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16話 女王の椅子は、あまりにも重すぎて

アストル王子が「古の守護者」と共に地に堕ちてから、わずか三日。

グラナード王国の王都は、物理的な破壊こそ免れたものの、経済的・政治的には完全な「死」を迎えていた。


通貨グラナの価値は、もはや街角で配られるビラ以下の紙屑。

王宮の役人たちは給料の未払いに絶望して次々と職場を放棄し、残されたのは、豪華な椅子に座って震えるだけの無能な重鎮たちと、泥だらけで地下牢にぶち込まれたアストル王子だけだった。


「……リゼット。……いい加減、覚悟を決めろ」


ルナ・グラナード領、白亜の執務室。

兄カイルが、分厚い「新国家設立計画書」を私の机に叩きつけた。

その表紙には、金文字でこう記されている。

『グラナード連合王国・初代女王戴冠式案』。


「……兄様。……私、何度も申し上げましたわよね? ……私は、追放された身。……のんびりと、レオに甘やかされながらスローライフを送るのが夢なんですのよ?」


私は、レオが剥いてくれた瑞々しい果実を口に運びながら、精一杯の拒絶を見せた。

だが、カイル兄様は眼鏡の奥の瞳を冷酷に光らせ、フッと鼻で笑った。


「……スローライフ? ……貴女がこの三ヶ月でやったことを客観的に見てみろ。……隣国の聖騎士団を経済的に蹂躙し、王国の資産をすべて吸い上げ、さらには伝説の古代兵器を完膚なきまでに破壊した。……今の貴女は、大陸で最も『恐れられ、かつ期待されている』支配者だ」


カイル兄様が指を弾くと、部屋の扉が開き、十数名の男たちが雪崩れ込んできた。

彼らはグラナード王国の主要なギルドマスターや、近衛騎士団の生き残り、さらにはエリュシオン聖王国の有力商人たちだ。


彼らは一斉に、私の前で跪いた。


「リゼット様! ……どうか、我ら迷える民の主となってください!」

「貴女様がいなければ、この大陸の経済は明日にも止まってしまいます!」

「アストルのような愚王ではなく、真の知性と慈悲を持つ貴女様こそが、玉座に座るべきです!」


(……慈悲? ……私が? ……貴方たちの財布を握りつぶした私が?)


あまりの熱量に、私は目眩がした。

私はただ、自分が快適に過ごすために、邪魔な存在を排除しただけなのに。

どうして「救国の女神」のような扱いになっているのかしら。


「……兄様。……お願いですから、私を見捨ててください。……兄様なら、私よりもずっと上手く国を統治できるはずでしょう?」


「……断る。……私はあくまで『参謀』だ。……表舞台に立つのは、民衆から圧倒的な支持を得ている貴女でなければならない。……それに、私はもう、貴女を『女王』に仕立て上げるための準備……即ち、各国の王室への根回しをすべて終えてしまった」


カイル兄様が、分厚い手紙の束を見せる。

そこには、周辺諸国の国王たちからの「リゼット・エル・グラナードの即位を全面的に支持する」という署名入りの親書が並んでいた。


(……逃げ道が、完全に塞がれているわ)


私が絶望してソファに沈み込むと、背後からレオの大きな手が、優しく、けれど逃がさないように私の肩を抱きしめた。


「……お嬢様。……いえ、私の『女王陛下』」


レオの声は、熱を帯びて低く響く。

彼の瞳は、もはや隠そうともしない「狂気的な独占欲」で爛々と輝いていた。


「……素晴らしいではありませんか。……貴女がこの大陸の頂点に立てば、もはや誰も貴女を追放することなどできない。……そして、私は貴女の唯一の騎士として、玉座の隣で貴女を愛で続けることができる」


レオが、私の耳元に唇を寄せて囁く。


「……女王になれば、誰にも邪魔されずに、私と『子作り』の儀式に専念するための離宮を造ることも可能です。……法も、国も、すべてはお嬢様の思うがまま。……そして、お嬢様は私の思うがまま……」


(……ちょっと待って。レオの独占欲が、国家規模に拡大しているわ!)


カイル兄様の「政治的な野心」と、レオの「個人的な執着」。

その二つの強力な引力に挟まれ、私はどうやら、これまでの人生で最も「不自由な、けれど最高に豪華な椅子」へと押し上げられようとしていた。


「……分かりましたわよ。……なればいいんでしょう、女王に!」


私が半ばヤケクソで叫ぶと、跪いていた者たちから地鳴りのような歓声が上がった。

「「「リゼット女王陛下、万歳!!」」」


こうして、史上稀に見る「追放令嬢による、不本意な大陸統一」が幕を開けた。

だが、その裏で、収容所から逃げ出したマリアが、ある「謎の男」と接触していることを、この時の私たちはまだ知らなかった。

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