表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャングル娘と花姫さまの世界まるごと大冒険~空飛ぶバナナを追いかけていたら、世界樹を救う旅に出ることになりました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/21

第八章 花姫さまが、はじめて怒る

 群島を出て、一日が経った。

 海の上は静かだった。昨日みたいに追手の船は来なかった。ゲコッタがゆっくり泳いで、波が穏やかで、風が気持ちよかった。

 あたしはゲコッタの背中で寝転んで、空を見ていた。

 雲が流れていた。形が変わりながら、どこかへ行く。ここからは見えない場所へ。

 群島のことを考えていた。ルミナのことじゃなくて、フロリアのことを。

「だめでは、ありません」と言ったときの声。あれは怒っているのとは違った。でも、普通でもなかった。

 何だったんだろう、とあたしは思った。

「リオナ」

ポポルが呼んだ。

「うん」

「考え事してるポポ」

「してる」

「フロリアのことポポ」

「なんで分かるの」

「顔に出てるポポ」

 あたしは起き上がった。フロリアはゲコッタの背中の前の方で、膝を抱えて座っていた。海を見ているのか、目を閉じているのかよく分からない。

「ポポ」

あたしは小声で言った。

「昨日のフロリア、何がむっとしてたの」

「リオナとルミナが楽しそうにしてたからだポポ」

「楽しかったのは楽しかったじゃん」

「そうだポポ。でも、フロリアは一人だったポポ」

「いっしょに行こうって言ったよ」

「高いのが苦手だって言ったポボ」

「ポボ?」

「ポポだ。だから行けなかったポポ。行けなかったのに、リオナはルミナと走り回ってたポポ」

「……うーん」

「うーんじゃないポポ」

「うーん」

「うーんって言うなポポ」

 あたしはフロリアの方をもう一度見た。フロリアは相変わらず海の方を向いていた。

 どう声をかければいいか、考えていたら。

 ゲコッタが「見えるゲコ」と言った。


 島が見えた。

 群島とは全然違う。空には浮いていなくて、海から普通に出ていた。でも、何かおかしかった。

 近づくにつれて、分かってきた。

 島の上に、別の船がいた。

 商会の船だ。昨日とは違う船で、大きかった。帆に紋章がついている。甲板に人が何人かいて、長い棒みたいなものを島の方に伸ばしていた。

「何してるの?」

あたしは聞いた。

「植物を採っているゲコ。よく来る船ゲコ。この辺の珍しい植物を持っていくゲコ」

「乾きの商会?」

「そうゲコ」

 フロリアが立ち上がった。

「近づいてください」

「危ないゲコ」

「見たいのです」

 ゲコッタはゆっくり島に近づいた。

 甲板から、長い棒――採取用の道具らしかった――で、島の斜面に生えた植物を引っこ抜いていた。根ごとだった。引っこ抜かれた植物は、金属の箱に入れられていた。

 フロリアの顔が変わった。

 怒っているのとも違う。でも、普段のフロリアではなかった。目が細くなって、口が真一文字になって、体が少しだけ前に傾いていた。

「根ごと、抜いています」

「うん」

「根ごと抜かれたら、植物は死にます。場所から切り離されて、土から切り離されて」

「商品にするから、きれいな状態で持っていきたいんじゃないかな」

「きれいな状態」

フロリアがその言葉を繰り返した。

「きれいな状態で、死んでいるのですね」

 あたしは何も言えなかった。


 商会の人たちは、植物を乱暴には扱っていなかった。

 むしろ、驚くくらい丁寧だった。

 葉に傷がつかないよう布で包み、根についた土を払って、白い箱の中へ並べていく。花びらの向きまで揃えている。

 だからこそ、余計に変だった。

 植物たちは、きれいにされるほど、元いた場所から遠くなっていくように見えた。

 船の甲板に、一人、違う人がいた。

 他の人たちは作業着だったけど、その人だけ白い服を着ていた。日よけの帽子をかぶって、眼鏡をかけていた。手に、植物標本を入れるケースを持っていた。

 その人が、こちらを向いた。

 目が合った。

 白い服の人が、船べりに来た。

 二十代の後半か三十代の初めくらいの女の人だった。眼鏡の奥の目が、穏やかだった。怒っているわけでも、慌てているわけでもなかった。ただ、見ていた。

「花姫」と、その人が言った。

 声も穏やかだった。

「カラマ、と申します。乾きの商会で、研究の責任者をしています」

 フロリアが返事をしなかった。

 カラマが続けた。

「ここの植物を調査しています。珍しい種が多い。世界の各地で、管理されずに失われていく自然が多い。採取して保存することで、後世に伝えられる」

「保存」

フロリアが言った。

「はい。美しい状態で。標本にして、記録して、管理する」

「美しい状態で、死んでいる」

 カラマが少しだけ目を細めた。

「死ではありません。記録です。生きていれば、いつか失われます。管理された形で残す方が、長く続く」

「植物は、管理されるために生きているのではありません」

 フロリアの声が変わった。

 あたしは思わずフロリアを見た。声の温度が、普段と違った。低くて、揺れていなかった。

「植物には、場所があります。土があります。隣に誰がいるか、水がどこから来るか、風がどちらから吹くか。それが全部あって、その植物です。根ごと抜いて、箱に入れて、管理するのは――」

「保護です。放っておけば、世界は乱れます。命に任せるから、植物は失われる。人間が関わることで、守られるものがある」

「それは、管理したいだけです」

「管理の何が悪いのですか」

カラマが少し前に出た。

「あなたは花姫だ。世界樹の力で、しゃべる動植物の声を守ろうとしている。でもその方法も、一種の管理ではないですか。種を集めて、世界樹に戻して、世界を整える。それは、自然に任せることではない」

 フロリアが黙った。

 カラマの言葉が、空気の中に残った。

「一度、話しましょう。花姫。あなたの考えを聞きたい。わたしの研究も、見てほしい」

「見る必要はありません」

「なぜ?」

「あなたの言葉の中に、植物の声がありません」

フロリアはカラマをまっすぐ見た。

「美しい、管理する、保存する。でも、痛い、苦しい、怖い、という言葉がない。植物を見ているようで、植物の話を聞いていない」

 カラマが少し止まった。

 初めて、表情が動いた気がした。

「……花姫には、声が聞こえるのですか」

「聞こえます」

「羨ましい。わたしには聞こえない。だから、記録するしかない。残すしかない」

 フロリアが何か言おうとした。

 そこで、甲板の奥から声がした。

「カラマ様! 採取が終わりました! それと、例のものを――」

「あとにしなさい」

カラマが振り返らずに言った。

「でも――」

「あとに、と言いました」

 甲板がしーんとなった。

 カラマがフロリアを見た。

「花姫。あなたが最後に何を選ばなければならないか、知っているのでしょう?」

 フロリアの体が、わずかに固まった。

「……何のことですか」

「世界樹の花から生まれた命は、最後に世界樹へ還る。古い記録に、あります。あなたも知っているはずだ」

 あたしは、フロリアを見た。

 フロリアは、カラマを見たまま動かなかった。

「種を集め終わったとき、あなたは一人で背負うことになる。それでも、信じることができますか。命に任せることを」

「……できます」

フロリアの声は、揺れなかった。

「できます。なぜなら、わたしは一人ではないから」

 カラマが少しだけ、フロリアの後ろを見た。あたしのことを見たのかもしれない。

「そうですか。では、また会いましょう。花姫」

 カラマが船の内側に戻っていった。

 しばらくして、商会の船が動き出した。島から離れて、別の方向へ進んでいった。


 船が見えなくなってから、あたしはフロリアに近づいた。

「フロリア」

「……はい」

「さっきの、カラマって人。何を言いたかったの」

「わたしへの、牽制です」

フロリアは海を見ていた。

「種を集めるのをやめさせようとしているのか、それとも――試しているのか、どちらかです」

「最後に一人で背負う、って言ってた」

 フロリアが少し黙った。

「……確かではありません」

「でも、知ってたんだ」

「古い記憶の中に、それに近いものがあります。でも、わたし自身も、まだ本当の意味を分かっていません」

「世界樹へ還るって、フロリアがいなくなるってこと?」

 フロリアはすぐには答えなかった。

 波の音だけがした。

「……そうなる可能性が、あります」

 フロリアが、あたしの名前を呼んだ。

「リオナ」 

「うん」

「今は、考えないことにします」

 あたしの方を向かずに、でもはっきりした声で言った。

「確かでないことを今から心配しても、種は集まらない。あなたなら、そう言うと思ったので」

「言う」

「でしょうね」

 フロリアが少しだけ笑った。でも、その笑い方は、いつもより小さかった。

「でも」

 フロリアが少し間を置いた。

「少し、怖いです。カラマに言われると、現実みたいになる」

 あたしは何か言おうとした。

 うまい言葉が、今回も出てこなかった。

 だから、フロリアの隣に立った。肩が触れるくらい近くに。

 フロリアが少しだけあたしの方を向いた。

「何ですか」

「何もない」

「また、隣にいるだけ、ですか」

「そう」

 フロリアは前を向いた。

 今度は、肩が離れなかった。


 ポポルが降りてきて、二人の前に立った。

「ポポからも言っていいか」

「どうぞ」

「カラマという人、悪い人じゃないポポ」

「分かります。植物を愛している。それは本物です。でも、愛し方が――」

「声を聞かずに、見てるだけだポポ」

「そうです」

「でも、フロリアも、少し気をつけた方がいいポポ」

「わたしが?」

「カラマが言ったこと。一人で背負う、というやつだポポ。フロリアという人は、そういうことを本気でしようとするポポ」

 フロリアが黙った。

「ポポは見てたポポ。フロリアという人が、種を集めるたびに、少し遠くを見る目をするポポ。どこか、もう決めてしまっているような目だポポ」

「……ポポルさんは、よく見ていますね」

「ポポだ。それだけが取り柄だポポ」

 フロリアが少しだけ目を伏せた。

「まだ、決めていません。決められないでいます」

「それでいいポポ。決めなくていいポポ。でも、一人で決めるなポポ」


 夕方になった。

 島が遠くなっていた。商会の船が採取していた斜面に、根の切られた跡がいくつか残っていた。あそこだけ、土が剥き出しになっていた。

 フロリアがその場所を最後まで見ていた。

「フロリア」

あたしは呼んだ。

「はい」

「さっき、カラマに言ったこと」

「何を?」

「一人じゃないから、できる、って」

 フロリアが少し止まった。

「……言いました」

「本当にそう思ってる?」

 フロリアがあたしを見た。しばらく、あたしの顔を見ていた。

「……思いたいです。まだ、信じ切れていない部分がある。でも」

「でも?」

「リオナがそこにいると、少し信じられる気がします」

 あたしは笑った。

「じゃあ、いつもそこにいる」

 フロリアが少し目を細めた。笑っているのか、困っているのか、よく分からない表情だった。

「……大げさです」

「大げさじゃない」

「あなたは、いつも言葉が足りないか、多すぎるかのどちらかです」

「今回はどっち?」

「……今回は、ちょうどいいです」

 波の音がした。ゲコッタが「今日はここで停泊ゲコ」と言った。

 空が赤くなっていた。

 あたしは今日のことを順番に思い出した。ルミナと走ったこと、フロリアが一人で端に立っていたこと、カラマの穏やかな目、フロリアが退かなかったこと。

 フロリアは、思ったより強い。

 怖がりで、泥が苦手で、虫に驚く。でも、退かなかった。カラマに何を言われても、揺れなかった。

 守られるだけじゃない、とあたしは思った。

 最初に遺跡で見たとき、きれいだと思った。次に、面倒だと思った。それから、真面目だと思った。今は――

 何だろう、とあたしは思った。

 うまい言葉が出てこなかった。でも、悪い感じじゃなかった。

 ポポルがあたしの肩に乗ってきた。

「何考えてるポポ」

「いろいろ」

「フロリアのことポポ」

「うるさい」

「当たりだポポ」

「うるさい」

 フロリアが少し離れたところで、種を確認していた。三つ、手のひらの上で光っていた。

 あと四つ。

 世界は広くて、まだ遠い。でも今日より昨日より、少しだけ前に進んでいる。

 そういう感じが、悪くなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ