18話 嫉妬という名の公開処刑
執務室の空気は、凍りついたままだった。
剣を抜き、ユーリの喉元へ突きつけるレオ。
頬から血を流しながらも、不敵な笑みを浮かべるユーリ。
そして、その光景をどす黒い執念で見つめるマリア。
(……はぁ。戴冠式の準備より、こっちの方がずっと胃が痛いわ)
私は、レオが差し出した腕からそっと手を離し、ゆっくりと立ち上がった。
「……レオ、剣を引きなさい。……ユーリ兄様も、マリア様も、遠路はるばるいらっしゃったのです。……おもてなしをしなければ」
「……リゼット。……この男は、貴女を『王の椅子』から引きずり下ろそうとしている。……おもてなしなど、不要だ」
レオの声が、重なり合う複数の声のように響く。
彼の瞳は完全に紅く染まり、その殺気は目の前のユーリだけでなく、私にまで向けられそうなほど狂気じみていた。
「レオ、落ち着いて。……彼は私の従兄で……」
「従兄……? 婚約者候補だった男か。……なるほど」
レオが漆黒の剣を、一寸の迷いもなくユーリの喉元へ突きつけた。
「……お嬢様に近づく害虫はすべて駆除すると誓った。……血がつながっていようと、関係ない」
「ふん、魔人の騎士か。……リゼット、こんな野獣を飼っているのかい? ……王位を継ぐなら、もっと相応しい『パートナー』がいるはずだ」
ユーリが挑発的に笑い、私に手を伸ばそうとする。
「――触れるな」
レオの剣が、ユーリの頬を掠め、鮮血が舞った。
「……お嬢様に触れていいのは、私だけだ。……その指、一本ずつ噛み砕いてやろうか?」
(……待って! 修羅場! これ、完膚なきまでの修羅場よ!)
私は、これ以上の武力行使は逆効果だと判断した。
ユーリが主張する「正当な王位継承権」。それは、確かに法的には一理ある。だが、この国はすでに、法や血筋で動くような柔な組織ではない。
「……ユーリ兄様。……貴方の主張は分かりましたわ。……ですが、一つだけ、お伺いしてもよろしいかしら?」
私は、扇をパチンと閉じ、冷徹な(自称)微笑みを浮かべた。
「……貴方が王位を継いだとして、明日、国民たちに食べさせるパンは、どこから用意なさるおつもり?」
「……なんだと?」
「現在、グラナード王国の通貨グラナは紙屑同然。……主要な商会、職人ギルド、さらには近衛騎士団の半数以上が、私のこの領地へと移住を希望していますわ。……貴方が王座に座ったとして、そこにいるのは、飢えた民と、貴方に愛想を尽かした貴族たちだけ。……そんな国、貴方は欲しいかしら?」
私は、机の上に積まれた「新国家設立計画書」を指差した。
そこには、私が買い占めた国債、私が管理する魔力鉱山、私が隣国と結んだ貿易協定のすべてが記されている。
「……この国を動かしているのは、血筋ではありません。……『富』と『知恵』ですわ。……ユーリ兄様、貴方に、この大陸の経済を、明日から回すだけの実力と人脈が、おありかしら?」
ユーリが、言葉を失った。
彼は「王位継承者」としてのプライドはあっても、「経営者」としての視点は持ち合わせていなかったのだ。
「……くそっ! あの女! ……いいだろう、金がないなら力で奪うまでだ!」
マリアが、絶望して叫んだ。
「ユーリ様! そんなこと言わないで! ……貴方が王様になれば、私が『聖女』として、この国を救って差し上げますわ!」
(……聖女、って。貴女が聖女労働から逃げ出したから、村人たちが困っているっていうのに。……本当に、アホだわ)
「……レオ。……後は、兄様に任せて。……このお二人、丁重に『迎賓館(地下牢)』へお連れしてちょうだい」
私がそう告げると、レオの表情が一変した。
「……御心のままに。……お嬢様」
レオが、ユーリとマリアを一瞥もせず、私を横抱きに抱き上げた。
「……レオ!? 何をするの!」
「……おもてなしは、カイル殿に任せます。……私は、私だけの『おもてなし』を、お嬢様に差し上げなければなりません」
レオが、そのまま執務室を飛び出し、誰もいない隠し部屋へと私を連れ去った。
隠し部屋。
扉が閉まり、鍵がかけられる。
そこは、私とレオしか知らない、二人だけの「楽園」だった。
「……レオ、嫉妬なんて……」
「……黙ってください」
レオが、私の唇を塞いだ。
彼のキスは、いつもよりずっと熱く、激しく、そして独占欲に満ちていた。
彼の瞳は紅く染まり、その瞳の奥には、私を害する者への殺意ではなく、私を愛おしむ者への渇望が宿っていた。
「……リゼット。……お嬢様。……あなたは、私のもの。……誰のものでもない。……私のもの、だ」
レオが、私の首筋に顔を埋め、深く呼吸する。
その独占欲は、もはや狂気に近い甘美さを帯びていた。
(……ちょっと待って。計画ではもっと『清々しい旅立ち』のはずだったんだけど、なんかレオの雰囲気が、独占欲1000%になってる気がする……!)




