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第27話:王都の生き残り、勇者レオンの狂気


 かつて栄華を誇った王都の廃墟。


 魔物の死骸と崩れた瓦礫が散乱する王宮の玉座の間に、その男はいた。

 暗闇の中で、不気味に脈打つ赤黒い光を放っているのは、かつて勇者と呼ばれたレオンだ。だが、その姿にはもはや、人間としての面影は微塵も残っていない。


 右腕は完全に消失し、代わりに数本の触手のような魔力の塊が蠢いている。左目があった場所には、魔神の紋章が刻まれた紅い宝玉が埋め込まれ、呼吸するたびにどす黒い霧がその隙間から溢れ出していた。


「……アルス……アルス……。どこだ、どこへ消えた……。俺の、俺のポーションを出せ……」

 レオンの言葉は、もはや意味を成さない呻きに近かった。


 彼は、王都が陥落したあの日、魔物の軍勢に飲み込まれながらも生き延びていた。否、死ぬことさえ許されなかったのだ。彼の内に宿る「魔神の心臓」の欠片が、主を失ったことで暴走し、レオンの魂を燃料にして、その肉体を無理やり繋ぎ止めていた。


「レオン様……。もう、おやめください。これ以上は、本当に戻れなくなります……」


 玉座の影から、一人の女性が這い出してきた。魔術師のゼノだった。


 彼女もまた、満身創痍だった。右足は魔物に食い千切られ、杖を杖代わりにして辛うじて息をしている。かつて誇り高かった彼女の魔力は、今のレオンから漏れ出す瘴気に当てられ、急速に枯れ果てようとしていた。


「……ゼノか。そうだ、お前も言っていたな。アルスがいれば、と。……あいつさえいれば、俺はまた美しく、強い勇者に戻れる……。あいつが、俺の『力』を盗んだんだ! だから今、あいつは魔界で、王のような暮らしをしている!」


 レオンが腕を振るうと、玉座の背後にあった巨大な王家の紋章が、一瞬で黒い塵となって崩れ落ちた。


 レオンは、魔界から流れてくる「清浄なマナ」の匂いを敏感に感じ取っていた。


 アルスが魔界を浄化すればするほど、そこから押し出された古い瘴気が、この王都の廃墟へと流れ込んでくる。レオンはその汚濁を吸い込み、自らの糧としていた。


「……あはは! 分かるぞ! 奴は今、魔王と手を組んで、俺を笑っているんだ! 俺に捨てた復讐をしているんだな! 許さない……絶対に、許さない!」


 レオンが叫ぶと、周囲の瓦礫の中から、かつて死んだはずの騎士たちの死骸が、がたがたと動き出した。


 死霊術でも、魔法でもない。魔神の力が、死者の肉体を強制的に動かす『傀儡』の軍勢。


「アルスを連れ戻す……。あいつを鎖に繋ぎ、俺の足元で、一生、俺のためだけに薬を作らせてやる……。あいつの指が一本ずつ折れるたびに、どんな叫び声を上げるか、楽しみだなぁ……!」


 レオンの狂気は、もはや理屈を超えた怨念へと昇華していた。


 彼にとって、世界がどうなろうと知ったことではなかった。ただ、自分を「無能」だと思わせ、自分を見捨てた(と彼が勝手に思い込んでいる)アルスを、自分と同じ泥の中に引きずり下ろすこと。それだけが、今の彼を突き動かす唯一の動力源だった。


「……ゼノ。お前も来るか? それとも、ここで俺の糧になるか?」


 レオンの紅い目が、冷酷にゼノを射抜いた。


「……私は……。……私はもう、あなたの仲間ではありません。……私は、自分の犯した罪を、自分の足で……清算しに行きます」


 ゼノは震える手で杖を握り直し、レオンから距離を取った。


「そうか。なら死ね」


 レオンが触手のような腕を突き出したが、ゼノは最後の一滴の魔力を振り絞り、転移魔術を発動させた。

 黒い衝撃が彼女のいた場所を粉砕したが、ゼノの姿はそこにはなかった。


「……ふん。逃げたか。まあいい、どうせ行き先はあいつのところだ。……待っていろよ、アルス。俺が今、迎えに行ってやるからな」


 レオンは、背中から生えた歪な黒い翼を広げた。

 彼が飛び立つと、王都の空に溜まっていた暗雲が、渦を巻いて彼を追うように動き始めた。


 勇者の成れの果て――魔神の依代となったレオン。


 その異形が、かつての「荷物持ち」が築き上げた楽園、魔界へと進軍を開始する。

 それは、大陸の存亡を賭けた戦いであると同時に、アルスが過去の因縁を完全に断ち切るための、避けては通れない宿命の激突であった。


 ***


 同じ頃、魔王城の工房で。

 アルスは、調合していた薬液の瓶が、チリリと音を立てて震えるのを感じた。


「……不吉な振動だね、リリス」

「……ああ。ドブネズミの執念が、この魔界の門を叩こうとしているようだぞ」


 二人は窓の外、黒い雲が近づく南の空を見据えた。

 アルスは静かに、完成したばかりの虹色のポーションを手に取った。


「決着をつけなきゃね。……僕たちの、平和を守るために」


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