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19話 女王の戴冠式と、魔人の独占契約

グラナード王国の旧王都。その中央にそびえる大聖堂は、かつてない熱気に包まれていた。

ステンドグラスから差し込む七色の光が、磨き上げられた大理石の床に幻想的な模様を描き出す。参列しているのは、旧王国の貴族たちだけではない。エリュシオン聖王国の使節団、周辺諸国の通商連合、そして何より、リゼットの「新秩序」に希望を見出した数万の民衆が、聖堂の外まで埋め尽くしていた。


「……リゼット。準備はいいか。顔色が悪いぞ」


控室で、兄カイルが私の肩を叩いた。彼は今日、新国家の「宰相」として、私の隣に立つことになっている。


「……兄様。このドレス、重すぎて首が折れそうですわ。それに、この冠……。ダイヤモンドが大きすぎて、視界が遮られるんですけれど」


私が身に纏っているのは、白銀の糸で刺繍を施した漆黒のベルベットドレス。それは「悪役令嬢」と呼ばれた私の過去を肯定し、漆黒の闇の中から新しい夜明けを導く女王の象徴だという。


「……我慢しろ。これは『投資』だと言っただろう。民衆は象徴を求めている。圧倒的な美と、抗えない権力の具現化をな」


カイル兄様は冷酷に言い放つと、懐中時計に目をやった。

「時間だ。……レオ、妹をエスコートしろ」


「――御意」


影の中から音もなく現れたレオは、普段の騎士服ではなく、王家の守護者のみが着用を許される深紅の礼装に身を包んでいた。その胸元には、私が贈った魔石のブローチが、彼の瞳と同じ紅い輝きを放っている。


レオは私の前に跪き、その白手袋に包まれた手で、私の指先を壊れ物を扱うように包み込んだ。


「……お嬢様。……いえ、我が女王。……世界が貴女を崇める準備を終えました。……ですが、忘れないでください。その玉座の下で貴女の足を支えているのは、私だけだということを」


レオの低い声が、独占欲という名の甘い毒となって耳に滑り込む。

私は彼の腕に手をかけ、大聖堂の重厚な扉が開かれるのを待った。


ファンファーレが鳴り響き、扉が開く。

数千人の視線が、一斉に私へと注がれた。地鳴りのような歓声。

私はレオのエスコートを受けながら、ゆっくりと中央のバージンロードを歩んだ。


一段高い場所にある玉座。

かつてアストルが座り、私を見下していたその椅子は、今や私のために新調された黒曜石の椅子へと差し替えられている。


私が玉座の前に立ち、民衆に向き直ったその時――。


「――待て! その即位は認めん!」


聖堂の二階バルコニーから、絶叫が響いた。

現れたのは、地下牢から脱走したユーリと、その隣で狂ったように笑うマリアだった。

ユーリの手には、ドロドロとした黒い液体が詰まった瓶握られている。


「……リゼット! 貴様がすべてを奪ったんだ! 私の継承権も、私の誇りも! ……なら、この『魔導汚染剤』で、この聖堂ごと、貴様が愛する民もろとも腐り果てさせてやる!」


(……出たわね。往土の亡霊が最後に持ち出す、典型的な自爆兵器!)


民衆がパニックに陥り、悲鳴が上がる。

ユーリが瓶を投げ落とそうとしたその瞬間――。


「……騒々しいですね。……私の女王の、晴れ舞台だというのに」


レオが、私の隣から消えた。

視認すらできない速度。

次の瞬間、二階バルコニーに現れたレオは、空中で瓶をキャッチし、そのままユーリの喉元を片手で掴み上げていた。


「が、はっ……!? 貴様……いつの間に……!」


「……死に場所を間違えましたね、従兄殿。……お嬢様の慈悲で地下牢にいたものを、わざわざ私の目の前に肉を差し出しに来るとは」


レオの瞳が、真紅の紅蓮へと変わる。

彼の背後から、実体化した闇の触手が伸び、ユーリとマリアを繭のように包み込んだ。


「あ、あああ! やめて! 助けてリゼット様! 私は聖女なのよ、私は――!」


マリアの叫びは、レオが展開した「静寂の結界」によって完全に遮断された。

レオは、まるでゴミを捨てるような無関心さで、二人を影の底へと引きずり込んだ。

彼らがどこへ連れて行かれたのか、それは私ですら知らない。……おそらく、二度と日の目を見ることはないだろう。


レオは再び、何事もなかったかのように私の足元へと降り立ち、跪いた。


「……お騒がせしました。……掃除は終わりました。……さあ、リゼット。戴冠を」


カイル兄様が、金剛石の冠を私の頭上に掲げる。

「……リゼット・エル・グラナード。……新国家の女王として、貴女に大陸の安寧を託す」


頭に重みが加わった瞬間、聖堂内は割れんばかりの拍手に包まれた。

私は、女王として初めての言葉を口にする。


「……私は、私を捨てた世界を許しません。……ですが、私を信じる民には、最高の贅沢を約束しましょう。……さあ、新しい時代の始まりです!」


その言葉が終わるか否か。

レオが私の足元で、衆人環視の中、私のドレスの裾に口づけを落とした。

それは、家臣としての忠誠ではない。


「……契約完了です、私の女王。……貴女は世界を手に入れた。……そして私は、貴女を手に入れた。……死が二人を分かつまで、いえ、死してなお、貴女の魂は私の檻の中から出られません」


レオの瞳に宿る、1000%の独占欲。

私は、大陸一の権力者となった瞬間に、一人の男の「終身囚」になったことを悟った。


(……まあ、いいわ。……これくらい重い愛がないと、女王なんてやってられないものね)


私はレオの頬に優しく触れ、最高の微笑みを浮かべた。

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