第28話:ゼノの帰還と、魔界防衛戦
魔王城の堅牢な門の前に、一筋の歪な光が弾けた。
空間転移の余波によって巻き上がった砂塵の中から現れたのは、ボロボロの杖を杖代わりにして、今にも崩れ落ちそうな女性――かつての勇者パーティーの魔術師、ゼノだった。
「……はぁ、はぁ……っ。ここ、なのね……アルスが……」
彼女の右足は、逃走の際に負った深い傷からどす黒い出血が続いており、魔力枯渇による顔色は死人のように青白い。
門番を務めていた魔族の戦士たちが一斉に槍を向けたが、その背後から響いた冷徹な声が彼らを制した。
「……待て。その女は、私とアルスが知っている顔だ」
リリスだった。彼女は翼を広げ、上空から静かに舞い降りると、ゼノの惨状を見て僅かに眉を寄せた。
「魔術師ゼノ。……王都を見捨てて逃げたマリアと同じか。それとも、あの狂った男の刺客か?」
「……違う……わ……。私は……アルスに……伝えなきゃ……いけないことが……」
ゼノはそこまで言うと、糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
***
数時間後。アルスの工房の一角にある休息室で、ゼノは目を覚ました。
鼻をくすぐるのは、懐かしく、そして温かなハーブの香り。体中を駆け巡っていたあの焼けるような激痛は、嘘のように消え去っていた。
「気がついた? ゼノ。……動かないほうがいいよ。欠損しかけていた足の筋肉を、急造の再生ポーションで繋ぎ合わせたばかりなんだから」
枕元に座っていたのは、以前と変わらぬ、けれどどこか自信に満ちた瞳をしたアルスだった。
「……アルス。……ああ、本当に、あなたなのね……」
ゼノの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……。あの日、あなたを追い出したとき……私は、自分の無能さをあなたのせいにしていただけだったの。……あなたの『調合』が、私たちの命を繋いでいたことに……失うまで気づかなかった……」
アルスは静かに、彼女の手に温かいスープの入ったカップを握らせた。
「謝罪はいいよ、ゼノ。……それよりも、何が起きているのか教えて。レオンが……来るんだね?」
その言葉に、ゼノの体が大きく震えた。
「……レオンは、もう人間じゃないわ。魔神の力を取り込み、死者を操る異形に成り果てた。……彼は今、王都で死んだ騎士たちの死骸を『傀儡』に変えて、この魔界へと向かっている。……その目的は、あなたを……あなたを再び自分の『道具』として支配することだけよ」
その時、部屋の扉が激しく開かれた。
「アルス! ゼノスの謁見の間へ来い! 南の監視塔が、異界の軍勢を捉えたぞ!」
ガウルの叫び声が響く。
アルスとリリス、そして怪我を押して立ち上がったゼノがバルコニーへ出ると、南の地平線がどす黒い雲に覆い尽くされていた。
その雲の下から現れたのは、数千、数万という数の「動く死体」の軍勢。かつて王都を守っていた兵士たちが、腐敗した肉体を無理やり繋ぎ合わせ、不気味な足音を立てて魔界の門へと押し寄せてきている。
そしてその先頭で、黒い触手の翼を広げ、狂った笑い声を上げている男がいた。
「……見つけたぞ……アルス! さあ、俺のところへ戻ってこい! お前の価値を、俺がもう一度決めてやる!」
レオンの声が、魔力を媒介にして魔王城全体に響き渡る。
「……ひどい。みんな、僕がポーションで傷を治してあげた人たちだったのに……」
アルスの拳が、怒りで震えていた。
彼は調合師だ。命を育み、傷を癒やすのが彼の誇りだ。それを冒涜し、死者を弄ぶレオンの行いは、アルスにとって唯一許せない「禁忌」であった。
「魔王陛下! 出撃の許可を!」
ガウルが剣を抜き、玉座のゼノスを仰ぎ見る。
だが、ゼノスは静かに立ち上がり、アルスの隣に立った。
「……いや、待て。ガウル。……この戦いの主役は、我らではない。……アルス、お前に一つ聞きたい」
「……なんですか? 魔王さん」
「お前の『調合』は、あの穢れた死者たちを救えるか? それとも、ただ滅ぼすだけか?」
アルスは、ポーチから一本の、虹色の光を放つフラスコを取り出した。
それは、魔界の清浄なマナと、リーフ村の聖なる湧き水、そして彼自身の【真・調合】によって生み出された、究極の浄化ポーション『星の涙』。
「滅ぼすなんて、しません。……彼らを、安らかな眠りに返してあげる。……そして、レオン。……君の中に残っているかもしれない『人間』の部分を、僕が全部、溶かしてあげるよ」
アルスの瞳から、迷いが消えた。
彼はリリスに向き合い、小さく頷いた。
「リリス。僕を、あの大軍の真上まで運んでくれるかな?」
「ふん、言われるまでもない。……お前の背中は、私が世界で一番安全な場所にしてみせよう」
リリスが巨大な黒翼を広げ、アルスを抱きかかえる。
追放された調合師と、最強の魔王軍幹部。二人の「偽装されない真実の力」が、迫り来る過去の亡霊たちを迎え撃つために、魔界の空へと舞い上がった。
地上では、魔王ゼノス率いる精鋭軍団が防衛の陣を敷き、その後方でゼノが最後の魔力を振り絞り、アルスの援護のために杖を構える。
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