれば、不運なんて起こりもしないだろう」
だからアルバート様は発火の原因を調べるためにわざわざ釜を触っていたのか。
でも、
「そんなことをしたって無駄ですよ。いつ、どこから、何が原因で、不幸が訪れるかわからないんですから。探そうとしてもキリがありません」
最初から原因がわかるなら、私はここまで苦労していない。
どんなに周囲に気を配っていたって、不運はいつも突然訪れて私を襲うんだ。避けようにも避けようがない。
「そうかな?僕はそう思わないが」
そう言って、アルバート様は何故か楽しそうにニコニコ笑っていた。
何が面白いのかわからないけど、そんなことより早く調合を進めなければ。
「釜ならもう、炭素を取り除いて綺麗にしたぞ」
仕事が早いな。
……アルバート様は余計なことさえ言わなければ完璧なのに、本当に色々ともったいない人だ。
「ありがとうございます」
再び火おこしの魔法を釜にかける。………今度は無事成功したようだ。
薬草を釜に入れるタイミングは、確か水が沸騰し始めてきっかり3分後だったはず。
この沸騰し始めを正確に見極めるのが、眠れな薬を作る上でもっとも難しいところである。
とりあえず、水が煮立つまではまだ時間があるし、薬草を切り刻んでおこう。
「アルバート様、薬草を切るので手伝ってもらってもいいですか?私は、このシゲキ草とシビレ花を……」
「待て、それに触れるな」
ゴム手袋をし、自分が切る分の薬草を取ろうとすると、アルバート様に慌てて止められた。
「このシビレ花、おしべがついている」
「………!本当ですね、気づきませんでした」
シビレ花は読んで字の如く、素手で触ったり食べたりしたら手や喉を痺れさせる成分を持つ危険な植物の一種だ。
中でもシビレ花の花粉はその成分が凝縮されており、ほぼ原液の塩酸と変わらない。
しかも、厄介なことにその花粉は空気に触れたり熱にあたるとすぐに気化してしまい、直接触らなくても人体に影響を及ぼすので一般に実験用のシビレ花は、やくが切断された状態で使われる。
アルバート様が気づいてくれなければ、今頃気化した花粉で皮膚が爛れていただろう。
「…ありがとうございます。アルバート様のおかげで、手が痺れずに済みました」
「礼ならいい。さぁ、薬草を刻もうか」
その後もアルバート様は、
「ゴム手袋の指先が破けかけている。新しいものに取り替えよう」
「袖がビーカーの中に入りそうだ。今のうちにまくっておいた方がいい」
などと何度も私が気付いていなかったところにすぐ気付いて指摘してくれた。
そのおかげで私がやっているにも関わらず、順調に調合作業が進められている。
そしてついに、
「で、できた…………!」
とうとう最後まで何事もなく、完璧な眠れな薬を作ることができた。
「中々良い出来じゃないか。流石だな、シャルル」
「…………いえ、アルバート様が助けてくれたから、作ることができたんです。私の実力ではありません」
「僕はただ、自分が気付いたことを言っただけで、作業を行ったのは全部君だ。僕じゃない」
「ですが、アルバート様がいなければ今頃……」
「そう、それなんだ。君も薄々気付いているんだろう?」
アルバート様はまた、さっきのような自信に満ちた笑みを浮かべていた。
「………何がですか?」
「君の不運は、事前に対策して回避できる。君が原因に気付けなくても、不運が起こる前に、誰かが先に気付けばいいんだ」
「…………!」
アルバート様のおかげで、本来なら起こるはずだった不運を回避できたのはわかっている。
でも、ただの偶然だと心の中で決めつけて、その可能性を否定してる自分がいた。
「僕ならそれができる。君の不運の全てを防ぐことは無理でも、少しは君の助けになれるはずだ」
…………この人はどうして、こんなにも私を気にかけてくれるんだろう。
『女神様に見放された一族』なんかに構ったってアルバート様にメリットは一つもないし、むしろデメリットしかない。
だから今まで、私と関わろうとする人なんて使用人と家族以外誰1人としていなかったし、私も他者との関わりを避けていた。
でも、学院に入ってアルバート様と出会い、一緒に過ごして少しずつ自分が変わっていくのがわかった。
この人なら、アルバート様なら信じてみても良いのかも知れない。
くだらない噂や血筋なんて関係なしに、ただの同級生としてアルバート様は私と接してくれる。
表面上ではいつも嫌がっている素振りを見せても、心の中ではいつも、それが嬉しくてたまらなかった。
………それでも、
だからこそ、誰よりも優しいこの人と一緒にいてはいけない。
今は平気そうに見えても、いつかきっと、私の存在がアルバート様の邪魔になってしまうから。
「お気遣い痛み入りますが、今まで私は1人で生きてきました。そしてこれからも、それは変わりません。アルバート様も今後は、私に関わらない方がいいですよ。私と一緒にいては、何が起こるかわからないんですから」
「…………本当に、それでいいのか?シャルル、僕は……!」
「みんな調合が終わっているようだし、そろそろ完成した魔法薬を提出してもらおうかな!」
アルバート様が何か言いかけていたが、そこにタイミング良くリーク先生の声が重なってしまった。
「………提出してきます」
気まずい雰囲気から抜け出したくて、すぐに席を立って眠れな薬を提出しに行った。
その様子を、アルバート様は黙って見つめていた。
全員提出が終わり、そのまま授業も終わったので、私は足早に教室から出ていった。
あんな風に一方的に拒絶して、アルバート様には申し訳ないと思っているが、これ以上迷惑をかけないためにも、アルバート様とはもう関わらない方がいい。
その日から、アルバート様が私に話しかけてくることはなくなった。




