第34話:押しかけ弟子と、リリスの嫉妬
「弟子にしてほしい」というセレナ皇女の衝撃的な宣言から一夜。リーフ村のアルスの屋敷は、これまでにない奇妙な緊張感に包まれていた。
朝。アルスがいつものように薬草園の霧吹きを手に外へ出ると、そこには既に、公国の豪華なドレスを脱ぎ捨て、動きやすい活動着(とはいえ最高級のシルク製だが)に身を包んだセレナが待機していた。
「おはようございます、アルス師匠! 弟子の一日は、師の目覚めを待つことから始まると教わりましたわ!」
「お、おはようございます、セレナ様。……というか、本当にやるんですか? 皇女としての公務とか、あるんじゃ……」
「すべて閣僚に丸投げしてきましたわ。今の私に必要なのは、政ではなく、あなたの『理を越えた調合』を学ぶことです!」
セレナはやる気に満ちた表情でアルスの手から霧吹きを奪い取ると、不慣れな手つきで薬草に水をやり始めた。
だが、その様子を屋敷の二階の窓から、般若のような形相で見下ろしている影があった。
「……フン。泥棒猫が、朝から騒々しいな」
ドスン、という地響きと共に、リリスが中庭に飛び降りてきた。彼女の背中からは、不機嫌さを隠しきれない黒い魔力が揺らめいている。
「おい、公国の小娘。アルスの助手は私の役目だ。昨日の今日で弟子を名乗るなど、図々しいにも程があるぞ」
「あら、リリス様。あなたは『助手』でしょう? 私は『弟子』ですわ。学術的な知識の継承を目的とする私と、ただ身の回りを世話するだけのあなたでは、格が違いますの」
「……何だと? 私がこれまでアルスとどれだけの死線を越えてきたと思っている。お前のような温室育ちの皇女に、アルスのポーションの深みが分かってたまるか!」
二人の間に走る火花に、アルスは板挟みになってオロオロとするばかりだ。
「二人とも、落ち着いて……。リリスは僕にとって欠かせないパートナーだし、セレナ様は……ええと、熱心な学習者、ということでいいじゃないか」
「「良くない!!」」
二人の声が重なり、アルスは思わず肩をすくめた。
「分かりましたわ。ならば、どちらがアルス師匠の役に立てるか、勝負いたしましょう! 今日の調合の手伝い、より正確に、より迅速にこなした方を『正助手』と認めるというのはいかが?」
「望むところだ。魔族の処理能力を舐めるなよ」
こうして、アルスの工房を舞台にした「お手伝い合戦」が始まった。
だが、事態はアルスの予想を遥かに超えた方向へと暴走していく。
アルスが「すり鉢でこの根を潰しておいて」と言えば、リリスは音速を越える速さで腕を動かし、摩擦熱で薬草を炭に変えてしまう。
セレナが「私が精密な魔力制御で!」と割り込めば、理論に忠実すぎてアルスの「適当な(感覚的な)配合」を勝手に修正し、せっかくの【真・調合】のバランスを崩してしまう。
「……あの、二人とも。……もういいから、普通に座っててくれないかな?」
台無しになった薬草の山を前に、アルスが力なく笑った。
「結局、僕が一人でやったほうが早いみたいなんだ」
その言葉に、リリスとセレナは同時にショックを受け、工房の隅で膝をついて落ち込んだ。
「……アルスに……いらないと言われた……」
「……私……公国始まって以来の天才と言われていたのに……」
アルスは溜め息をつきながら、二人のために特製の『精神安定ポーション(イチゴ味)』を二つ作り、手渡した。
「はい、これ飲んで。……リリスは、僕が危ない時に守ってくれればそれでいいんだよ。セレナ様は、僕の感覚を言葉にして記録するのを手伝ってくれるかな? 僕、説明するのが苦手だから」
その言葉に、二人はパッと顔を輝かせた。
「……そうか。私はアルスの『盾』か」
「記録係……! 師匠の叡智を後世に残す、重要な役割ですわね!」
単純な二人は、ポーションを飲み干すと、現金なことにすぐに機嫌を直した。
こうして、リーフ村の小さな工房には、最強の魔族と、最高峰の魔導師が「共存」するという、これまた異常な光景が定着し始めた。
だが、その賑やかな日常を、遠く離れた場所から見つめる影があった。
かつてレオンが追い求めていた『魔神の心臓』。その欠片が、まだこの世界のどこかで脈打っている。
アルスのポーションが「命」を繋ぐ一方で、その「光」に惹き寄せられるように、新たな「影」が蠢き出していた。
「アルス様、お昼は公国の専属料理人を呼びましょうか?」
「いや、今日はお前が作る番だろう、アルス! 私はお前のサンドイッチが食べたいのだ!」
「あはは……。……平和が一番なんだけどなぁ」
アルスの苦労は、どうやら絶えることはなさそうだった。
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