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第39話:復興の祝杯と、パラケルスからの招待状


 深い眠りから覚めた聖シュトラーウス公国は、数日間の静寂を取り戻すかのように、爆発的な活気に沸いていた。


 王都の大通りには色とりどりの旗が掲げられ、噴水から放たれたアルスのポーションの残り香が、今も街の人々の心と体を軽やかにさせている。


「アルス様、万歳!」「聖なる調合師に祝福を!」


 王宮のバルコニーにアルスが姿を見せるたび、広場からは地響きのような歓声が上がる。当の本人は、借り物の豪華な礼装に身を包み、居心地が悪そうに首元を緩めていた。


「……リリス、やっぱりこれ、僕には似合わないよ。エプロンの方が落ち着く」

「贅沢を言うな。一国の王が跪こうとしたのだぞ。この程度の厚遇、甘んじて受けておけ」


 リリスもまた、公国から贈られた最高級の魔糸で編まれたドレスを纏っていたが、その背中の翼だけは隠そうともせず、毅然とアルスの傍らに控えている。


「師匠! 見てください、この献上品の山を!」


 そこへ、セレナが顔を輝かせて飛び込んできた。彼女の後ろには、騎士たちが抱えきれないほどの木箱を運んでいる。


「大陸各地から集まった希少な薬草、伝説のドラゴンの鱗、さらには沈没船から引き揚げられたという古代の調合器具……。すべてアルス師匠の研究のためにと、父上が手配いたしましたわ!」


 アルスの目が、その時ばかりは子供のように輝いた。


「……すごい。これ、本物の『月光草』じゃないか。これがあれば、もっと純度の高い安定剤が作れる……。ありがとう、セレナ様!」

「ふふん。師匠が喜んでくださるのが、一番の報酬ですわ」


 祝宴の夜。王宮の広間では、最高級の料理と酒が振る舞われ、公国の貴族たちがアルスとの知己を得ようと列をなしていた。


 だが、その喧騒を切り裂くように、一羽の「紙の鳥」が、開け放たれた窓から音もなく舞い込んできた。


 紙の鳥は、迷うことなくアルスの目の前でホバリングすると、ハラハラと解けて一通の書簡へと姿を変えた。

 その瞬間、周囲の温度が数度下がったかのような錯覚に、広場が静まり返る。


「……これは……」


 アルスが書簡を手に取ると、そこには漆黒のインクで、しかし優雅な筆致でこう記されていた。


『若き聖者よ。公国の眠りを覚ました手際、実に見事であった。

 だが、世界はまだ病んでいる。人々が目覚めたところで、ルールが狂ったままでは、いずれ再び絶望が訪れるだろう。

 真の調合を見せてやろう。北の果て、世界の果てとも呼ばれる「忘れ去られた聖域」にて待つ。

 お前が救うべきは人間か、それともこの世界そのものか。答えを持って来るがいい。』

――始祖 パラケルス


「北の、忘れ去られた聖域……。まさか、伝説の『終焉の地』のことですか?」


 セレナが声を震わせた。そこは、大陸のマナが湧き出し、そして還る場所。常人では一分と立っていられないほど濃密な魔力が渦巻く、神代の遺跡だ。


「……行かなきゃいけないみたいだね」


 アルスは書簡を折り畳み、腰のポーチをそっと撫でた。

 パラケルスの言葉は、単なる挑発ではない。彼もまた、自分なりのやり方でこの世界を「治療」しようとしているのだ。ただ、その処方箋が、人類にとってはあまりにも劇薬であるというだけで。


「……アルス、正気か? あそこは魔族である私でさえ、近づくのを躊躇う場所だぞ」


 リリスが真剣な表情でアルスの目を見つめる。


「うん。でも、パラケルスさんは僕に『核』がないって言った。僕が今まで作ってきたのは、対症療法に過ぎなかったのかもしれない。……世界そのものを健やかにするための『究極のポーション』。それを作るためのヒントが、あそこにある気がするんだ」


 アルスの瞳には、もはや迷いはなかった。


 追放された日から始まった旅。それは今、個人の救済を超え、世界の根源を癒やすための巡礼へと変わろうとしていた。


「……分かりましたわ、師匠。ならば私も同行いたします。公国の全知識を動員して、あなたの道を切り拓いてみせますわ!」

「私もだ。お前の背中を守るのは私の特権だからな」


 二人の心強い言葉に、アルスは深く頷いた。

 翌朝。祝祭の余韻が残る王都を、三人の影が静かに出発した。


 目指すは、白銀に閉ざされた世界の果て。

 そこには、人類がまだ知らない「調合」の真理が、静かに彼らを待っていた。


「……さあ、行こう。新しい薬を、世界に届けるために」


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