表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジャングル娘と花姫さまの世界まるごと大冒険~空飛ぶバナナを追いかけていたら、世界樹を救う旅に出ることになりました~  作者: 明石竜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/21

第十六章 乾きの商会、本気を出す

 夜明けと同時に動いた。

 砂浜が白みかけたころ、三人はゲコッタの背中から島へ移った。ゲコッタが「気をつけるゲコ」と言った。いつもは「しっとりしたゲコ」とか「口の中が広いゲコ」とか言うゲコッタが、今朝はそれだけだった。なんか、しっかりした感じがした。

「ゲコッタ、ありがとう」

あたしは言った。

「どういたしましてゲコ。全員で戻ってくるゲコ」

「戻る」

 島の岩場は、夜明けの光の中で灰色に見えた。岩と岩の間に隙間があって、その隙間が迷宮の入口になっていた。ポポルが頭の中の地図を確認した。

「入口は三つあるポポ。左、真ん中、右。商会がどこから入ったかによって、今どこにいるか変わるポポ」

「フロリア、種の気配はどこから強い?」

「真ん中の入口の方向から来ます。でも、別の気配もあります」

「別の?」

「人の気配です。すでに中にいます」

「商会か」

「おそらく」

「どっちから入る?」

あたしはポポルに聞いた。

「右から入るポポ。右からの方が、回り道になるポポ。でも、商会と鉢合わせしにくいポポ。奥で合流する形になるポポ」

「回り道でも、先に着けそう?」

「ポポの地図が正しければ、着けるポポ。商会がどのくらい進んでいるかによるポポ」

「行こう」

「行きます」


 迷宮の中は、暗かった。

 でも光がなかったわけじゃない。壁に古いランプが埋め込まれていて、かすかな光を出していた。何百年も前のランプが、まだ光っているのが不思議だった。世界樹の力、とポポルが言った。

 道が入り組んでいた。右に曲がって、左に曲がって、上に登って、下に降りる。どこへ向かっているのか、あたしには全然分からなかった。でもポポルが迷わなかった。肩の上で耳をぴんと立てて、「こっちだポポ」「次は左だポポ」と言い続けた。

「ポポルの地図、すごいね」

「記憶だから、すごくはないポポ。生まれた時から入ってるだけだポポ」

「それがすごい」

「フロリアの種の気配も、似たようなものだポポ。生まれながらに持ってるものを使ってるだけだポポ」

「わたしは、それがすごいと思っていませんでした。当たり前だと思っていたので」

「当たり前のことを当たり前にできるのが、一番強いポポ」

「ポポルさんは、また大事なことをさらっと言いますね」

「木の実でも食べながら言えばよかったポポ。さらっと感が増すポポ」

 あたしは笑いながら、前を見た。

 壁の模様が増えてきた。植物の模様、太陽の模様、それから――世界樹の模様だと分かる、大きな枝を広げた木の形。

「ここは、世界樹に近い場所の建物だったんだね」

「そうだポポ。古代の人たちは、世界樹のそばに都市を作ったポポ。世界樹の力を直接受けながら、栄えた都市だったポポ」

「今は誰もいない?」

「誰もいないポポ。世界樹が弱り始めたころから、都市も衰えたポポ。最終的に、誰もいなくなったポポ」

「キノコ谷みたいに」

「似てるポポ。ただ、キノコ谷は今もいるポポ。ここは、誰もいなくなったポポ」

 壁の模様を見ながら歩いた。

 フロリアが手を伸ばして、模様の一部を触れた。

「覚えています」

「何を?」

「この場所を。世界樹の記憶の中に、この都市のことがあります。賑やかだったころの記憶が。人の声が、植物の声が、水の音が、全部混ざっていた」

「今は静かだね」

「はい」

フロリアが手を離した。

「でも、記憶は残っています。建物が、覚えています」

「建物が、記憶する?」

「植物が関わっていれば。この壁に這った根が、昔の声を覚えています。ぼんやりと、でも確かに」

 あたしは壁を見た。確かに、壁の隙間に細い根が入り込んでいた。長い間かけて育った根が、石の隙間を埋めていた。

 この根が、昔の声を覚えている。

 なんか、いい話だと思った。


 奥へ進むにつれて、音が変わった。

 自分たちの足音と、ポポルの声と、かすかなランプの音だけだったのに、別の音が混じってきた。

 人の声だった。

「商会だポポ」

ポポルが小声で言った。

「どこ?」

あたしも小声で聞いた。

「壁の向こうだポポ。別の通路を歩いてるポポ。近いポポ」

 声の内容が聞こえてきた。

「カラマ様、こちらです! 地図通りなら、次を左に――」

「右です」と、別の声がした。カラマの声だった。「古代の地図の方向は、現在地から見て右です」

「では右に――あっ」

「どうしました」

「バナナの皮が――」

「ここは古代都市です。なぜバナナの皮があるのですか」

「持ち込んだ記憶が――」

「捨ててきなさい。作戦前の食事は控えなさいと言いました」

「申し訳ありません隊長!」

 バンゴの声だった。相変わらずだった。

「カラマ様、バンゴ隊長が――」

「転びましたか」

「転びました」

「そうですか」

カラマの声に、疲れが少し混ざっていた。

「立たせてあげなさい。それから急ぎます。花姫たちが近づいています」

 あたしたちは足を止めた。

「気づかれてる」

あたしはそう感じた。

「カラマは感が鋭いポポ。でも、場所は分かってないポポ。急ぐポポ」

「どっちが先に着く?」

「五分五分だポポ。走るポポ」

「走れるかな、この道」

「走れるポポ。ただし、ポポの指示に従うポポ」

「分かった。フロリア、走れる?」

「走ります。転ばないようにします」

「転んでも引っ張る」

「転ばないようにします」

「でも転んだら引っ張る」

「……ありがとうございます」


 走った。

 ポポルが「右!」「左!」「上!」と叫んで、あたしたちが従った。フロリアは転ばなかった。あたしも転ばなかった。壁の模様が流れて、ランプの光が飛んで、足音が響いた。

 突き当たりに、大きな扉があった。

 石でできた扉で、真ん中に世界樹の模様が彫ってあった。半分開いていた。

「開いてる」

あたしは伝えた。

「商会が先に来てたポポ。でも、中に入ったかどうかは分からないポポ」

「入るよ」

「待てポポ。罠があるかもしれないポポ」

「ポポル、罠の気配はある?」

 ポポルが鼻を動かした。耳をぴんとした。

「……ないポポ。でも、人がいるポポ。扉の中に」

「商会?」

「一人だポポ。小さい気配だポポ」

 フロリアが前に出た。

「わたしが先に確認します」

「危ない」

「危なければ、すぐ戻ります。でも、植物の声を聞ける方が先の方がいいと思います。中に何があるか、早く分かります」

 あたしは一秒だけ考えた。

「いっしょに入る」

「リオナ――」

「いっしょに、って言った」

 フロリアが少し止まった。それから、うなずいた。

「……いっしょに」


 扉の中は、広かった。

 天井が高くて、壁に世界樹の模様が大きく彫ってあった。部屋の真ん中に、台座があった。台座の上に、何かが乗っていた。

 その前に、人がいた。

 ミミラだった。

 商会のベストを着て、台座の前に立っていた。こちらに気づいて、振り返った。目が大きくなった。

「リオナ、フロリアさん――」

「ミミラ、一人?」

 あたしは聞いた。

「一人です。先に来ました。カラマ様は別の道から来ています」

「種、触った?」

 ミミラが台座を見た。台座の上に、光が見えた。七つ目のいのちの種だった。

「……触っていません」

「なんで?」

 ミミラが少し間を置いた。

「触る前に、確認しようと思って。これが本当に、カラマ様の言うように、人間が管理すべきものなのかどうか。触る前に、もう少し、考えようと思って」

「触らなかったんだね」

「触りませんでした」

 フロリアがミミラに近づいた。

「ミミラさん、種は、わたしが受け取ります」

「……はい」

ミミラが台座から離れた。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

「礼を言われることでは――」

「礼を言います」

 フロリアが台座の前に立った。種に手を伸ばした。

 そのとき、扉が大きく開いた。


 カラマが入ってきた。

 白い服に、日よけ帽。眼鏡の奥の目が、部屋を見渡した。フロリアを見た。台座を見た。ミミラを見た。

「ミミラ」

カラマの声の温度が低かった。

「カラマ様」

「種は」

「花姫が、今、受け取ろうとしています」

 カラマがフロリアを見た。

「花姫」

 フロリアは振り返らずに言った。

「カラマさん、種は渡せません」

「受け取ります」

「渡せない、と言いました。七つ揃えば、世界樹の力を動かせる。その力を、正しく管理するのは――」

「植物が決めることです」

 カラマが少し止まった。

「植物に決める力はありません。声はあるかもしれない。でも、決断は――」

「あります」

フロリアが台座の前で振り返って、カラマを見た。

「声があるなら、決断もあります。声と決断は、同じものです。あなたが聞こえないだけです」

「花姫には聞こえる」

「はい」

「だから、花姫が決めるのですか。それもまた、管理ではないですか」

「違います」

フロリアがまっすぐカラマを見た。

「わたしは声を聞く。聞いて、伝える。決めるのは、命たち自身です」

 カラマが眼鏡を少し直した。

「理想論です」

「理想でも、目指す価値があります」

「理想では、世界は守れません。現実的な管理が――」

「管理で守れたものがありますか?」

フロリアが聞くと、カラマが黙った。

「カラマさんが集めた標本の植物は、生きていますか」

「……記録として」

「生きていますか」

「……生きてはいない」

「そうです」

フロリアが少し声を落とした。怒っているのとは違う、でも揺れない声だった。

「管理は、記録になります。でも命は、記録では続かない。続かせるためには、命に任せることが必要です。怖くても」

「怖いから、管理するのです」

カラマのその声が、少し変わった。

 あたしは気づいた。カラマが怖がっているんだと思った。管理したくて管理しているんじゃなくて、怖いから管理しようとしている。

「カラマさん、何が怖いのですか?」

 カラマが少し止まった。

「……自然は、気まぐれです。管理しなければ、失われます。大事なものが、突然消えます。わたしは――」

カラマが少し間を置いた。

「わたしは、それを見てきました。大事な森が、突然枯れるのを。手が届かなかった」

「だから、手が届く形にしようとした」

「そうです。管理できれば、失われない。そう思っていました」

「それは、正しかったですか?」

 フロリアの問いに、カラマは答えなかった。

 バンゴが扉のところで頭を出した。

「カラマ様! 例の装置を――」

「あとに、と言いました」

「でも、ここが古代都市の中心なら、装置を起動すれば、六つの種の反応が――」

「あとに」

「でも――」

「あとに!」

 バンゴが引っ込んだ。

 カラマがフロリアを見た。

長い間、見ていた。

「装置を使えば、六つの種の力を利用して、七つ目の場所を特定できます。そうなれば、先に取れる」

「使いますか」

フロリアが聞いた。

「……」

「使いますか」

「……」

「使えば、種の力が乱れます。六つの種は、今、安定しています。わたしが持っているから。でも、装置で力を引き出せば、種が反応します。不安定になります。それが何を起こすか――」

「分かっています。分かっていて、考えていました」

「どう考えましたか」

 カラマが、また黙った。

 あたしは黙って見ていた。カラマの目が、少し揺れていた。初めて見る揺れ方だった。いつも穏やかで、冷静で、揺れなかった目が。

「……まだ、決めていません」

「では、わたしが決めます」

 フロリアが台座に向き直った。手を伸ばした。七つ目の種に触れた。

 光が広がった。

 部屋中が、一瞬、明るくなった。

 それからフロリアの体から、花びらのような光が散った。今まで見たより、ずっと多かった。光が広がって、天井まで届いて、ゆっくり消えた。

 フロリアが、少しよろめいた。

「フロリア!」

 あたしがフロリアを支えた。フロリアの手の中に、七つ目の種があった。

 七つ、揃った。

 でも、フロリアの顔色が悪かった。白かった。六個目の比じゃなかった。

「大丈夫?」

あたしは聞いた。

「……大丈夫です。立てます」

「無理しないで」

「立てます」

 フロリアが、あたしの腕を借りて立った。

 カラマが見ていた。

 ミミラが見ていた。

 ポポルが走ってきて、フロリアの足元に来た。

「七つ、集まったポポ」

「集まりました」

「ポポが言った通りだポポ。古代の記録を読むポポ。この都市の記録を、今夜全部読むポボ」

「ポボ?」

「緊張してるポポ。でも、読むポポ。別の方法が、きっとあるポポ」

 カラマが一歩前に出た。

「花姫」

「はい」

「装置は、使いません」

 ミミラが「カラマ様」と言った。

「使いません。わたしは――」

カラマが少し間を置いた。

「自然を信じることが、怖かった。でも、管理で守れるものには限界があると、今日分かりました」

「分かりましたか」

フロリアが聞いた。

「分かりました。完全には、まだ。でも」

「今日だけで十分です。全部が分かる必要はありません。今日分かったことが、明日に続きます」

 カラマが少し目を細めた。

「花姫は、人に優しいのですね」

「そうは思っていません。ただ、正しいことを言っているだけです」

「同じでしょう」

 フロリアが少し考えて、「そうかもしれません」と言った。


 カラマが扉の方へ歩いた。

 途中で、ミミラを見た。

「ミミラ」

「はい」

「戻りますか」

 ミミラが少し止まった。

「……少し、ここに残ってもいいですか」

「何のために」

「花姫たちの、手伝いをしたいです。古代の記録を読むと言っていたので。わたしは古代語を少し読めます」

 カラマが少し黙った。

「そうですか」

「カラマ様、わたしは――」

「報告はあとでいいです」

カラマが扉に向かって歩き出した。

「バンゴを連れて、先に戻ります」

「はい」

「ミミラ」

カラマが扉のところで止まって、振り返らずに言った。

「怖くなくなったら、また話しましょう」

 ミミラが「はい」と答えたら、カラマが出ていった。

 扉の外で、バナナの皮を踏む音がした。バンゴが転んだ音がした。カラマが「また転びましたか」と言った声がした。

 それから、遠くなった。


 部屋に三人と一匹が残った。

 フロリアが七つの種を手のひらに並べた。

 七つの光が、部屋を照らした。

 あたしはその光を見ていた。長い旅だった、とあたしは思った。空飛ぶバナナを追いかけた朝から、ここまで来た。

 そのとき、フロリアの指先が震えた。

 七つの光が、ふっと細くなった。

「フロリア?」

 呼んだのに、返事がなかった。

 フロリアは七つの種を見つめたまま、目を開いている。けれど、そこにいるのに、遠くを見ているみたいだった。

「……聞こえます」

「何が?」

「世界樹の声です」

 フロリアの声は、いつもより小さかった。

「七つの種が揃ったから、繋がったのだと思います。でも……声が、細い」

「細い?」

「助けを呼んでいます。たくさんの声が必要だと。世界中の命の声がなければ、届かないと」

 フロリアが、胸元を押さえた。

 白い顔をしていた。

 あたしは、いつものように「大丈夫」と言おうとした。

 でも、言えなかった。

 フロリアが大丈夫じゃないことくらい、見れば分かったからだ。

「わたし一人では、足りません。このまま無理につなげば、わたしは世界樹に還ることになるかもしれません」

「還るって」

 聞いたのに、答えは分かっていた。

 フロリアが、ここからいなくなる、という意味だ。

 部屋が、急に静かになった。

 さっきまで七つの種はきれいだった。旅の終わりみたいに光っていた。

 でも今は、その光が少し怖かった。

「だめ。それは、だめ」

「リオナ」

「世界を助けるために、フロリアがいなくなるのは、だめ」

「でも、わたしは花姫です」

「花姫でも、だめ」

 あたしはフロリアの手を取った。

 冷たかった。

「一人で決めないで。いっしょに選ぶって、約束した」

 フロリアの目が、少し揺れた。

 ポポルが、七つの種を見た。

「……方法はあるポポ」

「あるの?」

「世界中の命の声を集めるポポ。フロリア一人が声を出すんじゃなくて、みんなの声を束ねるポポ」

「どうやって?」

「旅で出会った仲間たちに声をかけるポポ」

「次は?」

あたしは聞いた。

「記録を読むポポ。この都市の壁に、古代の記録があるポポ。ポポとミミラで読むポポ」

「わたしも読めます」

「フロリアは休むポポ。七つ目を受け取って、顔色が悪いポポ。休むポポ」

「でも――」

「休むポポ。ポポとミミラがいるポポ。リオナが見ててやるポポ」

 フロリアがあたしを見た。

「リオナが、見ていてくれますか」

「うん」

「……分かりました。休みます」

 ポポルとミミラが部屋の壁の記録を読み始めた。二人が並んで、古代の文字を読んでいく光景は、少し不思議だった。さっきまで敵だった子と、ポポルが並んで。

 フロリアが壁に寄りかかった。

「リオナ」

「うん」

「七つ、集まりました」

「うん」

「怖いですが」

「うん」

「でも、一人で決めないと約束しました」

「うん」

「だから、ポポルさんが記録を読んで、何か分かるまで、待ちます」

「うん」

「待っている間、隣にいてくれますか」

「いるよ」

 あたしはフロリアの隣に、壁に寄りかかった。

 ポポルとミミラの声が、小さく聞こえた。古代の言葉を読む声と、それに答える声。

 七つの光が、手のひらの中で揺れていた。

 ここからが、本当の話だ、とあたしは思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ