表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャングル娘と花姫さまの世界まるごと大冒険~空飛ぶバナナを追いかけていたら、世界樹を救う旅に出ることになりました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/21

第十七章 声が消える世界

 記録を読むのに、一晩かかった。

 ポポルとミミラが壁の文字を読み続けた。あたしはフロリアの隣で、二人が読むのを聞いていた。フロリアは最初、眠ろうとしていた。でも眠れないらしくて、目を閉じたまま、二人の声を聞いていた。

 夜中過ぎに、ポポルが「ポポ、分かったポポ」と言った。

 あたしは起き上がった。フロリアも目を開けた。

「何が分かったの?」

あたしは聞いた。

「世界樹が、最初に弱り始めた理由だポポ。種が散らばったのは、原因ではなくて、結果だったポポ」

「どういうこと?」

「世界樹は、世界中の命の声によって支えられていたポポ」

ポポルが壁を示した。

「根から根へ、地脈を通って、声が届く。その声が世界樹の栄養だったポポ。でも、人間たちが便利さを求めて、自然との関わりを減らしていったポポ。声を聞かなくなった。声を出さなくなった。世界樹への声が、少しずつ細くなったポポ」

「それで、弱ったの?」

「そうだポポ。種が散らばったのは、世界樹が弱った結果として起きたことだポポ。種を戻せば、一時的には回復するポポ。でも、根本的な解決にはならないポポ」

「根本的な解決は?」

フロリアが聞いた。

「声だポポ。世界中の命の声が、再び世界樹に届くようになれば、世界樹は自分で回復できるポポ。花姫が還らなくても」

 フロリアが少し止まった。

「……花姫が還らなくても?」

「そうだポポ。古い記録に、はっきり書いてあったポポ」

ポポルがミミラを見た。

「ミミラ、確認してポポ」

「はい」

ミミラが壁を示した。

「ここに書いてあります。花姫は世界樹の声を伝える者であり、世界樹に還る必要があるのは、命の声が届かない場合のみ。命の声が十分に届けば、花姫は人の姿のまま存在できる、と」

 部屋が静かになった。

 フロリアが七つの種を手の中で握った。

「……では」

フロリアの声が少し震えていた。

「世界中の命の声を、世界樹に届けられれば」

「フロリアは消えなくていいポポ。旅を続けられるポポ」

「本当ですか」

「ポポが読んだポポ。ミミラも読んだポポ。本当だポポ」

 フロリアが目を伏せた。

 しばらく、何も言わなかった。

 あたしはフロリアの隣にいた。何も言わなかった。言わなくていいと思った。

 フロリアの肩が、少しだけ動いた。

 泣いているのかもしれなかった。でもあたしは確かめなかった。

 ただ、隣にいた。


 朝になった。

 ポポルが「急ぐポポ」と言った。

「世界中の命の声を集めるなんて、どうするの?」

あたしは聞いた。

「旅で出会った仲間たちに声をかけるポポ。バロン、チクード、ルミナ、コラル、火山、キノコ谷。みんなに、声を世界樹に向けてもらうポポ。それだけじゃ足りないかもしれないポポ。でも、始めることが大事だポポ」

「連絡はどうするの?」

「ゲコッタがいるポポ」

「手紙を届けてもらう?」

「そうだポポ。ゲコッタは速いポポ。口の中の手紙は、しっとりするポポ。でも届くポポ」

「フロリアも届けてほしい人はいる?」

「世界樹に直接、声を届けることができます。種を七つ持った今、世界樹と繋がっています。でも、一人では弱い。世界中の声が重なって初めて、十分な力になります」

「じゃあ、手紙を書こう」

「ポポも書くポポ」

「わたしも書きます。カラマ様に、話したいことがあります」

 ミミラが言った。

 みんなで、古代都市の部屋で手紙を書いた。

 あたしは字が苦手だった。フロリアが隣で助けてくれた。バロンへの手紙、チクードへの手紙、ルミナへ、コラルへ、火山の島民たちへ、キノコ谷へ。全部に、同じことを書いた。

 世界樹に声を届けてほしい。声の届け方は、それぞれが知っている方法でいい。ただ、届けてほしい。

 手紙を書きながら、あたしは七つの種のことを思い出していた。

 バロンの森。チクードの島。ルミナの空。コラルの声。火山の熱。キノコ谷の胞子。古代都市の眠り。

 種は、ただの小さな光じゃなかった。

 それぞれの場所に、それぞれの声があって、あたしたちはそれを少しずつ預かってきたのだ。

 七つの種を集める旅だと思っていた。

 でも本当は、世界中の声を集める旅だったのかもしれない。


「これで足りる?」

あたしはフロリアに聞いた。

「足りるかどうかは、やってみないと分かりません。でも、始めることが大事です」

「ポポが言ったのと同じだね」

「ポポルさんは正しいことを言います」

「ポポだ。正しいかどうかは、やってみてから言うポポ」


 手紙を持ってゲコッタのところへ戻ろうとしたとき、外が騒がしくなった。

 岩の迷宮の外から、何か聞こえた。

 あたしは走った。迷宮を抜けて、島の外へ出た。

 空が、変だった。

 雲の色がおかしかった。灰色というより、色が薄かった。光が弱かった。朝なのに、夕方みたいな光だった。

 それから、音がなくなっていた。

 鳥が鳴いていない。波の音はあるけど、鳥の声が、虫の声が、植物の声が――ない。

「フロリア」

あたしは呼んだ。

「分かります」

フロリアが後ろから来ていた。顔が青白かった。

「世界樹の力が、大きく乱れています。七つの種が揃ったのに、まだ世界樹へ戻っていない。その状態が長く続きすぎました。限界が来ています」

「これが、声が消えるということ?」 

「始まりです。このまま放っておけば、もっと広がります」

 ポポルが耳をぴんとした。

「リオナ、聞こえるポポ?」

「何が?」

「遠くから、声が来るポポ。でも、おかしいポポ」

 あたしも耳を澄ませた。

 聞こえた。

 遠くから、声が来た。でも、普段と違った。割れていて、かすれていて、途切れ途切れだった。

「バロンの声だポポ。森の方から来るポポ」

 あたしは空を見た。

 空飛ぶ群島の方向から、何かが降りてきた。鳥だった。鳥人族の鳥だった。羽根の形で分かった。でも、飛び方がおかしかった。ふらふらしていた。

 鳥が砂浜に降りた。

 ルミナだった。

 顔が青くて、羽根が少し色を失っていた。

「リオナ!」

ルミナが叫んだ。声がかすれていた。

「大変だ。群島の植物たちの声が、急に弱くなった。住民の半分が、声を失い始めてる。何が――」

「声が消えている。世界樹の力が乱れています」

 フロリアが伝えた。

「どうすれば」

「声を届けてほしいのです。世界樹に向けて」

「声を届ける? どうやって?」

「あなたが知っている方法で。歌でも、言葉でも、風を切る翼の音でも。命が発する声は、全部、世界樹に届きます。でも今、声が薄くなっている。みんなの声が重なれば、届くはずです」

 ルミナが少し考えた。

「……群島の住民を集める。歌うことなら、できる」

「お願いします」

「分かった」

 ルミナが飛び立った。


 その後、次々に知らせが来た。

 ゲコッタが海から戻ってきた。

「海底都市から、伝言ゲコ。サンゴの色が、さらに白くなっているゲコ。コラルから、何があったか教えてほしいゲコ、と」

「ゲコッタ、手紙を届けてほしい。海底都市に、キノコ谷に、砂漠の島に、火山の島に、バロンの森に。全部に」

「任せるゲコ。ゲコッタの口の中、まだ空いてるゲコ」

「しっとりするけど、急いで」

「しっとりでも、届けるゲコ。郵便屋の誇りにかけてゲコ」

 ゲコッタが出発した。

 ミミラが手紙を持ってきた。

「カラマ様への手紙です。わたしが書きました。読んでから、届けてください」

 あたしは受け取った。字がきれいだった。あたしには読めなかった。フロリアが読んだ。

「カラマさんへ、管理することと、信じることの違いについて、もう一度話したい。今夜、声が消え始めた世界を見て、わたしは怖かった。でも、怖いまま逃げたくない。いっしょに、考えてほしい――と書いてあります」

「ミミラが書いた?」

あたしは聞いた。

「わたしが書きました。伝わるかどうかは、分かりません。でも、言いたかった」

「伝わるよ」

「なぜ分かりますか」

「カラマは昨日、揺れてた。フロリアに言われたとき、目が揺れてた。揺れている人には、言葉が届く」

 ミミラが少し間を置いた。

「……リオナは、人を見るのが得意ですね」

「フロリアにも言われた」

「フロリアさんも同じことを思っているのですね」

ミミラはそう言って、少し笑った。

「お似合いです」

「何が?」

「二人が」

 あたしは何も言わなかった。

 顔が少し熱い気がした。


 午後になると、世界の声が続けてやってきた。

 遠くから、バロンの声がした。大きな声で、でもかすれていた。

「花姫! 種を早く戻せ! 森の声が消えかけている!」という声が、風に乗って来た。

 チクードの島の方向から、低い声がした。「我を抜け!」という声だったけど、途中で切れた。それでもチクードだと分かった。

 火山の方向から、どごんという音がした。泣き声だった。でも言葉になっていなかった。言葉を失いかけているんだと分かった。

 キノコ谷の胞子が、地脈を通って伝わってきた。フロリアが感じ取った。

「キノコ谷は、まだ声を持っています。でも、薄くなっています」

「急がないといけない」

「そうです」

「でも、世界中の声を集めるのに、どのくらいかかる?」

「分かりません。でも――」

「でも?」

 フロリアが七つの種を握った。光が揺れた。

「始まっています。ルミナが声を集め始めている。群島の住民の歌が、かすかに届いています。キノコ谷の胞子も届いています。バロンが森に声をかけ始めている。まだ少ない。でも、届いています」

「声が集まれば、世界樹に届く?」

「届きます。でも、わたしが世界樹と繋ぎ役にならなければ、バラバラのままです。声を一本の流れにまとめる役が必要です」

「フロリアが、その役?」

「そうです」

「消耗するんじゃないの?」

「消耗します」

フロリアがまっすぐあたしを見た。

「でも、還る必要はありません。声の流れを繋ぐだけなら、ここにいたままできます」

「本当に?」

「本当です。ただし」

「ただし?」

「乾きの商会の装置が起動されれば、種の力が乱れます。声の流れが断ち切られます。そうなれば、もう一度やり直しが必要になります」

「カラマは装置を使わないって言ってた」

「カラマさんは使いません」

フロリアが少し目を細めた。

「でも、バンゴさんが一人で動く可能性があります」

「バンゴが?」

「任務への責任感は、本物だと思います。カラマさんがいなくても、自分で動くかもしれない」

「見張りが必要だポポ」

「あたしが行く」

「リオナが?」

「フロリアは声の繋ぎ役をしないといけない。ポポルは記録の読み解きが必要なときのために残る。あたしが装置を止めに行く」

「装置の場所は分かりますか」

ミミラが聞いた。

「分かる?」

あたしはミミラに聞いた。

「わたしが案内します。バンゴ隊長が装置を持っていた場所は、見ていました」

「いっしょに来てくれる?」

「はい」

ミミラが少し間を置いた。

「わたしはもう、商会の仕事はしません。でも、今日のことを止めることは、したいです」

「ありがとう」

「礼はいいです」

「礼を言います」

 ミミラが少し笑った。

「フロリアさんと同じことを言いますね」

「そうかな」

「そうです。二人とも、礼を言います」


 出発する前に、フロリアに言った。

「行ってくる」

「はい」

「声の繋ぎ役、消耗しすぎないで」

「気をつけます」

「倒れたら困る」

「倒れません」

「倒れそうになったら、ポポルに言って」

「言います」

「本当に?」

「本当に」

 あたしはもう一つ言いたいことがあった。でも、うまく言葉にできなかった。

 代わりに、フロリアの手を少し握った。

 フロリアが少し目を細めた。

「行ってください、リオナ」

「うん」

「全員で戻りましょう」

「戻る。絶対に」

「リオナ」

「うん」

「簡単に言うポポ」

「え?」

「全員で戻る、って、さらっと言ったポポ。でも、ポポはそれが一番好きだポポ。リオナのそういうところが、一番好きだポポ」

 あたしは少し驚いた。

「ポポ、珍しいね。そういうこと言うの」

「夜じゃないのに言ったポポ。それくらい本気だポポ」

「……うん。ありがとう」

「行けポポ」


 ミミラといっしょに、商会の船が停泊している方へ向かった。

 島の反対側だった。岩場を越えて、海岸に出ると、商会の船が見えた。

 バンゴが甲板にいた。

 大きな装置を運んでいた。金属でできていて、形は複雑だったけど、種の力を引き出す道具だとカラマが言っていた。バンゴが一人で運んでいた。

「隊長!」

ミミラが叫んだ。

 バンゴが振り返った。

「ミミラ! どこにいた! 任務は――」

「装置を使わないでください」

「何?」

「カラマ様も、使わないと言いました。装置を起動すれば、種の力が乱れます。世界樹への声が途切れます。今、世界中の声が世界樹に向かっています。それを壊すことになります」

「任務は、種を手に入れることだ」

バンゴの声が、さっきより小さかった。

「種は、すでに花姫が持っています。取り戻せません」

「装置で――」

「装置で奪えません。花姫は、七つの種を世界樹に繋ごうとしています。声が届けば、世界樹は回復します。声が届かなければ、世界は今夜見た状態になります。バロンの声も、チクードの声も、消えていきます」

 バンゴが黙った。

 あたしはバンゴを見ていた。

 バンゴは、ゴリラ王バロンに会ったことがあるんだろうか。チクードを知っているんだろうか。しゃべる動物や植物に、何かを感じたことがあるんだろうか。

「バンゴ」

あたしは呼んだ。

「野生児娘か。お前たちにずっと逃げ回られていた」

「逃げてた。でも今は逃げてない」

「何が言いたい」

「バンゴがいる島で、木が声を持ってた。花が歌ってた。カエルが手紙を運んでた。そういうの、変だと思った?」

「……変だとは思わなかった。ただ、そういうものだと思っていた」

「いつか、声が消えたら?」

「……」

「静かな島に、ただの木だけあって、何も言わない世界になったら?」

 バンゴが装置を見た。

 それから、ゆっくり、装置を船の甲板に置いた。

「……起動しない」

バンゴが言った。

「ありがとう」

「礼は要らん。ただ、任務に失敗した、というだけだ」

「失敗じゃないと思う」

「仕事だからな。失敗だ。ただ――」

バンゴが空を見た。空は、まだ色が薄かった。

「この空が元に戻るなら、それでいい。それだけだ」


 フロリアのいる場所に戻る途中、空の色が少し変わった。

 薄かった光が、少しだけ戻ってきた。

 遠くから、歌が聞こえた。

 群島からだった。ルミナが住民たちを集めて、歌い始めているんだと分かった。群島の声が、空を通って届いてくる。

 地面の下から、キノコの胞子の音がした。

 海の方から、サンゴの声がした。

 火山の方から、どごんという音がした。今度は泣き声じゃなかった。力強い、響く音だった。

「フロリアが、繋いでる」

あたしは言った。

「そうです。あちこちの声が、一本の流れになっています」

「感じるの?」

「感じられません。でも、分かります。何かが変わっています」

「うん、変わってる」

 走った。

 フロリアのいる古代都市へ向けて、あたしは走った。

 じゃあ、世界中に声を届ければいいんだね、とあたしは言った。

 簡単に言わないでください、とフロリアは言った。

 簡単じゃなくても、やる、とあたしは言った。

 やっていた。

 本当に、やっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ