16 一難去って(2)
ガラガラッ………!
「はぁ、はぁ………失礼します」
なんとかチャイムが鳴り終わるギリギリに教室まで辿り着けたぞ………
扉を開けた瞬間、同級生達の刺すような視線が突き刺さった。
……なんだか最近ろくな視線を感じていない気がするが、まぁいいか。
席を探そうと辺りを見渡したその時、まったく聞き覚えのない声が聞こえた。
「もう!遅刻ギリギリだよー?今回は許してあげるから、次から気をつけるよーに!」
声のする方を見ると、そこには派手なピンク色の髪の毛をおろし、白衣を着た女性が両手を腰に当てて立っていた。
「すみません、ありがとうございます……」
「うん!すぐに謝れるのは良いことだね!さ、席に座って座って!」
見たことないが、新任の先生だろうか。
イヴェリッチ先生は先の事件で失脚したし、おそらくそうなんだろう。
私が座れる席を探してキョロキョロと周りを見回していると、アルバート様がこっちに向かって手招きしているのが見えた。
それを見てアルバート様の方に行こうとした時、ふと、さっき先輩に言われたことが頭によぎった。
『アルバート様が望んで貴方の隣にいるとでも思ってるわけ?』
なんてことない、ただの嫉み。
アルバート様本人がそう言っていたわけでもないし、何より、私に絡んできてるのはあっちの方だ。私じゃない。
本来ならそこまで気にする必要もないはずだけど、何となく、何かが心の中で引っかかってしまって、私はアルバート様を無視して彼とは真反対の席に座ることにした。
私が違う席に座った時、アルバート様はひどくショックを受けたような顔をしてこちらを見ていた。
……そんな顔をされたら、こっちが悪いことをしたみたいじゃないか。
アルバート様だって、私なんかと一緒にいるより他の生徒といた方が、幸せな学園生活を送れるだろう。
私は心の中でそう決めつけ、アルバート様からの視線も無視して前を向いた。
「はい、みんなちゅーもーく!」
その声でみんなも一斉に黒板の方を向くと、先ほどのピンク髪の女性が教卓の前で仁王立ちしていた。
「全員揃ったようだし、まずは自己紹介するね!私はポプス・リーク!前任のイヴェリッチ先生に代わって今日から1年の魔法科学を担当するよ!気軽にポップちゃんって呼んでねー!これからよろしく!」
教室内がざわつく。
無理もない。どちらかといえば暗い雰囲気だったイヴェリッチ先生とは真逆の人が来たんだ、誰だって困惑するだろう。
それに、さっきは気づかなかったが、よく見るとネイルをしているしピアスも開けている。
明るくて親しみやすそうな雰囲気はあるが、教師としては少し風紀が乱れすぎているような気が……
その自己紹介の強烈なインパクトに呆然としている私達を置いて、リーク先生は今日やる実験の内容を話し始めた。
「今日はー、眠れな薬を調合してもらいまーす!今隣に座っている人とペアになって作ってね!」
分かってはいたけど、眠れな薬か………
授業で材料や効能については習ったが、詳しい作り方までは説明されていなかったので、今日の実験ではその予習が必須となる。
しかし、眠れな薬はたとえ作り方を知っていたとしても、材料のわずかな重さの違いや薬草を入れるタイミング一つズレるだけでまったく効果が違った出来上がりになるので、一度で完璧に作るのは学生には至難の業だ。
特に、私にとっては。
まぁそんなことは置いておくとして、私にペアなんていないんだが。
どうしようかと左右を見た時、見覚えのある金髪が目に入った。
「やぁ、僕を無視するなんてひどいじゃないか」
「???」
なんとそこには、私とは真反対の席に座っているはずのアルバート様が肘をついて座っていた。
心なしか、いつもより機嫌が悪い気がする。
「………誰かから嫌味でも言われたのか?」
図星を突かれ、思わず表情が歪みそうになる。
貴方のことで先輩達に絡まれました、なんて言ったらいくら"あの"アルバート様でも気を使うだろう。
別にわざわざ言うほどのことでもないし、変に真実を言ってアルバート様を困らせるのも申し訳ないので、ここはうまく誤魔化すことにした。
「いえ、そういうわけでは……」
きっと嘘をついていると顔に出ていたんだろう。
私がそう言うと、アルバート様は心底呆れたような表情をしてため息をついた。
「はぁ………答えたくないなら、今はそれでいい。ただ、僕は僕の意思で君の隣にいる。それだけは、忘れないでくれ」
「………わかりました」
アルバート様はまるで全てわかっているかのような口ぶりで、そう言ってきた。
アルバート様のことだから、ただの勘なのか、それとも本当に私が先輩と話しているところを見たのか分からないのが恐ろしい。
まぁ、本人はもう私に無視されたことなんてすっかり気にしていない様子だし、これ以上変に考えるのもやめよう。
「材料は全部机の上にあるから、みんな頑張って作ってねー!それじゃ、作業始め!」
先生の言葉を合図に、周りの生徒が一斉に手を動かし始めた。
私たちも始めなければ。
私は何となくなら作り方を覚えているが、アルバート様はどうだろうか。
「よし、段取りは全て任せたぞ、シャルル」
「……はい?」
今、何と言ったんだこの男は??
任せる?私に?全部??
この人はペアワークの意味を、単独作業とでも思っているんだろうか。
アルバート様は知らないかもしれないが、私は調合するのが苦手だ。
理由はもう言わなくてもわかるだろう。そう、私の不幸体質が原因である。
ただでさえ、クッキーひとつ作るのにもいつのまにか砂糖と塩を間違えているのに、調合なんて私がやれば闇鍋(薬草ver.)をしているみたいなものだ。
今まで何度か魔法薬の調合をしてきたけど、計量器が壊れていてまったく違う分量で薬草を使用したせいで回復薬のつもりが毒薬ができたり、釜の火が急に爆発して部屋が丸焦げになってしまったりと、どれも散々な結果だった。
幾重にも重なる不運を経験した私は決意した。
もう1人で魔法薬の調合をするのはやめよう、と。
そんな私に向かって「全部任せたぞ」だなんて軽々しく言うアルバート様は、きっと自分がどれだけ命知らずな発言をしているのか気づいてないんだろう。
「どうしたんだ?君ならこのくらいの調合、"簡単"にできるだろう?」
アルバート様がにやにやしながらそう言ってきた。
さてはこの人、私が調合なんてまともにできないと分かった上であの発言をしたな?
本当に性格が悪い。しかも、事実だからはっきり否定できないのも悔しいところだ。
というか、簡単だ、と言うくらいならアルバート様がやればいいじゃないか。
わざわざ私がやらなくたって、アルバート様にとっては知育菓子を作るようなものだろに。
そう思っていると、アルバート様は、まるで私の心を読んだかのように、私の疑問に答えた。
「僕がやっても、単純作業のようになってしまって面白みがなくなるじゃないか。その点、君が調合すれば何か起こること間違いなしだ」
「何か起こってはダメなのでは?私がやれば、ろくな魔法薬が完成しませんよ」
「その時はその時だ。さ、早く作業を始めてくれ」
完全に他人事だと思ってるな…………
はぁ、こうなってしまっては、もう私がやるしかないんだろう。誠に不服だが。
「…………わかりました。ですが、アルバート様も少しは手伝ってください。流石に私1人で全部やるのは無理があります」
「もちろんだ。僕にできることがあれば、何でも言ってくれ」
誰のせいでこうなったと思っているんだ、この愉快犯め。
不安しかないが、やるしかない。
調合を始めるにあたって、まずは基本となる液体を沸騰させるために、釜に向けて火おこしの魔法を放った。




