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第33話:禁忌の錬金術 vs 肩こり薬


 リーフ村の広場に即席で設けられた作業台。そこには、対照的な二人の姿があった。


 セレナ皇女は、公国が誇る最高級の魔導炉を起動させ、古代文字が刻まれた銀のフラスコに、厳選された数々の魔石を投入していく。彼女が操るのは、物質の理を強制的に組み替える禁忌の錬金術『神の雫』の再現だ。


「……万物の根源よ、我が呼び声に従い、完全なる均衡を成せ!」


 セレナの詠唱と共に、周囲のマナが渦を巻き、まばゆい白銀の光が辺りを包み込む。騎士たちはその神々しさに膝をつき、村人たちもその迫力に圧倒されて言葉を失っていた。


 一方、アルスはといえば、村の鍛冶屋に作ってもらった使い古しの鉄鍋に、井戸から汲んできたばかりの水を注いでいた。


「ええと、まずはベースの水を少しだけ温めて……リリス、庭の隅に生えていた『日だまり草』、三本くらい取ってきてくれる?」

「フン、これか」


 リリスがひょいと差し出したのは、魔界では雑草同然に扱われていた、少し香りの強い野草だ。


「……アルス様。あなたは、私を侮辱しているのですか?」


 銀色の液体を精密に攪拌しながら、セレナが冷たい声で問う。


「いえ、そんなつもりはありませんよ。ただ、肩こりって血流の滞りだけじゃなくて、精神的な緊張からも来るでしょう? だから、この野草の香りが一番効くんです」

「……論理が卑近すぎますわ。私の『神の雫』は、肉体の経年劣化そのものを逆転させる、不老長寿の秘薬。肩こりなどという些末な現象、存在することすら許さない完成度ですわよ」


 セレナが最後の工程を終えると、銀のフラスコの中から、宝石のように透き通った一滴の液体が滴り落ちた。

 その瞬間、周囲の花々が一斉に開花し、空には吉兆を告げる虹が架かる。


「完成しましたわ。これが私の全知全能を注いだ、究極の治癒ポーションです」


 対して、アルスは「よし、できた」と呟き、鍋の中の琥珀色の液体を、これまた年季の入った木製のカップに注いだ。


「僕もできました。リリス、熱いから気をつけて飲んでね」

「ああ、いただくぞ」


 リリスが、何の変哲もないそのスープのような液体を一口啜った。

 次の瞬間、広場を揺るがすような凄まじい「衝撃波」が、アルスの屋敷を中心に吹き荒れた。


「なっ……!?  暴走!? 結界を張れ! 」


 セレナが叫び、騎士たちが盾を構える。しかし、それは破壊の衝撃ではなかった。

 リリスの背中から、黒曜石のような巨大な翼がバサリと展開される。その翼の一枚一枚が、以前よりも遥かに鋭く、かつ神々しい輝きを放ち、周囲の空間そのものを浄化していく。


「……ああ……これは……。アルス、お前……」


 リリスがうっとりと目を細め、首を回す。ゴリ、という凄まじい音が響いた。


「肩こりが治るどころか……私の魔力回路の隅々に溜まっていた『戦いのよどみ』が、すべて消えたぞ。……それどころか、根源的な魔力が底上げされている」


 リリスから放たれる圧倒的なプレッシャーに、セレナは後ずさりした。

 彼女が作った『神の雫』は、確かに素晴らしい薬だった。しかし、それは「既存の生命を最高効率で維持する」ものに過ぎない。


 アルスが「肩こり薬」として作ったそれは、服用者のポテンシャルを定義ごと書き換え、次元を引き上げる『進化の薬』と化していたのだ。


「……ありえない。……ありえませんわ。ただの野草と、井戸水で……。……アルス様、あなた、何を混ぜたのですか?」


 セレナが震える手でアルスの木製カップを覗き込む。


「え? だから、日だまり草と……あとは、かき混ぜる時に『リリスが楽になりますように』って思いながら、マナを少し練り込んだだけですよ」


「……『思い』ですって? そんな非科学的な……」


 セレナは力なく笑い、自らの銀のフラスコを置いた。


 彼女の理論では、薬の効力は成分と魔力計算で決まる。しかし、アルスの【真・調合】は、その場の概念や服用者への想いすらも「成分」として定着させてしまう。それは錬金術の頂点さえも置き去りにした、神の領域の業だった。


「……私の負け、ですわね。完敗ですわ」


 セレナは深く、深く頭を下げた。皇女としてのプライドよりも、一人の術者としての敬畏が勝ったのだ。


「ですが、ますますあなたを離したくなくなりました。……アルス様。公国へ来いとはもう言いません。その代わり、私をあなたの『弟子』にしてくださいまし!」


「……えええっ!? 皇女様が弟子!?」


 アルスの叫びが、平和なリーフ村の空に木霊した。


 こうして、世界を救った聖者のもとに、今度は大陸最高峰の才女が弟子入りを志願するという、さらなる騒動の幕が上がるのだった。



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