閑話:黒い翼の孤独――「死」を待つ魔王軍幹部
魔界の奥深く、黒い結晶がそびえ立つ軍事拠点の一室。
魔王軍第四幹部、リリス・ヴァン・ローレライは、一人静かに自らの死期を悟っていた。
「……はぁ、はぁ……っ。……まだ、これほど暴れるのか」
リリスが自らの胸元を掴むと、漆黒のドレス越しにも分かるほど、肌の下でどす黒い魔力の脈動が暴れていた。
魔族にとって、魔力の強さは誇りだ。だが、リリスの場合は違った。彼女の魔力はあまりに強大で、あまりに鋭利すぎた。彼女の体という「器」は、その出力に耐えきれず、内側からひび割れ、少しずつ魂を削り続けていたのだ。
魔王ゼノスですら、「その病を治す術はない。ただ、その力が尽きるまで戦え」と冷酷に告げた。
魔族にとって、戦えぬ者はゴミだ。リリスは死ぬ間際まで最強の矛として振るわれる、それだけの存在だった。
(……誰かに助けてほしいなんて、魔族が思うことじゃないけれど)
視界が白く霞む。
高熱にうなされながら、リリスはかつて戦場を蹂躙したその翼を広げた。せめて、冷たい空気の流れる場所へ。誰にも見られず、一匹の獣のように朽ち果てる場所を探して。
彼女が辿り着いたのは、魔界の辺境にある小さな村――リーフ村。
マナが希薄で、魔族が近寄る価値もないと言われる貧しい人間の集落だった。
「……ここ、なら……。誰も、来ない……」
村の外れにある納屋に崩れ落ちた時、リリスの意識は途切れた。
次に目を覚ます時は、魂が砕け散る時だ。そう確信していた。
だが。
「……おや。君、ひどい熱じゃないか」
聞こえてきたのは、拍子抜けするほど穏やかな少年の声だった。
リリスは反射的に牙を剥こうとしたが、指先一つ動かない。目の前には、ボロボロのエプロンをつけた人間が、心配そうに覗き込んでいた。
「……触るな、人間。……私は、魔族だ。……そのままだと、お前も……私の魔力に焼かれて死ぬぞ……」
「魔族? そんなことより、今はマナの循環が逆流しちゃってるのが問題だよ。放っておくと、君の『核』がパンクしちゃう」
少年――アルスは、リリスの警告を無視して、ひょいと彼女の体を抱え上げた。
ありえない。自分に触れた者は、その魔力の反動で肉が腐り落ちるはずだ。それなのに、少年の腕は黄金色の柔らかな光に包まれ、リリスを襲う痛みを、まるでおくるみのように優しく和らげていく。
「いま、飲みやすい薬を作るからね。……苦いけど、我慢してよ?」
アルスが手際よく大釜に火をかけ、見たこともない草を放り込み、魔力を込める。
その光景を、リリスは呆然と見守っていた。
魔界の最高峰の魔導師たちでさえ「不可能だ」と切り捨てた自分の死を、この少年は「風邪」でも治すかのような手軽さで否定していく。
「はい、どうぞ。名付けて『荒ぶる魔王様もスヤスヤ・ポーション』。あ、君は魔王じゃないんだっけ?」
手渡された木杯から漂うのは、清々しい森の香り。
それを一口飲んだ瞬間、リリスの体の中で暴れていた「毒」が、嘘のように静まった。
灼熱だった血管に清らかな水が流れ、砕けそうだった魂が、ふんわりとした綿毛で包まれる。
「……な、ぜ……。お前は、何者だ……?」
「僕はアルス。ただの調合師だよ。……よかった、顔色が良くなったね」
少年の屈託のない笑顔。
その瞬間、リリスの中で何かが音を立てて崩れ去った。
恐怖と孤独、戦いと略奪。それがすべてだった彼女の世界に、初めて「救済」という光が差し込んだ。
「(ああ……私は、死ぬ場所を探していたんじゃなくて……この場所に、会いたかったんだ)」
最強の魔族リリス・ヴァン・ローレライが、一人の少年の「助手」になることを決めたのは、それから一時間も経たないうちのことだった。
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