第49話:虚無の巨神と、命の霊薬
黄金の光が戦場を駆け抜け、正気を取り戻した聖騎士たちが次々と武器を落としてその場に膝をつく。アルスが放った『千年の記憶』は、伊集院徹が構築した「効率的な地獄」を内側から食い破った。
「……ハハ。ハハハハ……ッ!」
静寂が訪れたはずの広場に、乾いた、それでいて地響きのような笑い声が響いた。
伊集院徹だ。彼はポケットにスマートフォンを叩き込むと、その身を包む黒いパーカーを脱ぎ捨てた。その肌には、血管のように脈打つ「黒い電子回路」が浮き出し、周囲のマナを掃除機のように吸い込み始めている。
「面白いよ、アルス。本当に……お前は『バグ』だ。俺が計算し尽くした最適解を、そんな不確かな『思い出』なんていうゴミデータで上書きするなんて」
伊集院が足を踏み出す。その一歩ごとに、リーフ村の地面が「デジタルノイズ」のように四角いブロック状に崩れ、消失していく。
「感情がシステムを狂わせるなら、感情ごと消去すればいい。……俺自身がこの世界の『OS』になり、全ての生命を俺の意思の下で再定義してやる。……【侵食:最終フェーズ(オーバーライト・ワールド)】」
瞬間、伊集院の背中から黒い液体のようなマナが噴出した。それは空中で鋼鉄の骨組みを形成し、瞬く間に体長数十メートルに及ぶ「鋼鉄の巨神」へと姿を変えていく。
それは中世の騎士のようでもあり、現代の重機が組み合わさった化け物のようでもあった。その胸部には、心臓の代わりに伊集院徹本人が埋め込まれ、虚無の瞳でアルスを見下ろしている。
「なっ……! あんな巨体、どうやって維持しているのですか!? この辺りのマナが、全て吸い尽くされていきますわ!」
セレナが悲鳴に近い声を上げる。彼女の杖の先から灯る光さえも、巨神が放つ「負の重力」に吸い込まれ、消えていく。
「アルス、下がれ! あれは……もう生き物じゃない。存在そのものが『世界の穴』だ!」
リリスが翼を最大に広げ、アルスの前に立ちはだかる。しかし、巨神が軽く腕を振っただけで、目に見えない衝撃波がリリスの影の盾を粉砕し、彼女の体を数十メートル後方へと吹き飛ばした。
「リリス!!」
「……ぐっ、大丈夫だ……! だが、あの攻撃……物理法則を無視してやがる。当たった瞬間に、私の体の『強度』が半分に書き換えられた……!」
血を吐きながら立ち上がるリリス。
巨神の頭部から、伊集院の声が重なり合って響く。
「無駄だよ。この領域内では、俺が『物理定数』だ。重力も、質量も、熱量も、俺が思うままに変動する。……アルス、お前の調合する薬に、俺が定めた『死』という絶対のルールを書き換える力があるかな?」
巨神がゆっくりと右手を掲げた。
その指先には、ブラックホールのような漆黒の球体が生成され、リーフ村の全ての民家、植物、そして逃げ遅れた村人たちを吸い寄せようとする。
「……伊集院さん。君はやっぱり、寂しい人なんだね」
アルスは、鼻から流れる血を袖で拭い、一歩も引かずに巨神を見上げた。
「寂しい? そんな下らない感情に、何の意味がある。俺は……完成された世界が見たいだけだ。……お前のように、誰かに依存し、傷つきながら繋ぎ止める不完全な世界じゃない!」
漆黒の球体が放たれようとしたその時、アルスは懐から、これまで一度も使ったことのない、透明な液体で満たされた「心臓」の形をしたフラスコを取り出した。
それは、パラケルスとの最後の旅で、彼がアルスに託した「究極の触媒」。
そして、アルスがこれまでの旅で出会った全ての人々――勇者レオンの最期に流した涙、セレナの決意、リリスの不器用な優しさ、そして村人たちの笑顔から抽出した「生命の輝き」そのもの。
「リリス、セレナ様……。僕を、あの巨神の『心臓』まで運んで。……一回だけでいい。隙を作ってほしいんだ」
「……バカを言うな! あんな場所に行けば、お前の魂ごと消されるぞ!」
リリスが叫ぶが、アルスの瞳には揺るぎない覚悟が宿っていた。
「大丈夫。……僕の調合は、命を奪うためのものじゃない。……伊集院さんが捨てた『命の重み』を、もう一度彼に教えるためのものだから」
「……分かりましたわ、師匠。……リリス様、私たちが道を切り拓きましょう。……公国最古の秘儀、ここで全てお見せします!」
セレナが自らの魔力回路を焼き切らんばかりの勢いで杖を突き立てた。
「聖なる裁きよ、天の理を一時だけ固定せよ! ――【極光封印:アブソリュート・ゼロ】!!」
絶対零度の光が巨神の足元を凍てつかせ、一瞬だけその動きを止める。
「今だ、アルス! 振り落とされるなよ!!」
リリスがアルスを抱きかかえ、黒き翼で音速を超えて跳躍した。
巨神から放たれる「侵食」の触手を、リリスは自らの肉体を盾にして弾き飛ばす。
「行けぇぇぇぇッ!!」
巨神の胸部。伊集院徹が埋まっているその中心部へ、アルスは飛び込んだ。
「……無駄だ。そこには、俺が定めた『虚無』しかない……!」
伊集院の手がアルスの首を掴もうとする。だが、アルスの指先が、先に伊集院の剥き出しの「心臓(回路)」に触れた。
「――【真・調合:命の霊薬】!!」
アルスが握りしめていたフラスコが砕け、中の透明な液体が伊集院の全身へと浸透していく。
それは、ダメージを与える薬ではない。
伊集院が切り捨てたはずの「感覚」――痛み、熱さ、寒さ、そして他人の温もりを強制的に呼び覚ます、あまりにも残酷で慈愛に満ちた霊薬。
「……あ、あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
伊集院徹が絶叫した。
巨神の鋼鉄の体を通じ、地面の冷たさが、風の痛さが、そしてアルスの手のひらの「温もり」が、情報の奔流となって彼の脳内に雪崩れ込む。
万能感という麻薬に酔っていた男に、初めて「生身の人間であることの重み」が襲いかかったのだ。
鋼鉄の巨神が、内側から黄金の光を放ち、ひび割れていく。
「……伊集院さん。……君はもう、一人じゃないよ。……君が壊したこの痛みが、君の新しい『生』の証だ」
崩壊する巨神の中で、アルスは優しく微笑みながら、自分を掴もうとしていた伊集院の手を、そっと握り返した。
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