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第47話:侵食される聖域、裏切りの公国


 黄金の雨がリーフ村を包み込み、伊集院徹が放った鋼鉄の弾丸を「無害な鉄屑」へと変えていく。アルスの調合液に触れたドローンたちは、演算回路を狂わされ、力なく地面へと落下していった。


「……ふぅん。物理的な質量に対しても、マナの波長をぶつけて原子結合を弱めるなんて。アルス、お前、本当にただの調合師か? その発想、現代のナノマシン工学に近いよ」


 伊集院徹は、雨に濡れることもなく、自身の周囲数センチに展開された「侵食結界」で黄金の雫を弾き飛ばしていた。スマホの画面を見つめるその横顔には、焦燥ではなく、むしろ獲物を見つけた学者のような歪な歓喜が浮かんでいる。


「伊集院さん、もうやめてよ。君の力は、この世界の誰も幸せにしない。……壊すだけなら、誰にだってできるんだ」


 アルスは肩で息をしながら、空になったフラスコを握りしめる。大規模な広域調合は、彼の魔力と精神を確実に削っていた。


「幸せ? またそれか。……いいかい、アルス。俺がルーンバルドを落とした時、民衆は何て言ったと思う? 『今日から税金も、病死の恐怖も、明日の不安もなくなった』って泣いて喜んだんだよ。俺の【侵食】ネットワークに繋がれば、脳内のドーパミン量は最適化され、誰もが幸福な夢の中で役割を全うできる。……これ以上の『救済』があるか?」


「それは……心を殺して、操り人形にしてるだけだ!」


 リリスが叫び、漆黒の炎を纏った一撃を伊集院へ叩きつける。だが、その炎は伊集院の目の前で「0と1のノイズ」に分解され、消失した。


「リリス様、下がって! 彼の周囲の空間は、既存の物理法則が死んでいますわ!」


 セレナが必死に解析魔法を回すが、数値はことごとくエラーを弾き出す。


「正解。……さて、お喋りは終わりだ。アルス、お前が守ろうとしている『絆』の脆さを教えてやるよ」


 伊集院がスマホの画面をタップした瞬間、セレナの胸元に下げられた魔導通信機が、耳を劈くような高音を発した。


「……なっ、公国からの緊急暗号通信!? そんな、この混線の中で……ぐっ!」


 通信機から溢れ出したのは、青白い公国の魔力ではなく、あの禍々しい「鉛色」のノイズだった。


『――全軍に告ぐ。聖シュトラーウス公国はこれより、新しき王、伊集院徹閣下への絶対服従を誓う。……反逆者アルス、および元皇女セレナを拘束せよ』


 通信機から響いたのは、セレナの父である公国元首の声だった。

 だが、その声には抑揚がなく、まるで録音された音声を継ぎ接ぎしたような違和感がある。


「お父様……? 嘘ですわ、そんな……公国が、あの方を裏切るなんて……!」

「裏切りじゃないよ、セレナ皇女。……『効率的な選択』をしただけだ。公国の上層部には、すでに俺のナノ侵食ポーションを混ぜたワインを贈っておいた。今頃、彼らの脳内会議では、俺に従うことが唯一無二の正解として処理されている」


 伊集院の言葉を裏付けるように、リーフ村を囲む森の奥から、無数の軍勢が現れた。

 それは魔王軍でも、ルーンバルドの亡霊でもない。

 アルスがこれまで何度も薬を届け、命を救ってきたはずの「公国聖騎士団」の精鋭たちだった。


 彼らの鎧には、公国の紋章を塗りつぶすように「黒い回路」が走り、その瞳は意志を失った機械のように赤く発光している。


「……みんな……どうして……」


 アルスの足が震える。

 かつて王都を追放された自分を、温かく迎え入れてくれた公国の人々。

 セレナと共に、より良い国にしようと誓い合った戦友たち。

 彼らが今、伊集院の「最適化」によって、アルスを殺すための兵器として再定義されていた。


「さあ、アルス。お前の『薬』で彼らを救ってみろよ。……でも気をつけて。彼らの生命維持システムは今、俺の心臓の鼓動と同期している。俺を殺せば、侵食された数万の国民も同時に心停止する設定にした。……これぞ現代的な『相互確証破壊』だ。美しいだろ?」


「……卑怯な……っ!」


 リリスが歯を剥き出しにして唸るが、手が出せない。

 目の前に迫る聖騎士たちは、かつてアルスが調合した「強化薬」によって、皮肉にも過去最強の軍勢へと変貌を遂げていた。


 迫りくるかつての友、裏切られた祖国、そして「人質」にされた万の命。

 アルスは、手にした調合道具が、これほどまでに重く感じたことはなかった。


「……アルス様……逃げてください。私は、ここで彼らを止めます。……たとえ、お父様が相手でも……」


 セレナが涙を拭い、杖を逆手に構える。その背中は、絶望に押し潰されそうなほど細く、震えていた。


「……ううん、逃げないよ。セレナ様」


 アルスは、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳からは、先ほどまでの迷いが消え、凍てつくような、それでいて燃えるような光が宿っていた。


「伊集院さん。……君は一つだけ、大きな間違いをしてる」

「間違い? 俺の演算が間違っているとでも言うのか?」


「……君は、人々の『心』をデータだと思ってる。……でもね、心は君のスマホみたいに、再起動すれば元通りになるものじゃないんだ」


 アルスはポーチの奥から、これまで一度も使ったことのない、禍々しいほどに赤い液体が入った小瓶を取り出した。

 それは、パラケルスが遺した「禁忌の調合」の一つ。

 肉体ではなく、概念ではなく、対象の「魂の記憶」に直接干渉する、調合師の究極の禁手。


「君がみんなを機械にするなら……僕は、この世界すべての『思い出』を覚醒させて、君のシステムをパンクさせてやる」


 アルスは自らの魔力を、命を削るような速度で瓶へと注ぎ込んだ。

 伊集院徹の「現代の傲慢」と、アルスの「歴史の重み」が、今、決定的な破局へと向かい始める。

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