第46話:鋼鉄の軍勢と、黄金の雨
リーフ村の周囲に展開されていた黒いノイズが、アルスの放った『白紙回帰』によって一時的に霧散した。
沈黙が訪れた村の広場で、倒れていた元騎士たちが力なく身じろぎを始める。彼らを縛り付けていた黒い結晶の「棘」は消え去り、そこにはただ、戦いに疲れ果てた人間としての姿があった。
「……終わった、のですか?」
セレナが肩の力を抜き、杖を杖術の構えから下ろした。しかし、その安堵は長くは続かなかった。
「いや、違う。……アルス、空を見ろ。色が……変わるぞ」
リリスの鋭い警告。
見上げれば、一度は晴れかけた空が、今度は「鉛色」に塗り替えられていた。それは先ほどの「ドロドロとした黒」ではない。もっと規則正しく、冷徹で、無機質な「鋼鉄の輝き」だった。
「……あはは。やるね、アルス。まさか『概念の上書き』を中和で返してくるとは思わなかったよ。でも、だったら次はこれだ。……『定義』を消されても、物理的な『質量』と『速度』は消せないだろ?」
空から降ってきたのは、伊集院徹の物理的な嘲笑だった。
次の瞬間、鉛色の雲を突き破り、無数の「銀色の槍」が村へと降り注いだ。
それは魔法の矢ではない。伊集院が現代日本の知識を【侵食】によって具現化した、鋼鉄製の超高速徹甲弾――いわゆる「キネティック・ポニョ(神の杖)」を模した質量兵器だった。
「なっ……! 魔力反応がほとんどない!? ただの鉄の塊が、あんな速度で……!」
セレナが驚愕する。魔力による防御結界は、マナを含まない純粋な「運動エネルギー」に対しては極めて効率が悪い。
「リリス、みんなを屋敷の中に! セレナ様、地面に『衝撃吸収の軟膏』を広域散布して!」
アルスは叫びながら、背負っていた巨大な樽の栓を引き抜いた。
中から溢れ出したのは、かつてスライムの体液と高弾性植物の蜜を調合して作った『粘性反発液』だ。それが地面に広がると同時に、空からの「槍」が激突した。
ドォォォォォン!!
地響きと共に土煙が舞う。本来ならクレーターができるほどの衝撃だったが、アルスの調合液が衝撃を分散し、村の崩壊を食い止めた。だが、衝撃でひしゃげた鋼鉄の槍からは、カチリ、という不気味な機械音が響く。
「……まさか、これ自体が『発信機』なの?」
アルスの予感は的中した。地面に突き刺さった無数の鋼鉄の杭が共鳴し、空間を固定する。
その中心、村の広場に、パチパチと空間が爆ぜるようなノイズと共に、ついに「その男」が姿を現した。
黒いパーカーのフードを被り、手には発光するスマートフォン。
伊集院徹は、数多の伝説の魔物や聖騎士さえも恐れおののくリーフ村の広場に、まるでコンビニにでも行くような足取りで降り立った。
「はじめまして、かな。……それとも『さようなら』にする?」
伊集院はスマホの画面から目を離さず、片手をアルスに向けた。
「君の調合、面白いよ。でもね、遅すぎるんだ。この世界のマナをこねくり回して薬を作るなんて、ダイヤルアップ接続で動画を見てるようなもんさ。俺は光回線……いや、宇宙の理そのものを5Gでダウンロードしてるんだ」
「……伊集院さん。君が何を言っているのか、僕には半分もわからない。でも……」
アルスは一歩前に出た。手には、リーフ村の「水」と、人々の「笑顔」を見て育った薬草たちが詰まったカゴがある。
「君の力には、血が通っていない。どれだけ速くても、どれだけ強くても……それは誰かを温めるための力じゃない」
「温める? ハハハ! 最高だ。やっぱりこの世界の住人はおめでたいな」
伊集院が指をスワイプすると、彼の背後の空間から「鋼鉄の軍勢」が次々と這い出してきた。
それは、重火器を装備した自律型ドローンと、全身をフルプレートアーマー以上の強度を持つ特殊合金で包んだ「侵食兵士」たち。
「いいかい、アルス。俺はこの世界を『征服』しに来たんじゃない。……『最適化』しに来たんだ。無駄な感情、無駄な病気、無駄な寿命。全部消して、俺の管理下の元で永遠に機能するパーツに変えてやる。……賛同する国はもういくつもある。ルーンバルドだけじゃない、隣接する帝国も、すでに俺の『効率』に魅了されてる」
伊集院の背後には、彼の思想に同調し、力を得た他国の軍勢さえもが次元の裂け目から顔を覗かせていた。
世界を救ったはずのアルスに対し、今度は「世界そのもの」が伊集院の提示する『痛みも悩みもない支配』を求めて牙を剥き始めたのだ。
「……みんながそれを望んでいるとしても、僕は認めないよ」
アルスの声は静かだったが、その周囲には黄金の粒子が猛烈な密度で集まり始めていた。
「病気があるから、治った時の喜びがある。悩むから、誰かと手を取り合える。……君の言う『最適化』には、きっと『幸せ』が含まれていないから」
「……チッ、話が通じないね。なら、死んでよ」
伊集院の合図と共に、鋼鉄の軍勢が一斉に火を吹いた。
現代兵器の弾幕が、魔導の村を覆い尽くさんとする。
その瞬間、アルスは空に向けて、虹色に輝く特大のフラスコを放り投げた。
「リリス、セレナ様! 空を塞いで! ……僕の『黄金の雨』で、この不自然な鉄を全部、ただの『思い出』に変えてやる!」
リリスが絶叫と共に魔力を放ち、セレナが全霊の詠唱でアルスのフラスコを加速させる。
空中で砕け散ったフラスコから溢れ出したのは、アルスがこれまでの旅で出会った全ての人々との「絆」を触媒にした、究極の浄化液。
それは、冷たい鋼鉄の雨を塗り替える、温かな黄金の雨。
村全体を包み込む光の中で、第一戦の火蓋が切って落とされた。
伊集院徹の「現代の悪意」に対し、アルスの「調合の真心」が真っ向から激突する。
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