12 チェックメイト(1)
翌日。私はもう慣れてしまった変装をして、学院の教員室でイヴェリッチ先生が来るのを待っていた。
なぜ側から見れば部外者であるはずの私が学院の中に入ることができているのかというと、端的に言ってしまえばアルバート様のコネのおかげである。
昨日、アルバート様には大きくわけて二つのことを頼んだ。
一つは、フォルローゼ王立学院に教育実習生が訪問してくるという趣旨が書かれた手紙を学院の監督部に送ってもらうこと。
そして無事に受理してもらえた結果、訪問許可証をアルバート様からもらった私は学院への潜入に成功した。
公文書偽造罪じゃないかと思うかもしれないが、アルバート様によると、国が極秘調査などで偽の文書を使用することはざらにあるらしい。
もちろん、どの文書を何のために偽造するかを国の調査機関に申請し、厳正な審査を通った上で許可をもらう必要があるが。
本来なら審査には一ヶ月ほどかかるのだが、今回はアルバート様が融通をきかせて調査機関所長に直接許可をもらってきてくれたので、すぐに事が運んだ。
そういうわけで、今回の潜入は学院内にいる危険人物の調査として公的に調査機関に認められている。
そしてもう一つは……おっと、イヴェリッチ先生が私の元へやってきたようだ。
「君か、私が監督することになった教育実習生は」
「はい、ローズ・ウェルスです。イヴェリッチ先生の学会での活躍を耳にし、是非ご教授いただきたいと思って今日はここへきました。よろしくお願いします」
もちろん悪い意味での活躍だ。
イヴェリッチ先生の学会での悪評は学者であれば誰もが、さらには大抵の学生でさえ知っているほど広まっている。
「ほぅ、なかなか見どころのある若者じゃないか。君には期待できそうだよ」
「恐縮です」
「1限目は2ーβで授業だ。君は私の補佐をしながら、私の授業を見学していてくれ」
「わかりました」
話してみた感じ、アルバート様が言っていたように機嫌が急変するような様子は見られなかった。
まぁしばらく様子見といくか。
しかしその後の授業でも、
「――では、主にノーラントの高原地帯で見られる薬草の名を…君、答えてみなさい」
「えっと……わからないです」
「いや、いい。苦手な分野は誰にでもある。じゃあ代わりに――」
「何?フラスコを割ったのか?はぁ、責任を持って自分たちで片付けをしたまえよ」
と言った様子で何事もなく午前の授業が全て終わってしまった。
アルバート様が会った時は偶然機嫌が悪かったのか?
いや、それでも油断はできない。
確か、午後に授業は入っていなかったはずだ。
陽が落ちるまであとやく3時間、それまでになんとかイヴェリッチ先生を犯人だと示す確実な証拠を見つけなくては……!
今すぐイヴェリッチ先生と話がしたいが、先ほど昼食を食べてくると言って別れたばかりだったので、すぐにいくのは少し気が引ける。
仕方ない、しばらく他の先生達に書き込み調査でもするとしよう。
約20分後、学校の食堂でイヴェリッチ先生を見かけると、ちょうど昼食を食べ終わった様子だったので私は彼に話しかけに行った。
「イヴェリッチ先生、この後お暇ですか?お話ししたい事があって…」
「いいだろう。ここではなんだ、場所を変えよう」
イヴェリッチ先生はそのまま私の手首を掴み、有無を言わせないと言った感じで私を引っ張って行った。
……なんだか様子が変?
さっきと雰囲気がまるで違うし、私がイヴェリッチ先生に合わせて歩き始めても手首を掴む力は弱まるどころかむしろ強くなってる気がする。
少なくとも午前中は何ともなかったはずなんだけどな……
そう考えていると、本練と真反対にある、今は使われていない旧練にある教室の一室に着いていたようだ。
机や椅子はほとんど持ち出されており、数脚ほどしかない。
イヴェリッチ先生は、その中の2つを引っ張り出してくると、それらが向かい合わせになるように配置した。
イヴェリッチ先生が一方の椅子に座ったので、私もその向かいの椅子に座った。
「それで、話とは何かな?」
「……イヴェリッチ先生は、3日前に有給をとっていたとお聞きしました。しかも、その日は生徒は休日だから1日中使って行われる重要な会議があったことも。そんな日にわざわざ休暇をとって何を?」
「研究に忙しかったんだ。だからその日は1日中、自宅で研究に明け暮れていたよ」
「その研究の内容は?」
「君には関係のない事だ。……まさか私の研究を盗もうと……?ふざけるなよ貴様!!」
「!?」
イヴェリッチ先生はひったくるように私の胸ぐらを掴んだ。
急に様子が……!?
しかも口調が乱暴になっている気がする……確かにアルバート様の言っていた通り、情緒が不安定なようだ。
とりあえず今は、彼を落ち着かせないと。
「ち、違います!優秀な先生の次の研究内容はどんなものかと、気になってしまって……」
「………………………そうか」
今度は急に静かになった。
表情もさっきとは違い完全に無になっている。
本当にどうしたんだ?
ここは一つ、賭けに出てみるか……
「そういえば、1ーαのシャルル・レインコートはご存知ですか?」
「アイツか……もちろんだ。アイツには私の偉大なる研究の為の踏み台になってもらったからな……おっと、今のは気にしないでくれ」
「偉大なる研究……?もしかして、今先生がなさっている研究のことですか?まぁ!是非お聞かせ願いたいです!」
ボロを出したな?このチャンスを逃すわけにはいかない、ここは必要以上に大袈裟な反応をしておこう。
「そこまで言うなら……いいだろう、君には特別に教えてあげようじゃないか。私の研究内容――黒魔石を利用した魔力の抹消方法について」




