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第48話:覚醒する記憶、魂の共鳴調合


 リーフ村の四方を囲む聖騎士たちの重い足音が、湿った土を叩く。かつてアルスがその傷を癒やし、セレナと共に国の未来を語り合った精鋭たちが、今は伊集院徹の「端末」として、生気のない眼光をアルスに向けていた。


「……アルス様、彼らの瞳を見てください。……ハイライトが消えていますわ。まるでお父様と同じ、虚無の海に沈んでいるような……」


 セレナが震える手で杖を握り直す。彼女の視線の先には、かつての近衛騎士団長がいた。彼はアルスが作った栄養剤を愛用し、「これでまた孫と遊べる」と笑っていたはずの男だ。その男が今、無機質な鋼鉄の剣を抜き、迷いなくかつての恩人に切っ先を向けている。


「効率化の果てだよ、セレナ皇女。迷いも、恩義も、恐怖も、戦闘においてはノイズに過ぎない。俺の【侵食】プログラムは、それらを一括削除して、純粋な『勝利への最短距離』だけを彼らの脳に書き込んでいる」


 伊集院徹は、空中に浮かぶ複数のホログラムウィンドウ――この世界の住人には見えないはずの光の板――を高速でスワイプしながら、淡々と告げた。

「さあ、アルス。お前の『絆』が、この最適化された軍勢の前に何秒持つか、データを取らせてもらうよ。……全機、エンゲージ(戦闘開始)」


 伊集院の冷徹な号令と共に、聖騎士たちが一斉に地を蹴った。

 彼らの動きは、生身の人間とは思えないほど精密で、無駄がなかった。重厚な鎧を纏っているはずなのに、一歩の踏み込みで数十メートルを滑るように詰め寄る。


「くっ……! 速すぎる! アルス、後ろにいろ!」


 リリスが漆黒の翼を翻し、最前列の騎士を影の爪で引き裂こうとする。しかし、騎士たちは個々の判断ではなく、一つの巨大な「脳」に共有されたネットワークに従い、リリスの攻撃をミリ単位の見切りで回避し、即座に死角から反撃を繰り出す。


「無駄だ、リリス。彼らは個体ではない。俺というサーバーに繋がった、一つの巨大な多脚戦車のようなものだ。お前の攻撃パターンは、すでに1.5秒先まで演算済みだよ」


「……演算……? ふざけるな! 命のやり取りを、数字で片付けるな!」


 リリスの咆咆哮も虚しく、騎士たちの組織的な波状攻撃が、彼女の影の防御を削り取っていく。セレナが放つ広域浄化魔法も、伊集院がリアルタイムで展開する「対魔導パッチ」によって、発動の瞬間に構成式を書き換えられ、ただの光の粒子へと霧散させられた。


 絶望的な状況。アルスたちが積み上げてきた「魔法」と「信頼」という理が、伊集院の持ち込んだ「システム」という暴力の前に、一歩ずつ後退を余儀なくされていた。


 その時、アルスは膝をつきながらも、ポーチの底から一つの古い薬瓶を取り出した。

 それは、パラケルスの遺構で見つけた、琥珀色に輝く未知の液体。かつてパラケルスが「いつか、世界が自分を忘れてしまった時のために」と遺した、記憶の深層に触れるための触媒――『レテの残滓』。


「……伊集院さん. 君は、人間をただのパーツだと思ってる。……でもね、パーツには、蓄積された『時間』があるんだ」


 アルスは、瓶の栓を自らの歯で引き抜いた。

 その瞬間、瓶から溢れ出したのは、花の香りのようでもあり、古い紙の匂いのようでもある、懐かしくも切ない「記憶の芳香」だった。


「何をするつもりだ? そんな揮発性の高い物質で、俺のシステムに物理的なダメージを与えられるとでも?」

 伊集院が鼻で笑う。


「ダメージじゃないよ。……『アップデート』だよ。君が忘れてしまった、この世界の大切なデータのね」


 アルスは、自らの魔力をその琥珀色の液体に注ぎ込んだ。

 ただの魔力ではない。アルスがリーフ村で過ごした日々。患者たちの熱が引いた時の安堵。リリスと食べた朝食の味。セレナと見た夕焼けの美しさ。

 それらすべての「感情を伴う記憶」を、アルスは【真・調合】の術式によって、広域に拡散する『記憶の共鳴波動』へと変換した。


「――【真・調合:千年の記憶エターナル・メモリー・バースト】!!」


 アルスを中心に、黄金の光の輪が爆発的に広がった。

 それは物理的な破壊力を持たない。しかし、光が聖騎士たちを通り抜けた瞬間、戦場に異変が起きた。


「……がっ、あ……あぁ……っ!」


 無機質に剣を振るっていた騎士の一人が、突然その場に崩れ落ち、頭を抱えて悶絶し始めた。

 一人ではない。十人、百人、そして公国軍のすべてが、武器を落とし、嗚咽を漏らし始めたのだ。


「なっ……なんだ!? システムに過負荷オーバーロード!? ……バカな、感情データだと? そんな非論理的な情報が、俺の最適化コードを上書きしているのか!」


 伊集院のホログラムウィンドウが、次々と真っ赤な警告アラートで埋め尽くされていく。


 アルスが放ったのは、彼ら自身の記憶だった。

 伊集院によって「効率」の名の下に強制終了させられていた、家族との思い出、守りたかった誰かの笑顔、そしてアルスに救われた時に感じた「感謝」という強い熱量。

 それらが爆発的な奔流となって脳内に蘇り、伊集院の支配プログラムを内側から焼き切っていた。


「……お、俺は……俺は、何を……」


 最前列にいた騎士団長が、涙を流しながら自分の手を見つめる。その瞳には、かつての温かな光が戻っていた。


「……アルス、様……。申し訳、ございません……。私は、あなたを……」

「いいんだ。……おかえりなさい、団長さん」


 アルスは蒼白な顔で微笑んだ。だが、この広域調合の代償は大きく、アルスの鼻からは一筋の血が垂れ落ち、立っているのもやっとの状態だった。


「……チッ、下らない。下らないよ、アルス。……『思い出』なんていう不確かなもので、せっかく作り上げた完成図を台無しにしやがって」


 伊集院徹が、初めてスマホをポケットに仕舞い、冷酷な目でアルスを射抜いた。

 彼の周囲の空気が、これまでの比ではない密度で凝縮され、物理的に地面が陥没していく。


「感情がバグを生むなら、バグごと消去デリートするまでだ。……これからは、俺自身が直接、この世界の全生命体を再定義してやる」


 伊集院の全身から、黒い「回路」が溢れ出し、神殿のように巨大な、禍々しい鋼鉄の巨神の姿を形成し始めた。

 システムに頼るのをやめた「魔王」が、その真の牙を剥こうとしていた。


「……リリス、セレナ様。……まだ、いけるかな」

「当たり前だ、アルス! お前が繋ぎ止めたこの命、安売りはさせんぞ!」

「ええ……。皇女として、そこであなたの弟子として、最後までお供いたしますわ!」


 崩壊寸前のリーフ村で、満身創痍の調合師と、真の姿を現した異世界の魔王。

 戦いは、ついに個と個の、概念と信念を懸けた最終局面へと突入する。

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