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17話 新女王の初仕事は、かつての友(?)の始末

「女王陛下、万歳!!」の声が領都に響き渡り、私の預かり知らぬところで「リゼット1世」としての戴冠式の準備が着々と進められていた。


エリュシオン聖王国から取り寄せられた最高級の白絹、ドワーフの国から献上された魔力を宿す金剛石アダマントの冠。兄カイルが用意したそれらは、どれも私の「隠居計画」を粉々に打ち砕くのに十分な輝きを放っている。


「……はぁ。レオ、肩が重いわ」

「お疲れですね、リゼット。……さあ、こちらへ。私がその重荷を、指先一つ残さず解きほぐして差し上げます」


執務室のふかふかの長椅子。レオが私の背後に回り、手慣れた手つきで肩を揉み始める。

彼の指先から伝わる熱は、心地よいと同時に、どこか捕食者が獲物を品定めするような危うさを孕んでいた。


「……ねえ、レオ。女王になったら、私、もっと忙しくなるのよね?」

「いいえ。実務はカイル殿と私がすべて代行します。……あなたはただ、玉座に座り、世界中の人々にその美しさを知らしめればいい。……そして、夜は私だけの腕の中で、安らぎを得ればいいのです」


レオが私の耳元で囁き、うなじに熱い吐息を吹きかけた、その時。


「――失礼いたします! 女王陛下、緊急事態です!」


衛兵が血相を変えて飛び込んできた。

レオの眉間がピクリと跳ね、部屋の温度が数度下がったのがわかった。


「……何事だ。……お嬢様の休息を邪魔する者は、万死に値すると教えたはずだが」

「い、いえ! ……その、聖女労働に従事していたマリア様が、逃亡先から戻られたのですが……。連れが、その……」


衛兵の言葉が終わる前に、廊下から聞き慣れた、けれど以前よりずっと低く、毒を含んだ女の声が響いた。


「――お久しぶりですわ、リゼット『女王』陛下」


現れたのは、泥と埃に塗れたドレスを翻すマリアだった。

かつての「可憐な聖女」の面影はどこへやら、その瞳にはどす黒い執念が宿っている。

そして彼女の傍らには、漆黒の外套を纏い、顔を半分隠した背の高い男が立っていた。


「マリア……。……その方は?」


私が問いかけると、マリアは不敵に笑い、男の腕にすがりついた。

「アストル様に見捨てられた私を救ってくださったのは、この方ですわ。……リゼット様、貴女の『過去』をよくご存知の方ですよ」


男がゆっくりとフードを脱いだ。

そこに現れたのは、見事な銀髪と、凍てつくような碧眼を持つ青年。

私の記憶の奥底、まだ公爵令嬢として完璧な「淑女の教育」を受けていた幼少期に、一度だけ、私の婚約者候補として名を連ね、そして『反逆の疑い』をかけられて国外へ追放されたはずの従兄――ユーリ・エル・グラナードだった。


「……ユーリ兄様?」


「久しぶりだね、リゼット。……いや、今は女王陛下と呼ぶべきかな」


ユーリは優雅に一礼したが、その瞳に宿る殺気は隠せていない。

「アストルが自爆してくれたおかげで、ようやく戻ってこれた。……グラナードの正当な継承権を持つ者としてね」


(……嘘でしょう? ……ここで『元・婚約者候補』の登場!?)


「ユーリ、貴様……。生きていたのか」

レオが私の前に立ち、一歩踏み出す。

その瞬間、レオの足元から闇が溢れ出し、部屋中の影が不気味に蠢き始めた。


「……レオ、下がれ。……リゼット、その男は誰だ? ……なぜお前を、親しげに呼ぶ?」


レオの声が、低く、地を這うような唸り声に変わる。

彼の瞳は完全に紅く染まり、その殺気は目の前のユーリだけでなく、私にまで向けられそうなほど狂気じみていた。


「レオ、落ち着いて。彼は私の従兄で……」

「従兄……? 婚約者候補だった男か。……なるほど」


レオが漆黒の剣を、一寸の迷いもなくユーリの喉元へ突きつけた。

「……お嬢様に近づく害虫はすべて駆除すると誓った。……血がつながっていようと、関係ない」


「ふん、魔人の騎士か。……リゼット、こんな野獣を飼っているのかい? ……王位を継ぐなら、もっと相応しい『パートナー』がいるはずだ」


ユーリが挑発的に笑い、私に手を伸ばそうとする。


「――触れるな」


レオの剣が、ユーリの頬を掠め、鮮血が舞った。

「……お嬢様に触れていいのは、私だけだ。……その指、一本ずつ噛み砕いてやろうか?」


(……待って! 修羅場! これ、完膚なきまでの修羅場よ!)


マリアの復讐心と、ユーリの野心。

そして何より、リミッターが完全に外れたレオの、国家を滅ぼしかねないほどの激しい「嫉妬」。

私の女王としての初仕事は、どうやら「過去の男たちの清算」という、最も厄介な事後処理になりそうだった。

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